その後の二人。【後編】(DDFF/R18)

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竜巻を抜け、不気味で忌まわしいあの記憶にある城に降り立ち、フリオニールは前につんのめるようにして先を急いだ。
ライトニングが進んだあとはすぐに分かった。彼女が辿ったあとは延々とモンスターの死骸が転がっていたからだ。鬼神のごとくの進撃だが、きっと皇帝の所に辿り着く頃には疲れきって、弾丸も尽きているに違いない。フリオニールは時折倒れているモンスターに足を取られながら、前へ前へとひたすら進んだ。もう生きている物が存在しない不気味な城内には息せき切って走るフリオニールの呼吸と足音だけが響いていた。
扉を開けても次へと続く回廊が続いていて、まるで悪夢そのものだ。漸く見覚えのある扉が見えた。フリオニールは転がるようにしてその扉にかけよると、真鍮のゴテゴテとした装飾のついた取っ手を回し、身体ごと押すようにして扉を押し開いた。
「ライト!!」
部屋に飛び込み、その中を一瞥した瞬間、フリオニールはもう全てが終わったことを知った。ライトニングのデュアルウエポンの刃が深々と皇帝の胸に突き刺さっていた。ライトニングが刺した得物をぐっと半回転させ、刃を抜くと、皇帝は血を吐き、その場にどう、と倒れた。黄金色の衣が赤い血で染められていく。それはやがて床の石畳にひろがり、さらにその継ぎ目をつたい、部屋の中に広がっていった。
広間は静まりかえっていた。ライトニングが肩で息をしていたが、フリオニールの耳には届かず、ただ、ライトニングの後ろ姿を呆然と眺めていた。思考は完全に停止していた。彼女が傷だらけで、服もボロボロで、ああなんとかしてあげなくちゃ、などと思いながらもその意志に反して指一本動かせなかった。
不意にライトニングが武器を落とした。そのまま膝を落とした。ガチャン、という音が響き、その音でフリオニールが我に帰ったのと、力が尽きたのか、ライトニングが膝をついて、その場にへたり込んでしまったのは同時だった。
「ライト!」
フリオニールはライトニングの前に屈みこむと、肩に手を置こうとした。が、その手は虚しく空を切った。
「…ライト…」
フリオニールは今度はライトニングの頬に触れようとした。何やら気の塊のような物は感じるが、それは最早慣れ親しんだライトニングの頬の柔らかさではなかった。
「…フリオニール…」
ライトニングの瞳から涙が溢れる。
「ライト……君は…どうして…」
「この期に及んで攻めるな。」
ライトニングがフッと笑顔を浮かべた。
「お前の…世界を守りたかった…」
フリオニールは激しく頭を振った。
「俺は…そんなことを望んでなんか…どうして…」
別れの時だ、彼女を責めてはいけない、そんな声が頭の中で聴こえてきた。だが、フリオニールにはそれに耳を貸す余裕はなかった。あまりにも理不尽過ぎるではないか。どうして、ライトニングは縁もゆかりもないこの世界を守ろうとしたのか。そこまで考え、フリオニールはハッとなってライトニングの顔を見た。
「…俺の、…ため…か…」
「やっとわかったか…」
そう言って、ライトニングは目を細め、フリオニールの口唇に自らのを合わせた。だが、さっき触れた時のように、何かエナジーの塊のような物を感じるが、
(もう…ライトのくちびるじゃ、ない…)
「…あんなに来るな、と言ったのに。」
もう姿すら透けてしまっている。何か言葉を返さなくては、そう思っても涙が溢れ、悲しみで息が詰まり、歯を食いしばることしか出来ない。
「でも、来てくれた……それだけで、充分だ…」
その言葉を最後に、ライトニングの身体は完全に消えてしまった。
「…ライト?」
フリオニールはライトニングの居た辺りを両手で探ってみる。が、手は虚しく空を切るばかりだ。
「ライト……」
フリオニールは再びその辺りを探る。傍から見ると探るというよりも、必死で腕を振り回しているように見えただろう。
「ライト!!」
さっきの感覚を必死で探そうと手を振り回す。どこかに、ほんの少しでも良いから彼女の断片を探そうと床を這いまわる。
「…………ライト……」
フリオニールはがっくりをその場に崩れ落ちた。どんなに探しても、もう彼女は居ないのだ。
(本当に……消えてしまったのか……)
その時だった。
「何故クリスタルが現れない。」
聞き覚えのある声がして、フリオニールは思わず顔を上げた。
「…お前は…!」
「そこに倒れているのは私の影だ。いや、あれはもう実体だな。」
「ライトが倒したんじゃ…ないのか…!?」
「私は肉体を捨てた。魂だけの存在となった。身体など、クリスタルを手に入れ、世界を渡る力を手に入れればいくらでも手に入る。
ライトニングが倒したはずの皇帝がフリオニールを見下ろすようにしてその場に立っていた。フリオニールはよろけながらも立ち上がると、剣を抜き、皇帝に突きつけた。それを意にも介さず、皇帝はフリオニールを一瞥する。平常とはかけ離れた心理状態のフリオニールだが、皇帝が明らかに苛立っているのが見てとれて、訝しげに眉を寄せた。そして、皇帝が言った言葉を思い出した。
「…クリスタル…??貴様、やはりライトのクリスタルを…」
「異世界に飛ばされ、恋人と再会する。お互いが離れなくられなくなった所で消滅を匂わせれば、あの女は我が身に変えてでも私を倒しにくる。そこで倒されてやったら、クリスタルを成す、そう思っての策だが。なのに何故クリスタルが現れん。」
「…何を……何を言っている……」
「クリスタルは苦難の果てに輝く。そこでその女が消える間際に囁いたのだ。もう一度恋人に会わせてやろうとな。」
絶望的な悲しみが、怒りと憎しみで塗りつぶされたのは一瞬だった。
「…利用、したのか?ライトを…?」
「ジェクトの物一つでは足りぬのだ。完全なクリスタルが必要だった。お前たちではなく、12番めの戦士たちの必要があった。」
「お前は…!ライトの…、気持ちを、ライトをそんなくだらないことの為に、利用したのか!」
「お前にひと目会いたいがための…な。そんなくだらん感傷だが、呼び寄せるには充分なエサだった…だが、何故クリスタルが現れん。」
(俺に…会いたい…ために…)
フリオニールの脳裏に自分が皇帝に召喚されたと打ち明けた時のライトニングとの会話が浮かんだ。もし彼女がこの事実を知ったらどう思うだろう?自分の存在をかけて、この世界を、いや、フリオニールを救おうとした気持ちが全て皇帝の謀略だったと。
その時のことだけではない。2人が再会した日のこと、一緒に旅をした日々。突然怒りだすライトニングに驚いたりもしたが、それは彼女が不安な気持ちからだと理解したとき、心から守らなければと思ったこと。サンドイッチを頬張るときの顔、フリオニールに向けた笑顔…そんな幸せな記憶の全てが目の前の傲慢不遜のこの男の取るに足らない野望のせいなのだ。
ライトニングが皇帝のもとに向かうという決心を告げた時の嫌な予感が実現してしまった。存在の不確かさ、記憶の曖昧さ、そんなことは今ではどうでも良く思えてきた。ただ一緒に居て、旅をすることができた。それだけで、
(…幸せだった…)
奥歯を噛み締めた。喉に得体のしれない塊がこみ上げてきて呼吸を忘れた。頭の中は消えてしまった恋人との日々、そしてそれが謀略というフリオニールがもっとも忌み嫌っているうす汚いものの上に成り立っていたことへの怒りだった。フリオニールは構えた剣をぶん、と振り下ろし、ゆっくりと皇帝に歩み寄った。皇帝はふらふらと自分に歩み寄るフリオニールを、ふん、と鼻で笑うと、
「ちょうど良い…代わりに貴様のクリスタルをいただくとしよう。」
そう言って優雅に手を振り、杖を召喚したが、フリオニールにその言葉は届いてなかった。
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どのように戦ったのか覚えていなかった。だが、皇帝にとどめを刺した所で城の崩壊が始まった。いくら消えてしまったとは言え、ライトニングが居た場所からもう動きたくなかった。
(…このまま…ここで…)
その時、帰ったと思った飛竜が飛び込んできて、フリオニールを連れ去り、城から離れた所に下ろすと、またディストを目指して飛んで行ってしまったのだ。
フリオニールは膝から崩れ落ち、地面に手をついた。手をついた先に、虫のさなぎの抜け殻があった。フリオニールは反射的にそれを叩きつぶした。かさっ、と乾いた音がしてそれは粉々になり、フリオニールの手に貼り付いた。フリオニールは拳を返し、手を開き、こびりついたその残骸を見つめた。
空っぽだ、そう思った。
この世界と同じだ。愛おしい、命にも代えがたい恋人が居ないこの世界と同じだ。この抜け殻だって、きっとさっきまで息づいて、小さいながらも命が脈打っていたはずだ。だが、その生命が脱皮して飛び去ったとたん、ただの残骸になってしまった。
まるでこの世界そのものではないか。ライトニングが消えてしまい、途端にこの世界は、自分が生まれ、育んでくれたこの世界が空っぽになってしまったのだ。
フリオニールは、自分は今までなんて鈍かったのだろうと思った。気がついてしまったのだ。この世界はいつも自分から大切な物を奪い、盗み続けてきたことに。きっと異世界での戦いで自分はこの世界を懐かしく思い、帰還することを心から願っていたはずなのに。どうしてこんな冷酷で残酷な世界を恋しいと思ったのか。
空っぽだ、フリオニールは頭の中でもう一度繰り返した。
それでもライトニングと一緒に居たとき、世界は確かに暖かく息づいていた。全ての色が鮮やかだった。だが、この世界はそのライトニングすらもフリオニールから奪ったのだ。心からこの世界を守ろうと、戻ることを切望していたのに、この世界はフリオニールから盗み続ける。それも取り返しのつかない、大切なものばかりを。
フリオニールは世界を憎んだ。憎んで、毛嫌いし、そして恨んだ。空っぽで自分に少しも優しくない世界、優しくないどころか、大切に積み上げてきたものを一瞬で奪い続ける唾棄すべき世界。
フリオニールは改めて手にこびりついた、抜け殻の残骸を見つめるた。この世界はフリオニールとって虫の抜け殻と同じだ。存在しても意味がない。
(…だったら……)
壊してしまえ良い、そう思った時に後ろからその場にそぐわない可愛らしい声が聴こえてきた。
「あら、もう全部終わったところですの?」
それからポテンポテンと不思議な足音が聴こえてきて、フリオニールはゆっくりと振り返ったがそこには誰もいない、と思ったら、小さな子供がフリオニールの傍らを通りぬけ、フリオニールの前に立ち、崩壊していくパンデモニウム城を見て、手を腰にあてて小首を傾げた。
「コスモスに頼まれて仕方なくこんなイナカまで来ましたのに。無駄足でしたわ。」
コスモス、という言葉に、フリオニールは反射的に目の前の少女の足首をつかんだ。彼女が振り返るやいなや、凄まじい電流が手から全身に突き抜けた。まるで大きな刃が身体を突き抜け、そこから手や足の末端まで衝撃が突き抜ける。今までのどの魔導師やモンスターの雷系の魔法とは違った。骨までがビリビリと振動し、フリオニールは血を吐いた。
それでも、フリオニールはその手を決して離さなかった。直感だった。彼女も異世界からやってきたのだ。手を離ないフリオニールを再び電撃が襲う。一瞬で内蔵までが煙を上げて焦げるのをフリオニールは感じた。だが、手を離せばライトニングへの手がかりの全てを失うことになる。
(死んでも…離す…ものか…)
フリオニールはもう一本腕を上げ、その少女のもう片方の足首を掴もうとした。離してはいけない、逃してはいけない。腕を上げた時に関節が外れ、骨が腕の中で外れたのを感じたが、痛みに絶叫しつつもフリオニールは両足首をホールドすることに成功した。
振り返った少女が、おや?とでも言うように眉をぴん、と跳ねさせた。と、同時に三回目の電撃がフリオニールを襲った。ぶすぶすと全身から煙をあげ、自分が焼ける臭いがフリオニールの鼻先をかすめた。
「あら、どこかで見たと思ったら、あなた、コスモスの戦士の脳筋くんじゃありませんこと?」
まただ、とフリオニールは思った。向こうはこっちを知っているのに、こっちはあっちを知らない。だが、これで確信が深まった。しかも「コスモスに頼まれて」と言っていた。
「さすがに、突然俺を知らない人間が出てくるのには慣れたんでね…」
意識が薄れていく中で、どうしてこの少女はこんなにおかしな喋り方をするのだろう、上品そうと言えば聴こえはよいが、気位の高そうな、年不相応だ。だが、明らかに自分とは違う耳の形を見て、彼女が人間とは違う異種族だと気付いた。
「ああ、それでか…」
どうも見た目と年齢が違うらしいということが腑に落ちて、そう呟いたあとで、フリオニールの意識は途切れた。

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