男にはわからない。(DDFF/R18)

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2015年2月13日フリライの日の書き下ろしです。
2014年2月13日フリライの日書き下ろし作品の「初めてのキス。」のつづきです。


ライトニングは足早に歩いていた。
きっと顔は真っ赤になっているのだろう、そしてとても慌てふためいて見えただろう。

時間は…今が昼か夜なのか、時間すら定かではないこの世界で時間がいったいなんの意味を持つのか…敵が来たら戦い、敵が去れば休む。いったいそれをいつから繰り返していて、この世界に来てからいったい何日、何週間、何ヶ月経ったのだろう?

いや、問題はそんなことではなく、敵の襲来を退け、仲間の大半はテントやコテージを使って休んでいて、何人かが見張りに立っている。今が昼か夜かは知らないが、とにかく、皆が休んでいる時間だ。そのお陰で動揺している様を誰にも見られずに済んだ。

こんな時間に、こっそりと抜け出してフリオニールと会うようになったのはいつからだったろう?

2人で特別な約束をして、でもその約束は果たせるかどうかも分からない程戦況は悪化の一途を辿っている。そんな中でどちらかが見張りに立っている時に少しばかり顔を見て、その内にお互いがとても特別で、大事な存在となるのに時間はかからなかった。

こんな追い詰められた状況だからこそ誰かに自分を認めてもらいたい、自分であることを知ってもらいたいと願う事は当たり前のことだとも思う。もし、他の戦士たちが同じように誰かに恋をして、愛されて、その絆を糧として戦っているのならライトニングは決してそれを諫めたりはしないだろう。

ライトニングを悩ませているのはもっと別なことだった。

前の世界の事はほとんど思い出せない。だが自分がどんなふうに自分の世界で過ごしていたのかは漠然と感覚として残っている。自分がいた世界のことを考えようとすると、まるで自分が迷子になったかのような気持ちになり、自分が知っている場所に戻りたい、自分を知ってくれてる人に早く再会したい、そんな気持ちになる。思い出すのは記憶ではなく感情だ。

そんな記憶があやふやな状態でもはっきりと言える事は、自分は元いた世界の中でも戦いの中に身を置いていて(だからこそ召喚されたのだろうが)、色恋沙汰などとんと縁がない人物だったということだ。

つまり、フリオニールが自分にとって最初の恋人なのだろう、ということになる。

おそらく自分はフリオニールより年上なのだろう。ついつい歳上風を吹かせてしまうし、フリオニールもごく自然にそれを受け入れている。なのでつい自分はフリオニールよりも何事においてもすべて経験が長く、知識もあるのだ、そういう風に振る舞ってしまう。

フィクションとしての恋愛は身の回りにあったと思う。こういう時男はこんな風に振る舞うので、女はこんな風に答えるのだなど漠然とした知識はある。だが、それは自分の経験ではないのだ。

どうしてライトニングにそれがわかったのかというと、

(む…胸に…手が……!あいつの…手が…!)

それはつい今しがたの密会の時に起こった。
ライトニングはうっとりと抱き締められて、その身をフリオニールに預けていた。フリオニールの手が優しくライトニングの頭を撫でていた。

「…おまえの、手が好きだ。」

確かその時、そんな風なことを言った気がする。実際にフリオニールの手のひらは大きく厚ぼったくて、いつでも優しくライトニングの髪を撫でてくれていた。

その手がゆっくりと頬に下りて来てすべすべとしたライトニングの頬を撫で、頬に貼りついて髪を優しく耳にかけてくれた。くすぐったくて、身体がほんの少しだけ跳ねた。

この辺りで少し違和感を覚えたが、その時はたかが耳に触れられたくらいで、と思っていたのだ。だが、その露わになった形の良い耳たぶにフリオニールが唇を寄せてきたのだ。むずむずするよう感覚がざっと背中に走った。最初はその奇妙な感覚を我慢していたが、フリオニールの吐息が耳にかかり、耳たぶ口付けられるにちゃ、という音がやけに大きく、そして卑猥に耳の中に響いてどんどん身体が火照って、力が抜けていく。

「ライト、震えている…」

耳元で囁かれた低い声に心臓が大きく跳ねた。身体中をザワザワとした感覚が駆け巡り、フリオニールから離れなくては大変なことが起こりそうな気がするのに何故か離れることが出来ないでいた。

ライトニングの動揺を知らずかに気付かないのか、フリオニールの指先は頬を優しく滑り、綺麗な顎のラインを撫で、そっとライトニングを上に向かせると、噛み付くようにしてその唇を塞いだ。

「んっ…」

それだけでもう何も考えられなくなっていた。ぎゅっと目を閉じ、くったりとフリオニールに身体を任せているとその舌先がライトニングの口の中に忍び込んできて、歯の表面を撫でた。それはライトニングの小さな歯の形をひとつひとつ確認するように繊細に蠢き、やがて上顎の歯をひと通り撫で終えると、もっと奥深くに潜り込んできた。

ライトニングはもう肩で息をしていた。フリオニールの舌がうごめく度にそこから熱が波のように徐々に広がっていって、ますます身体が熱くなる。明らかにいつものフリオニールと違った。いつもためらいながら遠慮がちにライトニングに触れていたフリオニールとはまるで別人だった。

怖い、そう思った。身体の熱はライトニングの身体をフリオニールに絡み付け、どうしてだか離れることが出来ないのだ。おまけにその熱は下半身の、とりわけ下肢の辺りに集まっていって。

だがライトニングはそれを言い出せないでいた。ライトニングは後にそれは年上ぶっていたプライドのせいだと思っていたのだが。

自分を抱きしめているフリオニールの身体もいつもより熱く、息も荒かった。

(このままでは…)

なんとかフリオニールを止めようと思った。自分は充分にパニックをおさめる訓練を受けていたはずだ。落ち着け、そう自分に言い聞かせたそのタイミングで、フリオニールの、ライトニングが好きだと言った大きな手のひらがとても自然でなめらかな動作で2人の身体の間に入り込んで来て、優しくライトニングの左側の胸を覆ったのだ。

その時の気持ちはひたすら動揺だった。誰かが自分の胸に触るなんて、仮にもしそんな不埒なことをする輩がいればただでは済まさなかっただろう。だが、動揺と同時に気持ちがひたすら高揚した。腹立たしくもあるのだが、恥ずかしくもあり、また待っていたような気もして、まるでふわふわとまるで地面が雲にでもなったかのように頼りない心持ちだ。いったい自分はどうしたというのだろう?

深呼吸をし、落ち着け、とライトニングは自分に言い聞かせた。

(あれは…偶然で…)

いや、偶然な訳がない。思わず体をよじってフリオニールから離れた時、フリオニールが「ごめん。」と謝っていたではないか。あの時のフリオニールの表情は驚いたような、そしてどこか咎める様でもあった。

いつも自分の言うことを聞いてくれていたフリオニールがどこか違うように見えた。まさかフリオニールは自分より経験があるのだろうか。そこまで考えて世界の危機に瀕していると言うのに、自分が、そして仲間が疲弊し戦っているときに自分は一体何を考えているのだろう、と我に返ったり。

確かにフリオニールは戦いにおいてはベテランだし、考えもしっかりしている。が、考え方は自分よりも精神的に素直というか幼く思えて、実際に胸に触れたり、ましてやその先の行動ができるようにはとても思えなくて。結局恥ずかしがったり、気を遣ったりして、何もできずにいるのではないかと高をくくっていたところがあった。だがそれは違っていたのだろうか。

(そもそも、こんなところで、こんな状況で…あいつは一体何を期待しているのだ…)

今度2人で会ったとき、同じような振る舞いをもしフリオニールがしたとしたら、

(その時は…ちゃんと言い聞かせないと…)

恋に落ちているライトニングはこの時点で会いに行くのを止めることを思いつかない。話せばそのような行為はすぐに止めるだろう、きっといつものように顔を赤らめてごめん、と言うのだろう、そんな風に思っていた。

ライトニングは男が恋人を強く求める気持ちを推し量ることができるほどの経験も実績もなく、ただ自分が年上で相手を諫めてやればそれで話が済むと楽観していた。

だがそれはそんな甘いものではなかった。そしてそれは自分にも言えることだったのだが、ライトニング自身が今はそれを知る由もなかった。

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女性陣が寝静まるコテージに戻りそっと音を立てずに体を横たえててはみたが、なかなか眠ることができなかった。触れられた瞬間のことを何度も何度も思い出しそっと自分の胸を手でおおって、そして何をやってるのだと我に返ったり。

2人はいつも外で会っていた。話していた事は他愛ないことで、誰それがこういった、誰それがこんなことをした、そんな仲間のことや、ドロップしたアイテム、新しい歪みに入ったこと、そこで出会った敵のこと、このおかしな世界での日常だった。

ひとしきり話をした後で話題が尽きると2人の間に沈黙が訪れる。

そうするとフリオニールはいつもおずおずとライトニングの肩を抱くのだ。最初はライトニングは素直に身体を預けていた。それからどちらともなくお互いを見つめ合い、ゆっくりと唇が重なる。合間に額と額を合わせ、お互いの瞳を覗き込む。フリオニールの薄茶色の瞳には微笑むライトニングがうつり、ライトニングの瞳の中には目を細めライトニングを見つめるフリオニールが映っていた。お互いがお互いの瞳の中に自分の姿を見つけ、相手が恋人が今この瞬間自分だけを見つめていることをどうしようもないほど幸せに感じていたのだった。

フリオニールはライトニングを引き寄せその逞しい胸の中に抱きしめる。どこか懐かしい、以前からよく知っているようなぬくもりを感じ、ライトニングはとても幸福な気持ちを味わっていた。フリオニールの心臓の鼓動がトクトクと耳に響き、背中に回されたでは時折優しく背中を撫でてくれた。何かに守られているような、包まれていているような気がして、心から安らいだ。

敵の襲来を撃破したあと生き残ることができた、と言う充足感よりもこの穏やかな時間の方が、自分が本当に生きて、存在している、そう感じさせてくれた。

カオスを倒して世界を救い、尚且つ自分の世界に戻ること、それが仲間たちで共有された最終目的なのだが、圧倒的な戦力差によって今は皆が無事でいること、生き残ることだけで精一杯という状況だ。

だからライトニングには2人だけの時間を持つ、それで充分だった。戦いの合間にこうして2人で会い、話をし、口づけを交わし、そして穏やかな時間を過ごす。

(そもそもこんな世界で…それ以上一体何を望むと言うのだ…)

ここまで考えて、ライトニングは少し笑った。
根本的に間違っている、そう思った。
こんな世界で恋に落ちて、胸に触れられたくらいでパニックになって。
生きるか死ぬか、いや、死などと生易しいものではない、消滅の可能性もあるというのに、

(なのに、こんなことで頭を悩ませている…)

こんなことに頭を悩ませるくらいなら世界を救い、元の世界に戻ることでも考えろ、と思う。だが、フリオニールに触れられた耳たぶや頬、首筋や胸が未だに甘くうずいていて。

さすがに眠れなくて、こんな時当の本人は何を考えているのだろう、と考えてみた。戦うこと以外何も知らない、そんな風に見せておいて、こんなに自分を振り回すあの恋人は。

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