ティファの誕生日。(FF7)

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5月の風が香るころ、7th Heavenのキッチンの窓に小さな鉢植えが置かれた。
デンゼルなどはそれに気付きもしなかった。マリンはその鉢植えに植えられた植物が料理の香りづけに使われるハーブであるを知っていたので、
「ティファ、それ、いつの間に買ったの?」
「ああ、それ?安くなってたの。」
ディナータイムに出す肉と野菜の煮物のアクを取るため、鍋を覗きこんでいたティファが振り返りもせずに答えた。
マリンはその鉢植えを手にとって、香りを吸い込む。しっかりとした、強いが清涼感のある香りに胸がすぅっと広がる。が、鉢植えにはそのハーブがみっしりと生えていて、
「ねぇ、これ、プランターに移した方がいいんじゃない?」
そう言うと、ティファの肩が少しだけ跳ねた。
「う…ん、そうしようと思ってるんだけど、ね。」
この会話の流れで、マリンは漸く察したのだった。
「これ、クラウドが買って来たの?」
ティファは漸く肩越しに振り返り、マリンの方を向いた。顔が赤い。
「…もう、どうして分かるかな。」
マリンはそんなティファを見て吹き出してしまう。ハウスキーピングにかけてはティファは几帳面な方だ。小さな鉢植えにぱんぱんになっているハーブをいつまでも窓際に放置したりはしない。
「いつもそばに置いておきたいのは分かるけど…」
マリンはため息を吐いて手に持った鉢植えを見下ろした。ティファはすぐ様アク取りを再開する。しっかりとした風味を出すため肉の硬くて食べられない部分も一緒に入れているので、取っても取ってもアクが出てくる。しかし、昼間からコトコト煮込んできたこの料理を無駄にするわけにはいかない。
「でも、これだとその内鉢植えが壊れちゃいそう。」
そうなのだ。
クラウドが買ってきたハーブは繁殖力が強く、放っておくとどんどん増えるのだ。食材に使えるといってもあくまで香りづけであって、そんなにたくさん使うような物でもない。しかも一度種が地面に落ちたら最後、あっという間に辺り一面を覆い尽くすので厄介とも言える。
「ちょっと間引いて…ねぇ、ティファ、聞いてる?」
「聞いてるわよ。」
ティファは手を休めない。
ティファとの付き合いが長いマリンは、ティファが何かを隠しているのを感じ取る。鉢植えを元あった窓際に置くと、ティファの横にやって来て、ひょい、と鍋を覗きこむ。
「これ以上アクを掬ったら、スープがなくなっちゃうよ。」
苦虫を噛み潰すような顔をして、ぷぅっと頬をふくらませる。ティファはマリンと2人だけの時、姉妹のような気安さか、それとも年齢よりも大人びたマリンに甘えているのか、時折そんな子供っぽい仕草をすることがある。
「そんな訳にはいかないの。」
「どうして?」
マリンがいたずらっ子のように笑う。ティファはこれ以上隠しようがないと諦めたのか、
「クラウド、それに花が咲くと思ってるの。」
マリンはその大きな瞳をぱちぱちとまばたかせ、そうしてもう一度鉢植えに目をやり、そうして今度はティファの顔を見た。
「もう…!わかってるの!でも、クラウドが…せっかく買ってきてくれたし…」
最初はプンプンと怒っていたのが、「クラウド」とその名を呼んだ途端にティファはうっとりと鉢植えに目をやる。
「最近、帰りが遅いでしょ?夕飯を食べるとき、必ず聞いてくるの。”もう花は咲いたか”って。それで…それで気にしてるの。”こんなに元気なのにつぼみも出来ないな”って…」
笑ってはいけないと必死で堪えていたマリンがとうとう限界を越えて笑い出した。
「そんなに笑わないで!いいの、このままで!それに、見て。葉っぱが丸くで可愛いでしょ?置いて、時々ちょっとだけちぎってお料理に使って、それでこのまま置いてたら。」
そもそも恋人の誕生日のプレゼントとくれば普通は花束だろう。それを、おそらく花の種類も名前も知らないクラウドが、よりにもよって鉢植えを選び、更にそれがしばしば雑草扱いされるほど厄介なものだとは。
そしてそんなことにを意にも介さず、プレゼントとしては微妙なこの鉢植えを大事に大事にしているティファもティファだと思う。姉のように頼りになり慕っているティファが、ことが恋人のことになると、途端にポヤンポヤンと周りにお花が飛び交うような、恋する乙女になってしまうのだ。
「クラウドらしい…けど…」
笑ったらよいのか、それともいい加減にしなさいと叱るべきなのか。
「それに…ね、クラウド、花屋さんって苦手なのよ…いろいろ思い出すんじゃない…かな。」
マリンはティファが気を遣っている理由が漸く思い当たり、
「…ごめんなさい。」
俯いてしまったマリンに、ティファはいつもの様に膝を屈めてその顔を覗き込む。
「ごめんごめん。そんなつもりじゃなかったの。」
しょんぼりとしてしまったマリンにティファは慌てて笑いかける、
「マリンの言うとおりだね。いつまでもごまかしきれるわけ、ないもんね。」
(ごまかす…?)
マリンはハッと窓際の鉢植えを見て、そうしてティファに笑いかけた。
「ティファ。」
「なぁに?」
「お詫びに、いいこと教えてあげる。」
驚いて目を丸くするティファに、マリンは何やら耳打ちをする。ティファは”そんなこと…”などと口を挟みながら聞いていたが、
「本当に、大丈夫かな?」
「うん!」
自信満々に頷くマリンに、ティファは漸くそのアイデアを試すことに賛同したのだった。
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(いくらなんでも、こんな手にひっかかるとは思えないんだけど…)
マリンの提案は替え玉作戦だった。鉢植えの中に切り花をいくつか挿しておいて、それをクラウドに見せるのだ。一応それらしいものを作ってみて、ティファはしげしげとそれを眺めた。
時計はとっくに深夜を回っていた。
クラウドは「きっとこれから花が咲く」鉢植えを「ティファのために」買ってきたのだ。花が咲かないと知ると、きっとがっかりするだろうし、失敗したと落ち込むかもしれない。ユフィがいたら”相変わらず面倒なヤツ”とちゃかすかもしれないが、ティファはクラウドのそういう所が好きというか、可愛いと思っているというか、愛おしく感じているので。
(でも…なんだか嘘をついてるみたい…)
本当のことを言ってあげた方が良いのだろうが、せっかくの気持ちを無駄にしたくはないしと、ティファはどんどん冷たくなっていくクラウドの夕食と鉢植えを交互に見て、何度目になるか分からないため息をついた。
その時、遠くからエンジンの排気音が聞こえてきた。ティファは慌てて立ち上がり、冷えかけた夕食をもう一度鍋に戻して温めなおす。そんな風に悩んでいても、やっぱりクラウドの帰りは心が浮き立つ。ふと鉢植えが目に入り、気持ちがまだ定まらないティファは思わずそれを手にとって、キッチンの奥に持っていってしまう。辺りを見回し、ゴミ箱の後ろ側にそれを隠したところでレストランの扉が開いた。
「おかえりなさい、クラウド。」
頑強な男でも、それでも早朝から深夜までバイクやトラックで走り回っていたら当然疲れもする。クラウドは少し肩を落とし、それでもティファの顔を見ると、フッと口元をゆるめた。
「…ただいま。」
そう言ってカウンターに腰をかける。そのままティファが夕食を出す。2人だけの大切な時間なのだが、クラウドは長い時間、たとえば6時間以上家を空けたあと家に戻ると、ティファに対して人見知りになるのだ。目を合わせようとせず、黙りこんでひたすら食べる。実際に腹が減ってはいるのだろが、黙々と。
ティファは料理を出し終えると、クラウドの隣に座る。ティファはその様子を眺めているだけで幸せなので気にならない。こんな風に何気ない日常がどれほどかけがえのないものか知っているからかもしれない。食事も半ばになると、クラウドが漸く口を開き始め、
「これ、美味いな。」
とか、
「気に入ったの、覚えてくれてたんだ。」
とか、そんな風に感謝の言葉を口にするのがまたうれしい。
「クラウド、気に入ったら何度でも食べたがるものね。飽きちゃわない?」
「…ティファの料理なら、飽きないさ。」
「そう?うれしいな。」
この頃になると、クラウドにかけられた人見知りの魔法が解けて、漸くティファの顔を見て、目を合わせるようになる。ついでに笑顔も見せるようになる。それからマリンとデンゼルの様子を尋ねたり、今日の出来事を話したり。2人はいつもとても忙しいから、この大切な時間に途切れがちなクラウドの短い言葉にティファはいつもじっと耳を澄ませる。
(私の…大切な場所…)
「ティファ…?」
そんなことをぼんやりと考えていたら、クラウドが呼んでいるのに気づかなかったらしい。
「あ、ごめんなさい…ぼんやりしていた。おかわり?もっと食べる?」
「いや…疲れてるんじゃないのか?」
「違う違う!本当に!考え事してたの。」
考え事、と聞いてクラウドが眉をひそめる。
「何かあったのか?」
「ううん、そうじゃなくって…」
あなたといる時間が本当にしあわせ、なんて思っていましたと、ティファも言えるはずもなく。照れ隠しに何か良い言い訳を、と視線を巡らせたところで鉢植えが目に入った。
(そうだ、花が咲いたって言えば…)
が、そこで我に返る。本当に本当に大切な時間だ。そんな時間に、たとえ些細なことでも大切な人に適当なことを言って欺くなど、ティファには到底できなくて。
「花…咲いたのか?」
ティファの視線の先にあるものに気づいてクラウドがそう声をかける。その声がうれしそうだったのでティファはもういたたまれなくなってしまって、
「…違うの。」
ティファはうなだれてしまう。
「…あのね、これ、花は咲かないの…」
言われてよく見ると、花は植木鉢に後から植え付けられたようで、
「葉っぱの形が…違うな…」
クラウドが生真面目にそんなことを言うものだから、ティファはますますしょげ返ってしまう。
「ごめんなさい…クラウドが楽しみにしてて、なんだか言い出せなくなっちゃったの…」
クラウドはまじまじとティファを見つめ、そうして鉢植えを見る。
「隠そうとしたのは…俺にも自分にも嘘がつけないティファの気持ちだ。」
優しい眼差しで、笑顔が苦手なクラウドにしては上出来な笑みだ。
「隠してあるのは…俺に気を遣ってくれたティファの気持ちだ。」
そうして、らしくないと自分でも思ったのか照れくさそうにまた笑う。
「子どもじゃないんだ…それくらいで落ち込んだりしない。」
クラウドは腕を伸ばし、隣に座るティファの肩を引き寄せると、額と額を合わせて瞳を覗きこむ。落ち込んでいたティファにもやっと笑顔が戻る。
「ティファが間違えたんじゃないのに、気を遣ったり落ち込むのはおかしい。またティファの悪い癖だ。」
「…うん、…そうだね。でも…」
「うん?」
「本当はね…花が咲いても、咲かなくてもいいの。クラウドが、誕生日を覚えててくれて、プレゼントをくれて…それだけで私がどれだけうれしいか分かる?」
「当たり前のことをして、そんなにほめられると…調子に乗りそうだな。」
今度は2人同時に笑って、それから自然と口唇が重なった。
「明日は早く帰る。」
「うん。」
「みんなで飯を食おう。」
「うん。」
「ちゃんと花が咲いた鉢植えを買ってくる。」
やっぱり鉢植えなんだ、どうして鉢植えなんだろう、とティファにはそれがおかしくて吹き出してしまう。クラウドはティファがうれしくて笑っているのだろうと前向きに勘違いをし、同じようにうれしくなって、その額にキスをした。
おわり。


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