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次の日はフリオニールが見張りの当番だったためライトニングは会いに行くのを避けた。これは2人で話して決めたことなので特に問題は無い。見張り中に2人でいて敵を見逃でもしたら大変なことになるので、恋仲になったのだと2人が互いに認めた時点でどちらからともなくそうなったのだ。
さらにその次の日はライトニングが見張りで、2人きりの時間を持つことができたのはあの事件が起こってから2日のブランクがあった。
その2日間の間ライトニングは悶々と考え続けていた。もちろん戦う時はそれに集中する。当たり前だが、そうでないと命が危ない。どんな時でも気持ちを切り替え、戦いに集中できるのは自分が元いた世界での訓練の賜物なのだろう。だが、それにはいつも以上の集中力を必要とし、無事に生き残ることができたその後は身体よりも神経が参っていた。そんな気が張った状態を終え、休息の時間になるとライトニングはずっとフリオニールのこと、あの時の出来事を思い出していた。
その日の戦いを終え無事な姿を見て誰にも見とがめられないように目を合わせ、頷き合う。今までならそれだけで胸がいっぱいになっていたのだが、今ではついあの時、耳をねぶられ、胸に触れられたことを思い出してしまって顔が熱くなる。
(ただ、今度はそんなことがない様にちゃんと言い聞かせなくては…)
ライトニングはこんな非常時にと自分を戒めた。
実のところを言うと、未知に対する恐れと、年上としてのプライドが本当の理由なのだが、さすがにそんな事をフリオニールには知られたくはない。非常時だと言えばフリオニールはそれで納得するだろう、何しろ世界の危機、さらには自分の存在の危機でもあるのだ。
ライトニングはそんな風に自分に都合よく結論づけた。それでもフリオニールの愛撫をを思い出すと、どうしようもなく鼓動が速くなるのを止められなかった。
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見晴らしの良い平原にいくつも岩棚があり、平原の部分に崩れかけた建物がいくつか見え隠れしている。ライトニングは一人、そんな寂しい場所を息せき切って駆けていた。
2人がこっそり会う時は、まずは会えるか会えないかを目で合図をする。先にフリオニールが仲間からこっそりと外れ、誰にも見られないような、見つけられにくい場所を探す。フリオニールはそこに小さな小石を使って2人だけの道標を作っておく。ライトニングはそれを見つけ、辿って行くのだ。もちろん小石の道標はの都度壊していく。2人はいつもそうやって逢瀬を重ねていた。
道標を探しながらフリオニールに逢うために走る。心が踊り、足が勝手に走りだすのだ。あまりにも急いで、フリオニールが残した道しるべを壊すのを忘れないように気をつけなければならないほどだ。
フリオニールは岩棚のすぐ側の、壁が比較的残った崩れかけた家の中でライトニングを待っていた。ライトニングの足跡を聞いてすぐに中から顔出し、手を差し伸べた。ライトニングはその手を取ってそのままフリオニールの胸に飛び込んだ。そうして2人はそのまま何も言わずにただお互いをしっかりと抱きしめた。
しばらくそうやってお互いの無事を喜び、お互いに強く抱きしめ合う。ただただ恋人の無事が嬉しくて身体のぬくもり、鼓動、そんなものを感じて大げさに感動したりして。
いつもならその時間がその時間がもっと長く続くのだが今日はいつもと少し違った。フリオニールはライトニングの頭や顔に口唇で印をつけるかのようにキスをするのだ。ライトニングのつむじから額、額からこめかみ、こめかみからまぶた、まぶたから鼻のてっぺんと、点と点を結ぶ唇はまるで滑るようで、そんな動きに以前の愛撫を思い出し、ライトニングは即座に身体を離した。
「……ライト?」
フリオニールが訝しげに尋ねてくる。
「どうしたんだ?」
どうしたもこうしたもない。こんな事はもうさせないないと考えていたことを、ライトニングはちゃんと覚えていたのだ。
本当は触れられた唇がとても心地よくて、何も考えられず、そのまま身体を預けてしまいそうになったのだが。
だが二日間の間説得の言葉をいくつか考え、年上らしく、ちゃんと諌めなければと心に決めていたので今回はなんとかフリオニールから離れることができた。
「…お前に…話さなくてはと思っていた。」
「何をだ…?」
ちっとも分かっていないフリオニールにライトニングは一瞬口ごもったが、すぐに気を取り直して、
「フリオニール、お前は今の状況をわかっているのか?」
「もちろんだ。」
予想外の反応にライトニング鼻白んだ。ライトニングのシュミレーションでは、ここはフリオニールが自分の間違いに気づくはずなのだが。
「わかっているなら…どうして…その、そんな事をするのだ?」
はっきり言えず、曖昧な言い方になってしまって、フリオニールは首を傾げている。
「ライト…何のことを言っているんだ?」
こんな風に注意を促せばフリオニールはすぐに分かってくれると勝手に思い込んでいたので、改めてなんのことだと問われるとライトニングは言葉に詰まってしまう。胸に触れたり、セックスを予感させるような行為は今の状況にふさわしくない、そんなことが言えるはずもなくて。
「なんのこと…とは、つまり…」
困ってしまったライトニングに、フリオニールはライトニングの瞳を見つめ、尋ねる。
「どうしたんだ?言いたいことがなら…俺なら構わないから、頼むからはっきりと言ってくれ。」
はっきり言えないから困っているのである。
しかし、ライトニングにも新たに分かったことがあった。フリオニールはこんな場所で、こんな世界で、こんな状況にも関わらず、2人の関係をこのまま進めることに何のためらいも持っていないということだ。
となると、そこから説得をしなくてはいけない。
フリオニールの思惑を理解し、ライトニングは驚きはしたものの、それでも原因が分かれば対策も思い浮かぶ。だがそれはあからさまに性的な接触はやめるように、と言うことをかなり直接的な言葉を使って説明しないとフリオニールは理解をしないのだろう、と言うこともわかった。
ライトニングは頭を抱えたくなった。
しかし自分は年上である。普段から歳上ぶって、お姉さんぶっているのだ。もっと一緒に居れたら、と囁くフリオニールをいつも諌めてきたではないか。ちゃんと分かるように説明してやり、自分がリードしなくては、とライトニングは未だにそう思っていた。
「フリオニール。」
ライトニングの言葉を待ち構えていたフリオニール、なんだ?と真剣な面持ちで答える。
「私はこうやってお前と会う時間が、この世界で唯一の安らぎだと思っている。」
フリオニールの目がうれしそうに輝いた。
「それは俺も同じだ。俺も…」
「だがな、フリオニール。私はもし他の仲間同士がこうして密会をしていたとしても、それを咎めるつもりはない。だが…私は、自分にそれを許す事は難しいのだ。」
フリオニールの表情が一瞬にして曇った。悲しげに目を伏せてしまっている。ライトニングは慌てて、
「違う!…お前と…会うのをやめると言っているわけではなくて…」
フリオニールはすぐに顔を上げて、と同時にぱあっと表情が明るくなる。あまりにも素直でわかりやすい反応に、ライトニングも釣られ、思わずふっと表情が緩んだ。フリオニールもそれを見て安心したのか、もうこっそり逢うのを止めようという話ではないと言う事は理解したようだ。
「よかった…もう2人で会うのはやめようと言われたら、俺はどうしようかと思った。」
ライトニングはその言葉に少し興味を覚え、敢えてフリオニールに聞いてみた。
「もし私がそのつもりだったら、お前はどうするつもりだったのだ?」
「ライトがそう言ったら諦めるしかないさ…でも…」
フリオニールは言葉を切って、しばらく考え、
「ライトが会わない、と言うなら仕方がない…と思う。仕方がないけど、きっと俺はとても悲しくて仕方がなくなると思う。…うん、想像もできないよ。したくもない。」
フリオニールの言葉が思いがけなく嬉しくて、逆にライトニングは反応に困ってしまう。そして試すようなことを言ってしまったことを申し訳なく思った。
「お前を驚かせるつもりで言ったのでは無い。試すみたいなこと聞いてしまって悪かった。」
「構わないさ。」
笑顔で答えるフリオニールがなんと言うか、可愛い。本当に気のいいやつだとライトニングは思う。
「…私も…お前と会えなくなるなんて、考えたくもない。」
驚かせてしまったせめてもの詫びにと、自分の気持ちも素直に打ち明けてみたものの、やはり気恥ずかしくて、声はとても小さいものになった。フリオニールは思いがけないライトニングの言葉に驚いたが、すぐにうれしそうに微笑むと、ライトニングを抱き寄せた。
味方が警戒してくれているという安心感からか、フリオニールはいつもより随分と軽装だった。甲冑は外し、持っているのは剣だけだ。逞しく暖かい胸に抱かれ、一瞬それを受け入れかけたライトニングだが、これではまたフリオニールのペースだと慌てて身体を離した。
「…まだ話は終わっていない。」
「そうだったな…うれしくて、つい…」
照れたように笑う様がまた愛おしくて思えて、ライトニングは自分がどんな表情をすれば良いのか、そしてこれからの話をどう進めていけば良いのか、また分からなくなってしまった。
「それで、ライトの話って何なんだ?」
こんなことをしていては埒が明かない、2人で居られる時間はごく僅かなのだ。ライトニングは意を決して、自分が考えている事を切り出した。
「こうして2人で会うのは構わない。だが…私はそれ以上は望んでいない…」
フリオニールはまたもや首を傾げている。今さら何を言っているのだろう、そう言いたげだ。
「俺だってライトに会えるだけでそれだけで充分だ。」
いや、お前は会うだけではないだろう、と言いかけてライトニングは言葉を探す。
「つまり…」
「うん?」
フリオニールがじっと見つめてくるのでますます言葉が出てこない。大体キスや抱きしめるのはいいがそれ以上以降はダメだ、なんて一体どういう風に言えばいいのだ。ライトニングは焦っていた。どういう風に言えばいいのか分からないのなら、もうそのまま言ってしまえばいい、と、半ば逆ギレモードになってしまったのだ。
「私は…お前と会って話して時々…その、キスをしたり抱き合ったり、それは…構わないと思う。」
フリオニールはきょとん、とライトニングを見ている。一体何を言っているのだろうという表情にライトニングはいたたまれなくなるが、もう後には引けないと、
「だが、私は…お前がそれ以上望んでいるような風に思えるのだ。私はそれは…ここではとても許されないと、そう…思うのだ。」
フリオニールはぽかんとライトニングを見つめている。ライトニングは、自分はひょっとしてとてもばかばかしいこと言ったのではないかと恥ずかしくなってくる。反面、いい加減自分が言ってることを理解して欲しいと逆ギレモードに加速がかかる。
「えっと…」
フリオニールはライトニングの言葉のひとつひとつを頭の中で吟味しているようだ。
「…じゃぁ、こうやって会うのはいいんだな?」
ライトニングほっとした。やっと言わんとすることを理解してくれたのだ、そう思った。
「その通りだ。」
「キスしてもいいんだな?」
キスとか言うな、と言いかけたが大人しく頷いておいた。
「抱きしめてもいいのだな?」
もうそれ以上言わないでほしいと心の底から願いつつも、ライトニングは何とか頷いてみせた。
「ライト、1つ聞きたい、というか、言っておきたいことがある。」
フリオニールの真剣な言い方にライトニングは思わず身構えた。
「口づけたり、抱きしめたり、それとその先に何をするのか俺にも実を言うとあまりよく分かっていない。でも…」
フリオニールはそこで一旦言葉を切って、ライトニングを正面から、その瞳をしっかりと見つめ、はっきりと言い切った。
「俺は君のことが欲しいと思うし、キスをしたり抱きしめたりするのと、その先のことが今の状況にふさわしいかどうかなんて、どうやって分かるんだ?」
その言葉はライトニングにものすごい衝撃を与えた。あまりにも正論過ぎることと、ライトニングのキャパシティを一気に越えてしまった問いかけに、文字通り頭の中が真っ白になったしまったのだ。
気がつくとフリオニールの両手が伸びてきて、優しく両の頬を包んでいた。
「教えてくれ、ライトニング。」
ライトではなくライトニング、と強く呼ばれ、ライトニングはただオロオロと瞳を左右に泳がせる。
「そこに引かれた線に、一体何の意味があるんだ?口づけるのが良くて…君の身体に触れたいと思うことは…何が違うんだ?」
フリオニールの顔がゆっくりと近づいてきて唇を塞がれた。
いつもならキスの時は2人とも目を閉じているのだが、フリオニールは今は目を閉じることもなく、それこそまつ毛が触れ合うような近い距離でライトニングの瞳を射抜く様に見つめ、ライトニングはその迫力とでも言うのだろうか、それに圧迫されて瞳を閉じることができなかった。