DC後(FF7)

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「今夜はね、シチューとサラダとマッシュポテトよ。」
そう言って、大量のジャガイモの入った籠をでん!とシェルクの前に置く。
「全部剥かなくていいの。これくらいかな?」
ティファは適度な大きさの物を5つくらい選び、少し考え直して、更に3個加える。
「パンもお米も手に入らなかったの。マッシュポテトはライス替わりね。」
シェルクに皮剥器を手渡し、掃除のときと同じ様に、作業を細かく教える。
「こうやって、ジャガイモの皮の上で滑らすの。芽があったらここの爪でえぐり取って…」
手袋を取り、ぎこちない手で皮むきを始めたシェルクの向いに座って、ティフは人参の皮を剥く。作業をしながら、商店は開いていたが流通が滞っており、商品がなかった事を話した。
「だから保存試食総動員のメニューなの。レタスがちょっと萎れかけね。」
ティファはふと手を止め、シェルクの手元を見る。
「大丈夫?」
シェルクは皮剥き器に苦戦しているようだ。ふぅ、と小さく息を吐き、皮剥き器をテーブルに置くと、
「あの…ナイフはありますか?」
ティファは小ぶりの包丁を持って来て渡してやる。するとシェルクはそれを使って器用にするすると皮を剥き始めた。目を丸くするティファに、シェルクは頬を少し赤くする。
「昔…母の手伝いをした時に覚えました。」
その頃と同じ様に包丁が使える事に自分で驚いてしまう。
(もう10年以上前なのに…)
ぼんやりと覚えている台所の風景と母の後ろ姿。包丁を持たせてもらえたのがうれしくて、姉と二人で競う様にして野菜の皮剥きをした事を思い出した。
「お家のこと、思い出したのね?」
シェルクは頷いた。
「どんなお家だった?」
首を横に振る。
「そっか…」
黙々とジャガイモの皮を剥くシェルクに、ティファはそれ以上話しかけなかった。野菜の皮を全部剥いてしまうと、ティファは手際良く料理を作る。横から眺めていると、簡単な手伝いを次々と言いつけられた。シェルクがポテトマッシャージャガイモと格闘していると、表で賑やかな子供の声がした。
「帰って来たようね。」
ティファは料理を中断し、手を拭いて出迎える。
「ティファ!」
「ただいま!」
「おかえりなさい。」
ティファは屈んで両手を広げると、二人を抱きしめる。二人はティファと会えなかった間に起こった出来事を口々に喋ろうとする。
「ストップ!お話は食事の時にゆっくり聞くわ。まずはお客様にご挨拶して。」
言われて、二人は初めてカウンターに居るシェルクの方を見た。
挨拶と言われ、シェルクもカウンターから出て来る。
途端に子ども達の顔が強ばった。
目を輝かせてティファにしがみついていたのが、男の子の方はぎゅっと眉を顰め
唇を噛み締めているし、女の子は怯えてティファにしがみついてしまった。
「どうしたの、二人とも…?」
喜ぶとばかり思っていたティファも、二人の反応に戸惑う。
「その人は仲間だよ。」
シェルクが声のした方を見ると、身体に入れ墨の様な模様を持つ、赤い豹の様な不思議な生物だった。声がした所に居るのは、この生物だけだ。
(じゃあ、今、喋ったのは…)
シェルクが目を丸くしていると、その生物はシェルクの足下にゆっくりと歩み寄る。
「シェルクだね?」
ぎこちなく、シェルクが頷く。
「オイラはナナキ。みんなから話は聞いてるよ。あんたに会いたかったんだ。」
「ティファが言っていた、もう一人の”仲間”って…」
「オイラの事さ。驚いたかい?」
ナナキはデンゼルとマリンの方に振り返って、
「この人だよ。ヴィンセントを助けてくれた仲間は。」
“仲間”という言葉がうれしくもあるが、それよりも子ども達の反応がシェルクにはショックだった。
「さ、分かったでしょ?ちゃんとご挨拶して?」
ティファに促され、二人は顔を見合わせ、そして漸く小さな声で名乗り、ぺこりと頭を下げた。
「二人とも、すぐに夕飯にするわ。上でユフィが寝てるの。起こして来てちょうだい。」
「ユフィ姉ちゃんが来てるの!?」
二人は歓声を上げて、階段を駆け上って行った。
「気にしないでいいよ。」
ナナキは首を伸ばし、シェルクを見上げる。
「あの子達も、ディープグラウンドソルジャーに襲われたんだ。シェルクの服を見て、それで驚いただけだ。」
「そう…ですか…」
「大丈夫よ、シェルク。」
ティファが優しくシェルクの肩を抱く。
「ほら、もう上でユフィと大騒ぎしてるわ。」
言われて思わず天井を見上げる。二人はなかなか起きないらしいユフィのベッドに乗ったり、大声を出したりして大騒ぎだ。
「シェルク、窓際のテーブルにテーブルクロスを掛けてくれる?」
物思いに沈むシェルクにティファが声を掛ける。
「ティファ…私…食事は…」
「食べなきゃダメよ。」
「でも…」
「子ども達の事なら、本当に心配ないわ。むしろ…」
「…?」
「心配なのは、むしろあなたの方ね。きっと子ども達に質問攻めにされるわ。」
「特に、男の子の方はやっかいだよ。」
何の事か分からないシェルクの手にテーブルクロスを手渡す。
「さ、これを広げて来てね。次は、カウンターに置いてるグラスを並べて。」
シェルクは何も言えなくなり、ティファに言われるままにテーブルクロスを広げた。
「シェルクって、強いの!?」
テーブルに座って”いただきます”と言って、全員がスプーンを持った途端、デンゼルの口から出た第一声がこれだった。さっきの怯えた顔はどこへやら。
「デンゼル、いきなり失礼よ。」
マリンがたしなめる。そして改めてシェルクに、
「ねぇ、シェルク、シェルクは父ちゃんに会ったの?」
「マリンだっていきなりじゃないか。」
「強いとか、そんな事レディに聞くものじゃないわ。」
「じゃ…じゃあクラウドには会った?」
「ずっと家にいるの?」
「リーブ局長に会った?」
「シェルクはどこから来たの?」
「シェルクはどんな武器を使うの?」
「こらあああ~っ!」
寝起きで不機嫌なユフィが低いテンションで子ども達を叱る。
「そんなに質問攻めにしたら、シェルクが食べられないじゃない。」
「だって、ティファがお話は食事の時って言ったよ。」
デンゼルがマッシュポテトで口に頬張りながら答える。当のシェルクはまるで回線が切れてしまったかの様に呆然としている。質問の内容にも驚いたが、子どもの回復力と言おうか、適応力にも驚いた。
(いけない。質問…答えなくては…)
これでもツヴィエートの一員だったから強いと答えていいのだろうか。しかし、今回の戦役では悔しいがアスールの言う通り、情報収集方面でのバックアップがメインで、実戦での勝利はない。
(でも、リーブ局長は”あなたは強いから”と言ってくれた…)
しかし、シエラ号のエンジンルームでネロに破れたわけだし。悶々と思い悩んでいると、
「シェルク?あんたもひょっとしてマジで考えてない?」
気が付くと隣に座っていたユフィが顔の前で手をひらひらさせている。
「シェルクはネットワークのプロフェッショナルよ。でもヴィンセントが手こずるくらい、とても強いから、お行儀の悪い子はシェルクにお仕置きして貰う事にするわ。」
すっげー!と叫びかけてじろり、とティファに睨まれ、デンゼルは肩を竦めた。
「ねぇ、ティファ。」
落ち着いた所で、ナナキが口を開いた。因にテーブルに座れない彼は、その横でお膳の様な小さな台の上に可愛らしいランチョンマットを敷いたという、マリンの特製テーブルを使っている。
「オイラも、ヴィンセントが見つかるまでここに居ていいかい?」
「大歓迎よ。」
子ども達と、ついでにユフィが歓声を上げる。
「ところでさぁ、ナナキ。」
口をもぐもぐさせながらユフィが尋ねる。
「アンタ、いつもメールの返信くれるけど、どーやって打ってるの?」
「どうって…普通だよ。」
「アンタの普通と、アタシ達の普通じゃ違うよ。」
食事の途中だけど…と、ナナキは前足の付け根の腕輪(?)から携帯を口でくわえて取り出し、床にそっと置き、口と前足を使って器用に電話機を開いた。そして、爪の先で器用にボタンを押して見せる。
「へぇ~!器用だね!」
「器用どころか、ユフィよりよっぽど使いこなしてるよ。ユフィ、『お』って打つのに、『あ』を5回押してるだろ?」
「な…なによ、他に方法があるの!?」
「オイラはポケベル入力だから、ユフィより早いよ。」
ユフィは手をワナワナと振るわせ、本気で悔しがっている。
「最近、アンタ生意気だよ!」
ナナキはどこ吹く風だ。
「こう見えてもオイラ、ユフィより年上なんだけど。」
「ユフィ姉ちゃん。お行儀悪いと、シェルクにお仕置きされちゃうよ。」
デンゼルの言葉に、途端に食卓が笑いで包まれる。最初は戸惑っていたシェルクも、釣られて笑う。そして、漸くシチューを口に入れる事が出来た。口の中で味を反芻してみる。いつも食べていた戦闘用糧食は同じメニューばかりで、しかも飽きが来ないようにする為、味付けは薄いくせに塩分が多かったのだが、
(…おいしい…)
10年ぶりの家庭料理はシェルクには随分と濃い味に感じられた。しかし、ずっと忘れていたハーブや、新鮮な野菜の味が次々と思い出された。そして何よりも、この雰囲気。
(団欒…)
「お味はどう?」
ティファに聞かれて、今度は素直に答えられた。
「とても…おいしいです。」
食事が終わると、子ども達はてきぱきと食器を運び、テーブルクロスをランドリーゲージに入れ、ティファがそれらを手際良く洗って片付ける。洗った物をマリンが丁寧に拭いて、デンゼルが食器棚にしまう。あまりにもシステム化されていて、シェルクが手伝う余地すらない。
「まったく、良く出来た子達だよなぁ。」
「本当に良く手伝うよね。コスモキャニオンに居た時だって…あれ?」
ナナキが不意に言葉を切って、店の入り口の方を見る。
「誰か来た。」
「こんな時間に?」
二人の間に緊張感が走る。
「ヴィンセントではないの?」
心配そうにティファが尋ねる。
「匂いが違う。民間用トラックと…一人降りて来た。」
ドアがノックされる。子ども達を店の奥に下がらせて、ティファがそっとドアを開ける。
「なんだ…おじさん…」
ティファがホッと胸を撫で下ろす。 やって来たのは常連客の一人だった。

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