DC後(FF7)

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「すまないなね、こんな遅くに。」
「ごめんなさい、お店はまだ…」
「分かってるよ。今日はクラウドに頼まれたんだ。」
「クラウドに…?」
そしてティファは、漸く昼間の会話を思い出した。常連客は、家具屋だったのだ。
「配達が遅くなっちまったけど、奴らのせいで注文が立て込んでてね。クラウドがどうしても今日中にって言うもんで…あ、ここに受け取りのサインを頼むよ。」
ティファは戸惑いつつも、言われた所にサインをする。
「どうしたんだい?奴らにベッドを壊れたのかい?」
「え…えぇ…」
ティファは自分の背後で家族と客人が耳をそばだてているのを感じ、努めて明るい声で、
「家に…友達が避難して来たの!それで…ベッドが足りなくて…」
「あれ?おかしいなぁ?クラウドは”ティファのだ”って言ってたんだが?」
「い…いやだわ、クラウドったらなんでそんな…」
「どれにする?って聞いたら、”店で一番立派な物”って言ってたよ。
幸せもんだねぇ、ティファは!」
恥ずかしさがピークに達したティファはなんと返していいのか分からない。
「あんまり立派過ぎると、部屋に入らないだろうから適当なのを選んでおいたよ。」
「おっじっさ~ん♪」
ティファの背中から上機嫌なユフィが顔を出す。
「ねぇ、クラウドが本当にそう言ったの?」
家具屋の親父は突然顔を出したユフィに驚いたが、
「あぁ、言ったよ。」
と、頷く。 ユフィと子ども達は歓声を上げて外に飛び出し、組み立てる前のベッドの部品を店に運び始める。
「うわぁ~…真っ白なベッドね。お姫さまみたい。」
白いスチールが優美な曲線を描き、マットはピンクだ。マリンがうっとりと言う横で、ユフィは腹を抱えて笑っている。
「クラウド、すっごい少女趣味!」
ティファはいたたまれず、俯してしまう。
「残念だけどお嬢さん、それを選んだのはわしだよ。ウチの店で一番立派な物だよ。」
そして、困り果てているティファに、
「男ってのは、何を贈れば女房が喜ぶかなんて実は全然分かってないんだよ。贈られて迷惑な物でも、喜んあげな、ティファ。」
「迷惑だなんて…そう…そうよね…」
からかわれてとても恥ずかしいけど、やはりうれしい。
「喜んで頂く事にするわ。遅くにありがとう。」
「組み立てるのは大丈夫かい?」
「ええ。」
帰る家具屋に礼を言ってから、ベッドを広げて大騒ぎする3人を、こら!と叱りつける。
「夜遅くに大声出さないの。ユフィ、それを私の部屋に運んでちょうだい。」
「え~!?今から組み立てるのぉ?」
「そうでないと、あなたが寝る所がないわよ。」
「なんでぇ?」
「じゃあ、今夜クラウドのベッドで寝る?」
「…いえ…結構です。」
そして、横に居るナナキに小声で、
(それしにてもさぁ…クラウドって相変わらずツメ甘いよね~)
(なんで?)
(どぉーせならダブルにすりゃいいのにさ!)
「聞こえてるわよ。」
ユフィがおそるおそる顔を上げると、手を腰に当てたティファが微笑んでいる。微笑んでいるが、目が笑っていない。ユフィは慌ててベッドヘッドを抱える。そして、チラリとティファを見ると、
「ねぇ…アタシさぁ…やっぱ古い方のベッドがいいな。」
「どうして?」
「これ…アタシの趣味じゃないし、それに…」
「それに…なぁに?」
「これで寝たらさぁ~クラウドになんか、呪われそう。」
「ユフィ!」
ユフィはベッドヘッドを抱えたまま、慌てて階段を上ってしまう。
「…もう!」
ティファはやれやれと溜め息を吐き、説明書片手にベッドを組み立てると、子ども達にシーツや毛布を運ばせた。新しいベッドで寝るのはどうしても嫌だとユフィがダダをこねるので、お姫様ベッドにはシェルクが寝る事になった。しかし、シェルクにはベッド一つで何故こんな大騒ぎになるのか分からない。
「それに、これは大事な贈り物ではないのですか?」
「おかしいかもしれないけど、クラウドのベッドには誰も寝て欲しくないの。」
そして、ティファは人差し指を唇に当てて、
「私以外にはね。ユフィには内緒よ。」
ティファは照れているが、とても幸せそうに微笑んでいる。
「…よく分かりませんが?」
「その内シェルクにも分かる様になるわ。でも、今日はもう休んでね。」
そして、シェルクの肩に手を置いて、顔を覗き込む。
「夜、具合が悪くなったりしたら、すぐにユフィを起こして。」
シェルクが頷くと、ティファも満足げに頷く。
「じゃあ、明日ね。おやすみなさい。」
実際、とても疲れていたので少しホッとして階段を上った。ティファの部屋にはベッドが2つ並び、人一人がやっと通れる程のスペースしかない。僅かな隙間を通って窓際のベッドに行く。ユフィは古い方のベッドで、すぅすぅと寝息を立てている。食事前に少し眠っていたたようだが、疲労が濃いようで、食事中も時々あくびを噛み殺していたり、だるそうに肩を回したりしていた。子ども達も眠ったようで、家の中はさっきまでの賑やかさが嘘のように、しんとしている。
(つい昨日まで、星と…私たちの生存をかけた戦いだったのに…)
激しい戦いと、暖かい団欒とを一度に体験したせいだろうか、
「私も…疲れました…」
誰に言うでもなく、そう呟くと、シェルクはベッドに横になった。地下に連れ去られてから、眠る場所と言えばずっと無骨なパイプベッドに固いマットレスだった。いや、ベッドで眠れればいい方で、一晩中カプセルの中だったり、手術室でたくさんの機械に繋がれて何日も過ごしたり…
それが今や”お姫さまみたい”なベッドの上だ。
お陽様の匂いのする洗い立てのスーツに柔らかい毛布…
それだけでも充分なのだが、やはり気持ちが華やぐ。ふと動かした視線の先に、例の段ボールがあった。
(明日こそ…ティファに聞こう…)
今度は窓の外を見る。
(彼は…いつ戻るのかし…ら…)
彼が戻ったら、何から話そう?やはり、最後に交わしたあの約束だろうか。そこからすとん、と意識が途切れ、シェルクに10年ぶりの穏やな眠りが訪れた。
とても長く眠っていた様な気がする。
誰かが呼んでいて、それで目を覚ました。
「シェルク、朝ご飯なくなっちゃうよ!」
マリンとデンゼルが顔を覗き込んでいる。
「シェルクはお寝坊さんね。みんなお腹を空かせて待ってるわよ。」
マリンのおしゃまな言い方にシェルクも釣られて笑う。いや、笑おうとしたが出来ない。ありがとう、すぐに起きます…そう言おうとしたが、唇が動かない。起き上がろうとしても、身体に力が入らない。
「…?どうしたの?」
子ども達の笑顔が曇る。
(そんな顔、もうさせたくないのに…)
ちゃんと起きて、心配しないでと言ってあげたい。なのに、身体の感覚がなくなり、手足がなくなってしまったかのようだ。舌も痺れてしまって、思う様に動かせない。
「…め…うご…け…ない…」
もつれる舌で、それだけ言うのがやっとだった。
「…ィ…ファを……んで…」
二人は転がる様にして部屋を飛び出すと、大声でティファを呼んだ。
(いつか来ると思ってましたが…こんなに早く来るとは…)
耳はまだ大丈夫なようで、誰かが急いで階段を駆け上がって来る音が聞こえた。でも、舌はもつれ、顎を動かす事すら出来ない。 これでは話も出来ない。
(…話したい事が…たくさん…あるのに…)
「ティファ!シェルクが大変なの!」
ベッドの側でマリンがティファに叫ぶ。
「身体が動かないって…うまく喋れないみたいなの。」
ベッドでいっぱいになった部屋の隙間を通って、ティファはシェルクのベッドの側で屈み、顔を覗き込んだ。青ざめ、泣き出しそうな顔でティファを見上げている。唇が震えていて、上手く動かせないのが分かる。
「ユフィ!そこの箱の中のカプセルを取って!」
その瞬間、シェルクが眉を顰めた。部屋に入りきれないで入り口で様子を伺っていたユフィはすぐに箱の中からカプセルを取り出し、ベッドの上を通ってティファに手渡す。それを受け取ったティファは、シェルクの毛布を剥いで、
「ティファ。」
その様子を見ていたマリンがティファの腕に手を置く。
「シェルク…それを付けるの、嫌みたい。」
「え…?」
ティファは思わず手を止め、マリンを見て、そして改めてシェルクを見た。
「そうなの?」
頭が微かに動いた。
ティファは一瞬悩んだ。
が、それでも空になったカプセルを外して新しいのに付け替えた。
「分かるわ、シェルク…でも今は…私に時間をちょうだい。それに…」
シェルクの額に優しく手を置く。
「どのみち、カプセルはこれが最後なの。」
シェルクが目で頷いた。
「頑張れる?」
唇の端が少し上がって、笑っているように見えた。ティファはシェルクの髪をくしゃくしゃと撫でてから、立ち上がり、
「ユフィ、マリン、デンゼルはまずはこのベッドを壁際に寄せて。ナナキ、クラウドにメールしてくれる?文面は……」
一同はすぐに動き出した。
ティファは箱の底から、もう一つの箱を取り出した。昨日からシェルクが聞き損ねていた、あの箱だ。それは、大きな段ボールのほとんどのスペースを占めていた。ベッドを移動させて出来たスペースに、ティファはその中身を取り出し、広げる。細いパイプのような物、点滴のパック…カプセルを付け替えたお陰で、少し頭を動かせる様になったシェルクは、ベッドの上からそれを眺めていた。ティファが細いパイプを組み立てると、それは点滴のスタンドになった。
「ユフィ!脈を見て…デンゼル!地下室にプラスティックのブルーの箱があるの。それを持ってきてちょうだい。マリンは水差しにお水を汲んで来て。」
ユフィはベッドの側にしゃがむと、シェルクの手を取った。棒の様に細い腕、手は冷たくなっていて、その痛々しさにユフィは唇を噛んだ。
「ティファ、体温も下がってるよ。」
「ナナキ、体温計も!場所はマリンに聞いて。」
「分かった。」
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目の前にあるユフィの顔があまりにも辛そうで、シェルクは溜まらない気持ちになる。
「すみ…ません…」
「ばか!謝ってなんかいらないって!脈も上がって来てんだ。心配いらないよ。」
「それ…は…これの…お陰です…」
シェルクの視線の先にはさっき付け替えたカプセルがあった。シェルクはティファの瞳を見つめ返す。
「また…話せなく…なる…から…」
ティファは3つの点滴パックをバイパスで繋ぐと、箱の中にあったアルコールを ガーゼに含ませ、シェルクの左腕の肘の裏側をそれで拭いた。親指で軽く押して、血管を探すが見つからない。
(落ち着いて…)
少し場所を変えても見つからず、手の甲でやっと細い細い血管を捕らえた。
「シェルク、少し痛いわよ。」
そして、躊躇いなくシェルクの手の甲に針を差し入れた。傷みに、シェルクが小さく呻く。
「ティファ!」
デンゼルが運んで来た箱を持って来る。
「ありがとう。そこに置いておいて…」
デンゼルは頷くと、心配そうにシェルクを見つめる。それに気付いたシェルクが、微かに微笑むと、デンゼルは何故か顔を赤くした。マリンは持って来た水差しをベッドサイドテーブルに置くと、デンゼルの手を引いて部屋を出て行った。ティファはナナキから体温計を受け取ると、目盛りを確かめてから胸元のファスナーを少し下ろして、腋に挟む。
「ティファ…聞いて…下さい…」
「なぁに?」
デンゼルの持って来た箱から血圧計を取り出すと、それを腕に巻きながら答える。
「もともと…カプセルだけでは…足りないのです。」
ティファは血圧計のスィッチを入れると、ユフィの傍らに屈みこんだ。
「どういうこと?」
「私は…他のディープグランウンドソルジャー達と違って、とてもひ弱に出来ています。魔晄エネルギーも…毎日…全身に浴びなくては身体が保たないのです…」
「それは初めて聞いたけど…あなたが”ひ弱”だとは思わないわ。」
「そぉーだよ!リーブのおっちゃんが頼むくらいだもん。弱かなんかないよ!」
ティファがシェルクの頭を撫でながらは優しく諭すと、ユフィも同調する。
「でも…私…」
「シェルク、あなたが聞きたがっていたこと、答えてあげるわね。リーブがあなたが滞在するのに家が最適だって言ってた理由。それはね、私が看護のプロだからよ。」

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