愚か者の恋(FF12)

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登場人物:オールメンバー(バルフレア×パンネロ)

ふとした事でパンネロに惚れてしまったバルフレアのお話。本編中からED後にかけて。ラストはちょっとドタバタです。


うっそうとした濃い緑の中で白い喉がやけに印象的だった。
あれはどこでの戦いだったか。
バルフレアはぼんやりと思い出す。
(森の中だったから、ゴルモア大森林辺りだったけな。)
モンスターを薙ぎ払い、ふと後ろを振り向くと、
“お嬢ちゃん”が喉の辺りを手で押さえてこっちを見ていた。
『沈黙』の魔法をかけられていたのはすぐに分かった。
眉を寄せ、息苦しさの為か頬が紅潮し、目が潤んでいた。
実際、あの状態はかなり不快だ。
喉に何か粘っこい、得体のしれない物が詰まって話せないだけではなく、
すぐに息が上がってしまう。
その時の残りのメンバーが誰だったか覚えていない。
(お嬢ちゃんにしたって、たまたま傍にいた俺に頼んだだけだろう)
柔らかそうな金髪をお下げにして、
短く切りそろえた前髪は”お嬢ちゃん”をより一層幼く見せていた。
バルフレアにしたって、乳臭い子供だと思っていたのだ。
(いや、子供だからこそ…)
そう考えかけて、それだと自分がそういう趣味の持ち主のようで
バルフレアは慌ててそれを取り消そうとする。
だが、どう言い繕っても自分の心に嘘は吐けない。
とにかく、その時の表情にバルフレアは心を動かされたのだ。
長い間自分でも忘れていた部分を思い出させ、強く揺さぶられた気がした。
息苦しさのせいで潤んだ瞳に上目遣いで見つめられ、
(とにかく…保護しなきゃ…って思ったんだ。)
その時沸き上がった感情をうまく言葉に表す事が出来ないが、
『保護』という言葉が一番近い気がする。
立っていたその場から、アイテムを放り投げてやればいいだけだった。
だが、その時は引き寄せられるように彼女の傍に歩み寄ると、
喉を押さえている手を自分の手の平で包み込んだ。
(手も…柔らかかったよなぁ…)
きめ細かい肌で、真っ白な手だった。
“お嬢ちゃん”は自分の行動が意外だったのか、
ちょっと困った顔をしたが、大人しくなすがままだ。
そのまま呪文を唱える。
と、喉に引っかかってるやっかいな呪いから解放された”お嬢ちゃん”は
うっとりと眼を閉じて、心持ち顎を上げて、ほぅ…っと小さく息を吐いた。
まるでキスの後みたいだったとバルフレアは思い返す。
閉じられた瞳を縁取る睫毛、うっすらと開いた唇、
指先で突いてみたくなる様な柔らかそうな頬、
思わず唇を寄せたくなるような、無防備にさらされた白い喉。
いつもと違う彼女に見えた。
「ありがとうございました、バルフレアさん。」
“お嬢ちゃん”の声で我に返るまでの記憶が曖昧だ。
多分、惚けた様に彼女を見つめていたのだろう。
そんな自分の動揺を悟られてはと、何か軽口を言ってから手を離した。
“お嬢ちゃん”も、「もう!バルフレアさんたら!」なんて言って笑ってた。
それ以来、気が付くと目が”お嬢ちゃん”を追っていた。
最初は信じたくなかった。認めたくなかった。
「参ったな…」
幼なじみの世話を焼いている彼女の様子を少し離れた所で頬杖をついてぼんやりと眺める。
隣に座っていた相棒は、聞こえなかったのか、それとも聞こえない振りをしているのか、
黙って遠くを見つめているだけだった。
眠れない夜は昔の事ばかり思い出し、ますます眠れなくなる。
すっかり目がさえてしまったバルフレアは仕方なく起き上がり、
少し外でも歩こうかとテントを出た。
用心の為に剣を持って行く。
空を見上げると満天の星だった。
(ここんとこ、地上ばかりだな…)
上手く言えないが、身体が乾いて行く様な気がする。
思いがけず向き合う事になった自分の過去がそれに拍車をかける。
(さっさと終わらせて、空に帰りたいもんだ。)
だが、その”終わり”がどんな物なのかは想像もつかない。
いや、考えるのが怖いのか…
その時、ふと何かの気配を感じ、思わず剣に手をかけた。
何かの息づかいと、剣が空を切る音がする。
(なんだ…)
草原の斜面の途中に大きな木があり、それが雨で流れて来る土をせき止め、
平らな土地を作る。
そこでパンネロが一人で剣の稽古をしているのだ。
真剣な眼差しで、かけ声と共に剣を振るう。
あんなちっこい身体でよく剣が振れるものだと感心しながら、
バルフレアはしばらくその様子を眺めていた。
声を掛けるかどうか少し悩んだが、
(こんな時間に一人で置いておけない…な。)
この前もそうだった。
年齢の割にしっかり者だし、腕が立つのもよく知っている。
なのに、なんだか放っておけないのだ。
(まぁ…妹とか、そんな風に思ってるんだろ。)
そんな言い訳を自分にしながら、緩やかな傾斜を下りる。
それに気付いたパンネロが手を止め、こちらを見た。
「随分と夜更かしだな。」
「眠れなくて。」
「本当にそうか?」
「どうして?」
「その割には、随分気合いが入っていたようだ。」
「だって…」
パンネロは首を少し傾げ、微笑んだ。
「強くならなきゃ。」
バルフレアはやれやれと肩を竦め、大木の根本に腰掛けると、
パンネロにも隣に座る様に促した。
パンネロは素直に従う。
きちんと揃えた膝を抱える様にしてバルフレアの隣に腰掛けた。
「今でもなかなかの使い手だと思うが?」
「そうかしら?」
「アーシェならともかく、お嬢ちゃんの口から”強くなりたい”ってのは意外だな。
バッシュが言ってたみたいに、王家にでも仕えるつもりか?」
「そんなんじゃないんです…」
パンネロはじっと目の前の草むらを見つめる。
「あのね、バルフレアさん。私の家族はみんな戦争で亡くなったの。」
「そうだったな…」
「残ったのは私だけ…最初は寂しくて、早くみんなの居る所に行きたいって思ったの。」
返す言葉が思い浮かばず、バルフレアも黙って前を見つめる。
「でもね、もし私まで死んじゃったら、お母さんの作ってくれたおいしい料理とか、
お父さんが釣りに連れて行ってくれたことも、お兄ちゃんが剣を教えてくれた事も、
みんな…私の家族の事を覚えてくれる人が誰も居なくなっちゃうって思ったの。
それって、寂しいよね…」
パンネロは言葉を切ると、バルフレアを見る。
「ねぇ…バルフレアさん…アーシェが王位を継いだら、戦争なんか終わるよね?」
「…そいつはどうかな。」
「私…そうなればいいなぁって思ってるの。
そうしたら…お父さんみたいなステキな旦那様を見つけて…
子供もいっぱい欲しいの。子供達に教えてあげたいの。
お前達のおじいちゃんやおばぁちゃん、叔父さんはこんな人だったよって。」
パンネロが自分の顔を見て話しているのは分かっていたが、
バルフレアはまともにパンネロの顔が見られなかった。
「お嬢ちゃんなりに…ちゃんと考えがあって旅をしてるんだな。」
パンネロはふるふると首を振る。それに合わせて短いお下げが揺れた。
「本当はね、成り行きなんです。ヴァンが放っておけなくて…でも…
旅をしている間に考えたの。そんな世の中にする為に、私も戦えるんだって。」
やはり、声を掛けるべきではなかったとバルフレアは後悔した。
保護してやらなければと思っていた少女の方が
自分よりもよっぽどしっかりと過去と向き合い、未来を見つめている。
いたたまれなくなったが、座って話をするように勧めたのは自分だ。
「ごめんなさい、こんな話。」
黙り込んだバルフレアを気遣って、パンネロが心配そうに顔を覗き込む。
「いや…お嬢ちゃんの方がしっかりしているなと思っただけさ。」
「でも、ヴァンだって、最近は色々考えてるみたいですよ。」
バルフレアが言ったのは、もちろん自分の事なのだが、
パンネロは都合良くヴァンの事だと勘違いしたようだ。
「それにね、私、みんなの足を引っ張りたくないんです。
この前もバルフレアさんに怒られちゃったし。」
膝の上に肘を乗せ、頬杖をついていたバルフレアは
その言葉に姿勢をがくりと崩してしまう。
「俺が怒った…?お嬢ちゃんを?」
「だって、あの時…」
前に”沈黙”の魔法をかけられた時の事だとパンネロは言う。
「あの時のバルフレアさん、ちょっと怖かったですよ。」
バルフレアのリアクションがおかしかったのか、クスクスと笑うのに、
彼女がからかっただけなのだと分かり、バルフレアはホッとした。
しかし、やはり普通でなかったのだと分かり、
その時の自分の様子を少しでも聞き出そうとする。
「怖かった?俺が?」
「はい。目がとっても真剣で…怒られるのかと思ったけど、
後であれは心配かけちゃったんだなぁ…って。」
「すまん。怯えさせちまったな。」
「そんな事ないですよ。」
“お嬢ちゃん”相手だとどうも調子が狂う。
何かうまい言い訳を考えようとしても、何故か頭が回らない。
いつもなら軽口一つで切り抜けられるのだが。
バルフレアは不意に立ち上がると、持っていた剣を抜いた。
「立ちな、お嬢ちゃん。」
パンネロが驚いて見上げる。
「相手してやるよ。一人で素振りしてるよりはいいだろ。」
パンネロが顔を輝かせる。大喜びで跳ねる様にして立ち上がると、
バルフレアに剣を捧げ、軽く膝を曲げてかわいらしい礼をする。
その仕草に思わず見とれていると、鋭い剣先が襲って来た。
慌ててそれを受け止める。
驚いて目を見開くバルフレアに、パンネロはいたずらっぽく笑う。
「バルフレアさん、本当は眠いんじゃないですか?」
「言ってくれるな。」
何度か切り結んだが、パンネロの剣は予想以上に鋭く、重かった。
アーシェの様に洗練された剣ではない。
おそらく騎士団から市井に広がって変化した物だろうが、柔軟で実践的だ。
軽い気持ちで稽古相手になることを申し出たが、
(これじゃあ、どっちが鍛えられてるか分からないな。)
手合いで本気も大人げないと、パンネロの剣を流すだけだったが、
「バルフレアさん、これじゃつまんないですよ。」
勘がいいのだろう、気が付けば懐に飛び込まれている。
剣先を突きつけ、無邪気に笑う少女に翻弄されっぱなしだ。
(やれやれ、だ。人の気も知らないで。)
剣を握る手に力を入れる。
「泣いても知らねぇぞ。」
「泣きませんよ。」
受け止めていた剣を払うと、パンネロが後ろによろめく。
手が痺れたのか少し顔を歪ませたが、すぐに体勢を立て直し、また斬りつけてくる。
バルフレアが下から振り上げる様にして剣を振ると、
身体を柔らかくのけ反らせてそれを避ける。
そこを狙って今度は横に払うと、身体を小さく屈ませて避ける。
と、立ち上がる勢いで腹の辺りを狙って来る。
(猫みたいだな。)
くるくるとよく動き、隙がない。
気が付けば随分と長い時間、打ち合っていた。
「キャッ!」
不意にパンネロが悲鳴を上げて、尻もちをついた。
「大丈夫か?」
バルフレアは剣を放り投げると、パンネロの傍に駆け寄った。
「大丈夫。バルフレアさんたら、少しオーバーですよ。」
立ち上がるパンネロに手を貸してやる。
知らない間に、かなり本気になっていたようだ。
ケガでもさせていないか、つい腕を取ったり、顔を覗き込んだりと、あちこち調べてしまう。
「ちょっと根っこにつまずいただけですよ。心配し過ぎです。」
バルフレアの狼狽ぶりがおかしいのか、パンネロはまたクスクスと笑う。
「悪ぃ。お嬢ちゃんがあんまり強いんで、俺も本気になっちまった。」
「本当ですか?」
「あぁ。」
うれしそうに笑うと、真っ白な歯がこぼれそうだ。
「ねぇ…バルフレアさん?」
「なんだ?」
「もし…明日も眠れなかったりしたらでいいんですけど、また…お相手してもらえませんか?」
「眠れなかったらな。」
そう答えてから、バルフレアはしまった!と思ったが後の祭りだ。
パンネロはバルフレアの手を取ると大はしゃぎだ。
「うれしい!ヴァンだといつもすぐにぐーぐー寝ちゃうんです。」
「言っておくが、俺だって寝ちまうかもしれないぜ?」
「いいんです…時々で。」
おねだりがうれしくて、ついOKしてしまったのが、
こんなに喜んでもらえると悪い気はしない。
いや、むしろうれしいのだが、その部分はしっかりと閉ざしておく。
「そろそろ帰るぞ。あんまり遅くなると、明日起きられなくなる。」
「さっきも思ったんですけど、バルフレアさん、私のことすっごく子供だと思ってませんか?」
「…まぁな。」
この「まぁな。」は色々と複雑なニュアンスを含んでいるのだが、
パンネロは知る由もない。
やっぱり!などと言って、頬を膨らませている。
なんだ、そう来るならばと、バルフレアはパンネロの肩を抱いて引き寄せてみる。
「子供扱いがお望みじゃないなら、俺とお嬢ちゃんの仲を疑われたりしても平気だな。」
「私とバルフレアさんが?」
冗談のつもりが、パンネロの返事に緊張している自分が居た。
「こんな夜中に逢い引きしてたら、みんなに何言われるか分かんないぜ?」
さっきの約束を反古に出来るかもしれないと、
脅し目的で口説きモード全開にしてみる。
パンネロはきょとんとした顔でバルフレアを見つめ返す。
「逢い引き?」
「そうだ。」
「私とバルフレアさんが?」
「他に誰がいる?」
パンネロはもう一度”私とバルフレアさんが?”と、
小さく口の中で呟くと、途端に吹き出した。
「大丈夫!そんなこと 絶 対 ないですもの!」
パンネロはするりとバルフレアの腕から抜け出すと、軽やかに斜面を駆け上る。
子供扱いすれば不満だし、じゃあ女だと思ったら思い切り否定されて。
空賊バルフレア様がお嬢ちゃんにいい様に振り回されて。
「バルフレアさ~ん!」
気が付くと、斜面の上でパンネロが手を振っている。
「おやすみなさい!また明日!」
バルフレアは降参だ、と言わんばかりに肩を竦め、軽く手を振る。
パンネロはうれしそうに一際大きく手を振ると、テントの中に消えた。
それを見届けると、バルフレアはがっくりと肩を落とした。
「あいつ…絶対にないって言い切りやがった…」
冗談めかしで、ぼかしまくりのお陰で即死は免れたが
バルフレアのダメージは相当な物で、プライドはズタズタだ。
そこまで言うなら、無理矢理にでも盗んでみるかとも思ったが、
「ばかばかしい…無粋もいいところだ。」
“お嬢ちゃん”は夏に太陽に向って咲く大輪の花のようだ。
飛空艇の中では枯れてしまうだろう。
「…ったく、厄介な時になんでこんな面倒を背負い込んでるんだ、俺は?」
バルフレアは一人ごちると、自分の寝床に戻った。
今度は別の意味で眠れそうにないが、
でも、2人で過ごした時間に思いがけず安らいだのも事実で。
過去に思い悩まされるより”お嬢ちゃん”の笑顔の方がよっぽどマシだと
バルフレアは観念して眼を閉じた。

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