DC後(FF7)

この記事を読むのに必要な時間は約 13 分です。

「…ク…シェルク…」
何か、夢を見ていたような気がする。切ない夢だったと思う。胸の辺りがざわざわと落ち着かない。人間の感情を司るのは心臓ではなくて頭のはずなのに、彼らと出会って以来、なんだか自分がおかしい。
「起こしちゃってごめんなさい。」
シェルクはぼんやりと間近にあるティファの顔をぼんやりと見つめる。いつの間にかティファにもたれかかって眠ってしまっていたのだ。状況に気付くと、シェルクは跳ね起きた。
「す…すみません…」
「疲れていたのね。」
ティファは先に立ってトレーラーから降りると、大きく伸びをした。
「いいお天気よ。」
振り返って、シェルクを手招く。後に続いたシェルクも空を見上げる。確かにいい天気だ。
(でも…なんだか落ちて来そう。)
吸い込まれそうな青空が、シェルクには不安だった。
「ここから20分ほど歩くの。大丈夫?」
シェルクは空を見るのを止め、ティファを見て頷く。
「そう。じゃあこれを。」
ティファは毛布をシェルクを包み込む様にしてかける。
「寒くありません。」
「そうね…でも、家に着くまではこうしててね。」
「理由を説明して下さい。」
ティファは少し首を傾げ困った表情をする。小首を傾げるのが彼女の癖らしい。
「…この街は、ディープグラウンド・ソルジャー達に襲われたの。」
それだけで十分だった。シェルクは目を伏せてしまう。ティファは彼女がこれから向き合わなければいけない現実を思うと胸が痛んだ。しかし、甘やかしても解決しない。答えは自分で見つけなければいけないのだ。その一方で、彼女も被害者なのだ。彼女だけでなく、長い間地下に閉じ込められていた人達がこの社会に戻る事が出来るのだろうか。それは途方もなく長い道のりだ。
「こっちよ。」
ティファは自分自身を奮い立たせるつもりで元気良く声を掛ける。先に立って歩き出したティファの後に続く。まだ煙が燻っていたり、あちこち壊れた家が目立つが、金槌の音が響き、街は活気に溢れていて、シェルクは物珍しげにその様子を眺めていた。
が、不意に泣き声がして、そちらに目をやる。
見ると、縦長の木の棺が家の中から出て来た所だった。家を直していた人々が手を止め、帽子を取って黙礼して見送る。棺に、小さな男の子が取りすがって泣いている。
「息子を庇って撃たれたらしい…」
「ちくしょう…ひでぇことしやがる。」
そんな会話が耳に入って来て、シェルクは途端に身体から血の気が一気に引くのを感じた。身体が震えて、この陽気に毛布まで被っているのに寒くてたまらない。黙礼していたティファはシェルクの様子に気付くと、背中にそっと手を回し、その場を立ち去った
『7th Heaven』という看板の店でティファが足を止めた。扉は壊れていて、店の中は銃痕だらけだった。ティファは足下に気を付ける様にとだけ言って、先に立って店に入ると、陽当たりの良い窓際の席にシェルクを座らせた。シェルクは毛布をしっかりと握りしめ歯をガチガチと鳴らして震えていた。
「ちょっと待っててね。」
ティファはシェルクの肩に手を置くと、そう言い残して店を出て行った。
自分が座っている一画は無事だが、割れた食器や酒瓶が床に散乱している。カウンターの椅子は倒され、壁に掛けられた額はだらしなくぶら下がり…
ここで何があったかは容易に想像が付いた。
ティファは両手一杯に何かを抱えて来てすぐに戻って来た。それを、空いたテーブルの上に置くと、今度は扉を開けて、家の奥に消え、またたくさんの物を抱えて戻って来た。何度かそれを繰り返し、最後には自分の身長程あるプロパンガスのボンベを抱えて地下室から上がって来たのにはさすがに驚いてしまった。
ティファは楽々とそれを床に置くと、コンロに繋いだ。無事に火が点いたのを確認すると、小さなミルクパンに牛乳を注ぎ、温めた。それを、2つのマグカップに容れると、砂糖と、小瓶から茶色の液体を少し足す。
「はい!」
シェルクは自分の目の前に置かれた湯気の立つマグカップをじっと見つめた。
「ホットミルクよ。ブランデーの瓶が割れちゃったから、お菓子作り用のお酒で代用したんだけど…」
そう言いながらティファはシェルクの向かい側に座ると、試しに自分の分を一口飲んでみる。
「うん、おいしい。」
シェルクもおずおずとカップにカップに手を伸ばす。湯気からは甘いミルクの香りに混ざって、ほのかに洋酒の香りがする。一口飲んでみると、優しい味が口の中に広がった。
「お砂糖、もう少しいる?」
シェルクは首を横に振って、ゆっくりとミルクを飲み干した。
「私もね…」
不意にティファが口を開いた。
「空が…嫌いだったことがあるわ。なんだか自分だけ正しいって感じがして、空が、私を責めてる様な気がしたの…」
「…どういう意味ですか?」
ティファはカップを持ったまま、また小首を傾げる。
「ごめんなさい。ただ…なんとなくよ。」
そう言うと、飲み終えた二つのカップを持って立ち上がった。
「さっき、連絡があったの。子ども達は夕方に帰って来るわ。安全な所に避難させてたんだけど、仲間が連れて来てくれるって。」
「それは…また、あなた方の仲間ですか?」
「そうよ。あなたにとても会いたがってるの。」
「私に…?」
「ええ。」
シェルクは会った事のない人物が何故自分に興味を持つのか不思議だった。
「それは…ヴィンセント・バレンタインが私の”世話になった”からですか?」
「多分、ね。」
やはり、よく分からない。
ティファはカップをシンクに置いて、軽く伸びをする。
「さてと、私はお店と家を片付けなくちゃ。あなたはどうする?少し休む?それとも…もし、元気があるのなら手伝ってもらえるかしら?」
ホットミルクのお陰だろうか?さっきまでの震えはいつの間にか収まっている。
「大丈夫です。お世話になるのだから、手伝いくらいなんでもありません。」
「ありがとう。」
ティファは店の奥にある戸棚を開け、ほうきとちり取りを持って来た。
「これで、床を掃いていてくれる?割れた食器があるから、必ずこの手袋をしてね。集めたガラスはここ、ゴミはこっちに捨てて。それから…」
ティファは細かく指示を出すと、
「じゃあ、私は今夜あなたが寝るベッドの用意をしてくるから、お願いね。」
バタンと扉が閉まって、店に一人残されたシェルクはまじまじとほうきを見つめる。昨日までの激しい戦いと、10年に及ぶ地下での生活とのギャップが一度に押し寄せて来て、思わず天を仰いだ。が、見えるのは鉄骨とコンクリートがむき出しになった天井だけだ。
(静かだ…)
表には人通りがあり、車の音も聞こえてくるが、どこか遠くから聞こえてくるようだった。そして、改めて手に持ったほうきに目をやる。昔、まだ姉と暮らしていた時に使った事があったので、どういう風にすればいいのか、大体分かる。とにかく、やると言ったのだから…とシェルクはほうきで床を掃き始めた。
ティファは自分の部屋のベッドからシーツを剥いで、新しいのに変えていた。
(デンゼルと同じ事を言ってたわ…)
ここに来た当初、デンゼルは”世話になっている”という態度を崩そうとしなかった。
(いつか打ち解けてくれるといいけど…)
ティファは小さく溜め息を吐いた。踵を返して、部屋を出ようとして、足を止める。
(いけない…忘れる所だった…)
ティファは携帯を取り出すと、クラウドに電話をかける。
「クラウド…?ごめんなさい、ちょっといい?」
電話からは瓦礫を取り除く作業音がして、クラウドの声が聞き取りにくい。
「そう…まだ見つからないのね。うん…うん…」
ティファは、シェルクと無事に店に着いたこと。子ども達は夕方帰って来る事を伝えた。クラウドも作業の進み具合を話す。ヴィンセントはまだ見つからない。シドも手伝っていたが、飛空艇団の方にも顔を出さなくてはならないので、自分とバレットとユフィで作業を進めている。そんな事を言葉少なく伝える。そして、ティファに電話をして来た理由を聞いて来た。
「実はね、運んで貰いたい物があるの。」
ベッドメイキングが終えると、ティファはシェルクの様子を見に、下へと降りて行った。店と、住居部分を仕切る扉を開けると、もうもうとホコリが立ちこめ、ティファは思わずくしゃん、とくしゃみをしてしまった。見ると、シェルクが一心不乱にほうきで床を掃いている。しかし、それは掃いているというよりや、ほうきを床に擦り付けて、ほこりを舞い上げていると言った方が正しい。
「シェルク…?」
振り返ったシェルクは困った様に眉を寄せ、ホコリで目を真っ赤にしている。ティファは思わず吹き出してしまった。
「何が…おかしいんですか?」
ムッとしたシェルクが聞き返す。
「ごめんなさい…」
ティファは尚もくすくす笑いながら、窓と扉を開け放った。
「私の教え方が悪かったのね。これじゃあ、ホコリが立つばっかりだわ。」
「だったら、笑うのは止めて下さい。」
「だって、今のシェルクの顔…」
少し唇を尖らせて、拗ねた様な顔がとても可愛らしかったのだ。ティファがそう言うと、シェルクはぷい、と横を向いてしまう。
「ごめんなさい。もう笑わないわ。私も手伝うから、床を掃いてしまいましょ?」
シェルクはしぶしぶ頷くと、ティファに教わりながら掃き掃除を再開させる。まず、必ず窓を開ける。ほうきはほこりが立たない様にそっと動かす。ティファは辛抱強くシェルクに掃除を教え、陽がかげる頃にはなんとか店を片付ける事が出来た。
仕上げの拭き掃除をしていると、表でバイクが停まる音がした。テーブルを拭いていたティファが顔を上げた途端、ばん!と乱暴に扉が開き、口元を押さえたユフィが飛び込んで来た。
「うええええぇぇぇ~っ!」
そして、ティファの顔を見もせず、バスルームに飛び込んだ。それをティファとシェルクの二人が呆然と見送る。その後から大きな段ボールを抱えたクラウドが入って来た。
「ご苦労様。」
段ボールをテーブルの上に置いたクラウドに、ティファが労りの言葉を掛ける。
「頼まれた物は揃った。同じ事をリーブも心配していた。」
「そう、ありがとう。ところでユフィがどうして?」
クラウドは、はぁ…と溜め息を吐いた。
「なぁに?ユフィがどうかした?」
「ヴィンセントの事が心配らしくて…気を紛らわそうといつも以上に喋るんだ。」
あぁ、とティファは頷く。
「見かねたシドがそう言ったら、逆に俺たちが心配してるだろうから、喋ってあげるんだと言って聞かない。」
ティファは思わずユフィが飛び込んだバスルームの方を見る。クラウドも釣られて同じ所を見る。
「それで…」
「うるさいから、連れて行けってバレットが言ったんだ。」
ティファはやれやれとクラウドを見上げる。
「私に押し付けるのね?」
「すまない。」
「いいのよ。賑やかなのは大歓迎。」
ティファはくすくす笑いながら段ボールを開けた。
「助かったわ。早くに届けてくれて。」
ティファが取り出した物を見て、遠巻きに様子を眺めていたシェルクが歩み寄る。
「それは…」
シェルクの服の背中と胸の部分についている拳ほどの大きさのカプセルだった。
「あんた達にはそれが必要なんだろ?」
シェルクは思わずクラウドを見上げた。
(…なんだろう?この感じ…)
確かに、これには魔晄エネルギーが入っている。ここから戦闘服の青いラインを通って、魔晄エネルギーを吸収する事が出来るのだ。ただし、シェルクの場合、これだけでは十分ではない。一日に一度はカプセルに入らなければならないのだが。どうやらティファが心配して手配を頼み、彼がそれを届けてくれたらしい。感謝するべきなのだろうが、どうしてだか、彼の物言いに何故か腹が立った。
「他の兵士にも配らなくてはいけないから、あまり数がない。」
「そうね…魔晄炉も、もうないし…」
言いかけてティファは、はっとなってシェルクを見る。
「大丈夫よ。私たちに任せて。」
シェルクが頷く。
「じゃあ、俺はミッドガルに戻る。」
クラウドは扉を開けて、さっさと外に出てしまう。慌ててティファが後を追う。大きな黒いバイクに跨がるクラウドにティファが何か話しかけてるのを、店の中から窓越しに眺めながら、シェルクは自分の中に沸き上がった苛立ちの素は何かと考えていた。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11