DC後(FF7)

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まだ襲撃の後が生々しいWROの急ごしらえの局長室で、リーブは次々と送られてくる報告書を見ていた。世界は再び混乱に見舞われ、送られてくる報告書は彼に溜め息を吐かせるものばかりだった。だが、三日も経つと、ごく僅かではあるが、ちらほらと明るい話題も飛び込んで来る。
「人とは…前に進むものなんですね。」
そして、どこかで聞いた言い回しだと思い、誰の言葉だったかと思い出そうとする。
「なんで分からへんのや。ヴィンセントはんやろ?」
書類の間からぴょこん、と顔を出したのは、リーブ自身の分身で相棒だ。
「そうでしたね。私としたことが。」
「おっさん、ちょっとは休んだらどうや?疲れてるんちゃうか。」
ケット・シーは今度は反対側の書類の山から顔を出す。
我ながら他愛もない遊びだと思いつつ、ここに籠る前に仲間と話して以来、交した会話と言えば、報告、相談、指示、のいずれかだ。
(だから…まぁ、ちょっとした息抜きですね。)
隊員達は出払っていて、今はこのフロアには誰も居ない。この一人遊びを誰かに聞かれる事もないだろう。
「あん時はおもろかったなぁ。」
ケット・シーは机の上でぴょんぴょんと跳ねる。
「艦長があんな事言い出すとは思わへんかったなぁ。」
手を後ろに組んで、机の上をちょろちょろと歩き回る。
「それにしても…実際に旅したのは、わいやけど…みんなわいに話しかけるみたいにおっさんに話しかけとったなぁ。」
ケット・シーはふと歩みを止めると、リーブを見上げる。
「おっさんも…ホンマはこんな所より、みんなとヴィンセントはんを探したいんやろ?」
自分を見上げる相棒の表情はどこか寂しそうだ。
「一緒に行きたいのはどっちでしょうね?」
リーブはふっと笑うと、指先でケット・シーの鼻を突つく。ケット・シーは大袈裟に足をバタバタさせながら両手で鼻を押さえる。
「シェルクさんが心配です。レッド…いえ、ナナキから連絡はありませんか?」
「ホンマに…ワイくらいにはホンマの気持ち言うたらええのに…」
ぽてん、ぽてん、と不思議な足音をさせながら机の端の充電ホルダーに刺してある携帯電話を取りに行く。マスターは自分なのに、この分身は時おり自分の思惑以外のことを喋ってリーブを驚かせる。『インスパイヤ』という能力はまだまだ未知な何かを秘めているのか、それとも人が操る故に気持ちの揺らぎのような物を反映するのだろうか?リーブはそんなことを思いながら電話を受け取り、メールを見る。
「彼は本当にまめに報告してくれますね。」
「おっさんがここから出られへんのを知ってるからや。」
ケット・シーはエエ仲間やなぁ…と言いながら、うんうん、と何度も頷いて見せる。が、不意に腕組みをして、首を傾げ、
「…せやけど、ナナキはんは一体どないしてメールしよるんやろうなぁ?」
そして、携帯を握りしめるリーブをまた見上げる。『本部の復旧は後回し』という局長の方針の為、電力不足で部屋は薄暗い。携帯のディスプレイの灯がリーブの顔を照らしている。
「シェルクはんはどうなんや?」
「意識は戻ったようですね。でも、まだ起き上がるのは無理なようです。」
「一進一退ってとこやなあ。」
「とりあえず、クラウドさんはヴィンセント捜索に戻りました。」
ディスプレイの文字を目で追うと、献身的かつ、素人とは思えない適格な看護の様子が書かれている。
「やはりティファさんに預けたのは正解でしたね。」
ホンマになぁ…とケット・シーが頷く。クラウドがティファに言った通り、収容したディープグラウンドソルジャー達は、皆、魔晄中毒だ。シェルクほど重傷ではないが、人数が多い為、ベッドも足りず、ろくな治療も受けられないまま床に横たわるだけなのだ。彼らの治療、社会復帰…課題は山積みだ。
「こんな時にヴィンセントはんがおってくれたらなぁ… 今頃、どこで何してんねん…」
これは、分身に言わせた本当の気持ちだ。仲間は皆、彼の無事を信じている。かと言って、悪い予感が過ぎる時がない訳ではないのだ。早く無事な姿を見たい。無事でよかったと、肩を叩いてやりたい。病身のシェルクにも会わせてやりたい。彼が無事だと分かれば、彼女も元気になるだろう。
「まったく、どこで何をしてるんでしょうね。」
「ヴィンセントはんの事やから『面倒はごめんだ』とか言うて隠れてるんちゃうか?」
ちゃんとヴィンセントの声色と仕草をマネさせてみる。ここで漸く我ながら何をしているんだろう、と苦笑いを浮かべる。
しかし。
『面倒はごめんだ』
そう、確かにそう言いつつも、彼は星の為に戦ってくれた。
(しかし、それは人道的な見地であって…)
一度閃くと、後は簡単だった。
「すぐに行って貰いたい場所があります。」
ケット・シーは頷くと、ひょいと机から飛び下り、どこかへ走り去った。
意識は戻ったが、本当に大変だったのはそれからだった。シェルクは朝には寒がり、ティファは湯たんぽを用意し、ユフィはベッドに上がって震えるシェルクを抱きしめた。夜になると熱が上がり、ティファは今度は氷嚢を用意し、ユフィは熱で朦朧(もうろう)としているシェルクの口に氷を入れてやる。寝たきりだと身体中が痛むので、二人で寝返りを打たせてやり、身体を擦る。クラウドは薬や栄養剤を探して走り回った。少しずつ症状が落ち着き始めたのは5日目のことだった。
ティファが作った冷たいスープをユフィが飲ませている合間にシェルクはぽつりと口を開いた。
「夢を…見ました…」
まだ少し熱があるので、顔が赤い。
「どんな?」
点滴を替えていたティファが答える。ユフィは、冷たいスープなのに、つい息を吹きかけて冷そうとしかけて、何をやっているんだと肩を竦め、シェルクに照れ笑いを見せる。シェルクも笑って、ユフィが飲ませてくれるスープを飲む。ひんやりとして、火照った口の中にも気持ちいい。
(おいしい…)
「おいしい?」
ユフィが顔を覗きこんで来るので、シェルクは素直に頷いた。
「やっぱね~!顔が笑ってるもん。」
「やっと私の料理を食べてもらえてうれしいわ…それで、どんな夢を見たの?」
「…お姉ちゃんの夢…」
せっせとスプーンを口元に運んでいたユフィの手が止まる。
ティファは椅子を持って来ると、ベッドの傍に置き、そこに腰掛けた。
「身体が動かなくなって…私…やっぱり…と思いました。」
「どうして?」
「私…私のせいでお姉ちゃん…」
何かを叫びかけたユフィを、ティファが黙って制する。
「怖かった…束の間だけど私に与えられた団欒、もう一度彼に会う事…それすら許されないのかと…そう思うと、死ぬのが初めて”怖い”と思いました。」
シェルクは毛布をぎゅっと握りしめる。
「許されるはずがない…私は…幸せになる資格がない…だからこのまま死んでしまうんだと…そう思いました。」
ネロの闇に捕われた時でさえ、こんなに怖いとは思わなかった。怖くて怖くて…夢の中の暗闇を何かに追われる様に闇雲に走っていた。
「夢の中だと…上手く走れなくて転んでしまいました。そしたら足に何か絡み付いて…」
シェルクははっと我に返る。
「私…何を話しているんでしょう?こんな…非現実的なこと…」
「でも…話したいんでしょ?」
「シャルアが助けてくれたんだろ…?なんて言ってた?」
ティファもユフィも膝を乗り出して話を聞いている。
(臨死体験なんて…信じてもらえないかと思ってました…)
シェルクは話を聞いてもらえることにホッとして、続きを話し始めた。
「はい。お姉ちゃんが…助けてくれました。」
シャルアはあの時の様に、シェルクの手を引いて走ろうとしていた。が、絡み付いた”何か”の力と、シャルアが引っ張る力が拮抗して抜け出せない。
「お姉ちゃん…もうだめだよ!」
シャルアの唇が動いた。言葉は発せられないがシェルクには何を言っているかが分かった。”生きて…” シェルクは激しく頭を振る。
“シェルクは強い…そいつだって、自分でやっつけられるよ。”
(やっつける…?)
シェルクは反射的に足に装備していたスピアを片手で抜き、足下を薙ぎ払った。すると、足に絡み付いていた物達が、ふっ…と消えてしまった。
“ほらね”
シャルアはいたずらっぽい表情でウィンクして、シェルクを立たせてくれた。
「お姉ちゃん…」
“ずっと傍に居るよ。いつも見てるから…だから…”
シャルアは屈んで、シェルクの瞳を覗きこむ。
“頼むから「私のせいでお姉ちゃんが…」なんてうじうじしてる姿、見せないでよ”
「そんなの…無理だよ。」
“大丈夫…もう、一人じゃないだろ?”
夢の中なのに、頬に触れた手は温かかった。
“大好きなシェルク…”
シャルアは両手でシェルクの頬を包み込んだ。
“また会えるから…それまで私の分も生きるんだよ”
「そこで…目が覚めました…ティファと、ユフィと…クラウドさんが居ました。」
気が付くと、ユフィはシェルクに背中を向けて鼻をすすっている。
「優しくて、強いお姉さんね。」
「はい…でも…」
“でも”という言葉に反応して、ユフィがシェルクに向き直る。
「それでも…私のせいでお姉ちゃんが…という想いはきっと消える事はないと思います。”私の分も生きろ”と…私にそれが出来るのでしょうか?生きる事さえ罪だと感じているのに。」
「だぁーからぁっ!シャルアはそういう風に考えんなって言ってるんだろ?」
「ですが…」
「生きてることが罪なんて!そんなの、どっかの根暗野郎に言わせときゃいいの!」
激高するユフィをシェルクは驚いて見つめる。
「ヴィンセントだよ!アイツもそんな事ばっか言ってさぁ…でも、神羅屋敷の棺桶から出てきて、アタシ達と旅して、ちゃんと役に立ったんだ!あ~見えても、”星を救った英雄”の一人なんだって!」
もちろん、『アタシほどじゃないけど』を付け足すのを忘れていない。
「シェルクだって大活躍だったじゃん!ね?アンタが居なかったら、ヴィンセントの奴だって、この星だって、どーなってたか分からないんだから!」
「ユフィの言い方は問題有りだけど、私もそう思うわ。あなたは前を向いて生きる事で償っていけると思うの。」
横でユフィがうんうん、と大きく頷く。
「だから…お姉さんの言葉を大切にね。」
ユフィは傍らに置いておいたスープの入った皿を再び手に取る。
「大丈夫だって!アタシが付いてるからさ!とにかく、まずは食べなくちゃね。」
「私達が…でしょ?」
ティファが呆れた口調で言う。
“ほらね”
耳元で姉の声がした様な気がした。
「ん?食べないの?」
ユフィがスプーンを持っておどけている。
(こういう時は…どういう風に言えばいいんでしょう?)
「シェルク…」
ティファがタオルでいつの間にか溢れていた涙を拭いてくれるた。
「今はいいの。いつでもいいのよ…私たちはずっと傍に居るから。」

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