愚か者の恋(FF12)

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最後の戦いの後、シェトラールからバハムーとに戻る決心をした時、
お嬢ちゃんに何か言おうと思ったが、止めた。
(縁起でもねぇよなぁ…)
死ぬつもりは毛頭なかった。
だが、姿を眩ます決心が、一度だけバルフレアを振り返らせた。
フランに何か教わりながら一生懸命に計器類を覗き込む
小さな後ろ頭がバルフレアが最後に見たパンネロの姿だった。
バハムートから負傷したフランを連れて小型艇を見つけて脱出した。
その後の騒ぎに巻き込まれるのは面倒だったのと、
何よりフランの身体の事を考え、エルトの里に身を隠したのだ。
あまり歓迎はされていないようだが、
よそ者のバルフレアの長期滞在を黙認してくれる辺り
閉鎖的なヴィエラ達の間でもゆっくりとした変化が起こりつつあるようだ。
昼間は里に害をなすモンスターを退治し、フランを見舞い、夜は酒を飲み、
たまに近くの集落に出かけては情報と必要な物を仕入れる、そんな毎日だった。
お陰で考える時間はたっぷりあった。
それはバルフレアにとって必要な時間だった。
自分が逃げ出した過去、父との葛藤。向き合うのは辛い事だった。
考えが煮詰まると、ふと思い出すのはパンネロと過ごした夜だった。
他愛のない話の数々が暗闇に灯された小さな暖かい灯りの様に思えた。
今になって思うと、自分はその灯りに照らされ、守られていたかったのではないかと思う。
思い出してみると、幼いのに母性を感じさせる少女だった。
甲斐甲斐しく面倒を見ていたのはヴァンだけではない。
食事の時はなかなか自分の席には着かず、スープを取り分けたり、
誰かの体調の変化に真っ先に気が付くのはパンネロだった。
(やれやれ…だ。)
これでは自分がお嬢ちゃんに甘えていた事になる。
「…ったく、冗談じゃねぇぜ。」
「何か言った?」
近くの集落への買い物に行くのに、付いて来ていたミュリンが尋ねる。
「いや…なんでもない。」
「バルフレアは独り言が多いね。」
ミュリンがおかしそうに笑う。
「早く帰ろう!姉さんが待ってるわ。ねぇ…チョコボに乗って帰りたいの。いい?」
「別に…構わないさ。」
自分がこの若いヴィエラに甘いのは、おそらくパンネロと重ねているのだろう。
「やれやれ…だ。」
今度の独り言は、幸いチョコボを選ぶのに夢中になっていたミュリンの耳に入る事はなかった。
里に戻り、フランの寝室に顔を出す。
ミュリンが集落で見聞きした事を大はしゃぎでフランに伝える。
フランもそれを聞いてやる。
その横でバルフレアは薬湯を煎じ、フランに手渡す。
一頻り(ひとしきり)喋り終えると、ミュリンは、
「ねぇ、バルフレア、明日のモンスター退治は連れて行ってくれるんでしょ?」
「ヨーテが良いって言ったらな。」
「もう!バルフレアの意地悪!」
ミュリンは可愛らしく頬を膨らますと、少々けたたましく部屋を出て行った。
「別に構わないのよ。」
「またつるし上げはごめんだからな。」
フランは少し考え、あぁ、と小さく呟く。
「パンネロね。どうしているかしら?」
「さあな。」
「きっと綺麗になってるわ。」
「やけにはっきり言い切るな。」
フランは薬湯をゆっくりと飲み干す。
「もちろんよ。だって、ちゃんと教えてあげたもの。」
「教えた?何を?」
フランは薬湯の入ったカップをベッドサイドテーブルに置く。
「聞きたい?」
「そうだな。」
バルフレアは椅子を持ってくると、背もたれを抱える様にして座った。
フランが語ったのはパンネロがメンバーに加わってから初めて宿に泊まった時の事だった。
たまたま部屋が2つしか空いておらず、女性陣、男性陣とで部屋が分かれた。
なんとなく遠慮がちなアーシェとパンネロを気遣って、
フランが最初にバスルームを使った。
汗を流し、髪を洗い、身軽になって出て来たフランを見て、
2人は思わず息を飲んだ。
「フラン、きれい…!」
フランの部屋着は飾りが一切付いていないシンプルなタンクトップにフレアパンツだが、
髪と同じ色の光沢のある素材で高価な物である事が分かる。
丈の短いパンツからはすらりとした足が伸び、
ヴィエラ独特の踵を支える為の室内履きのヒールはいつもの物よりも一回り細かった。
「本当に…」
溜め息混じりにアーシェも言う。
「うん…本当にきれい…ううん、いつも…初めて会った時から
きれいな人だなぁって思ってたけど…」
パンネロが熱に浮かされた様に呟く。
飾り気のない装いが、却ってそのスタイルの良さや美しさを際立たせるようだ。
フランは羨望の眼差しを向ける2人に軽く微笑み、
ありがとうと答え、ベッドに腰掛ける。
そしてまだ濡れたままの髪を丁寧にタオルで叩く様にして拭く。
「ねぇ…フラン、髪はそうやって拭くの?」
おずおずと隣に腰掛け、それでも好奇心を押さえ切れないといった風でパンネロが尋ねる。
「そうよ。擦ると、髪が痛むの。」
パンネロは感心した様に何度も頷く。
「ねぇ…フラン、私もフランみたいになりたいな。なれるかな?」
フランは思わず手を止めて少女を見つめ返した。
「えぇ。なれるわ。」
「本当?…でも、どうやって?」
フランは手を止めてパンネロのお下げを手に取る。
「…少し痛んでるわね。」
「そう?」
パンネロは心配そうに空いた方ほお下げに目をやる。
「いらっしゃい。」
フランはパンネロの髪をほどいてやると、ブラシで優しくといてやる。
パンネロは少し緊張したようだが、すぐに気持ち良さげに目を閉じた。
きれいにとかし終えると、パンネロを振り向かせて、
「洗ってあげるから、着替えてらっしゃい。」
「本当!?」
パンネロはうれしそうにバスルームに飛び込むと、
服を脱ぎ、バスタオルを巻いたまま、ドア越しに顔を出す。
「フラン、これでいい?」
フランはパンネロをバスタブに座らせると、シャワーで髪を濡らす。
そして、植物性のオイルから作った石けんを泡立てるとパンネロの頭をそれで洗ってやる。
「いい匂い…」
「髪を洗う時は必ずブラシで梳いてからよ。
石けんもケミカルな物や怪しい魔道物に手を出しちゃだめよ。」
「うん。ねぇ、フラン、すごく気持ちいい。」
「洗うときもゴシゴシ擦っちゃだめよ。」
「は~い。フランってすごい。私がそうやって洗ってたのを見てたみたい。」
髪を洗い終えた後も肌や手の手入れの仕方を教えてやり…
「フラン…私も見てもらっていい?」
最初は遠巻きに見ていたアーシェも加わった。
「知らなかったなぁ…きれいになるのって大変なんだ。」
一通りのお手入れを教えてもらい、
パンネロは普段よりもしっとりとした自分の頬に手で触れる。
アーシェも肌のマッサージまでしてもらい満足げだ。
「きれいになりたいなら、メンテナンスも大事よ。」
「飛空艇みたいね。」
と、アーシェ。
解放軍に身を投じて以来、忘れていた楽しみだった。
「ねぇ、フラン、毎日するの?」
「ええ。」
「私、頑張る!」
パンネロは自分は男兄弟しか居なかったので、
こうやってお姉さんに色々教えてもらうのが夢だったと大はしゃぎだった。
「…それで、毎晩そっちの部屋ではそうやって遊んでたのか?」
「遊んでたんじゃないわ。」
女性としては当然の嗜みだとフランが言う。
「で、お嬢ちゃんはお母さんの言いつけを守ってきれいになってるとでも言いたいのか?
こっちの部屋は毎晩ヴァンの寝言や将軍の鼾で大変だったってのに、随分と楽しそうな事で。」
「羨ましい?」
本当を言うと、ちょっと覗いてみたい。
部屋着姿でキャッキャと楽しそうな3人を。
「誰が。」
吐き捨てる様に言うバルフレアの本音をお見通しなのか、フランがくすりと笑う。
「もう1年になるのね。あの子達はちゃんと恋人同士になったかしら?」
「あの子達…?」
「ヴァンとパンネロよ。何かあるとすぐ2人で寄り添っていて、可愛かったわ。」
「ガキ同士でじゃれあってただけだろ。」
「この1年で変わったかもよ。パンネロはしっかり者でヴァンの面倒を見ているようだけど、
本当は彼が居ないとダメみたいだし、それに…」
フランはふと黙ると、訝しげに眉を寄せる。
「どうしたの?」
バルフレアの顔がいつになく真剣だったからだ。
「…相談がある。」
「何かしら。」
フランはいつもの様に眉一つ動かさないでバルフレアの話を聞き、
最後に一言、あなたの好きにすればいいわとだけ言った。
「毎日ここで寝ているのにも飽きた頃だし。」
「決まりだな。」

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