愚か者の恋(FF12)

この記事を読むのに必要な時間は約 7 分です。

一方、出遅れてしまったバルフレア。
「あの野郎、また…!」
「ちょっと待てくれ、一体どういう事だ?」
「悪いが将軍!話は後だ!おい、フラン!追うぞ!」
シェトラールに駈けて行くバルフレアの姿をバッシュは呆然と見送る。
そして、すっかり傍観者なフランに助けを求める。
「彼、あのコに夢中なのよ。プロポーズしてフラれた所。」
「では、ラーサー様の恋敵という事か。」
「あなたも追うの?」
「主君の命だからな。だが、宮廷勤めより楽しい任務になりそうだ。」
そう言って踵を返して着陸艇に向かう、がふと足を停めて振り返ると、
「この事はダルマスカの殿下には…」
「分かってるわ。ちゃんとね。」
バッシュは頷き、そして扉が閉まる直前に、フランに向って手を振った。
「君も…無事で良かった。」
フランも軽く手を振って応える。
着陸艇が母艦に戻るのを見届けてから、フランもシェトラールに乗り込む。
「追うぞ。」
「フラれたのに?」
バルフレアは相棒の言葉に怒るでもない。むしろわくわくしている。
「惚れ直した。絶対に手に入れる。」
フランは副操縦席に座ると、ヴァン達の機影を追う。
「早いわね、あのコ達。いい飛空艇を手に入れたのね。」
「軽いだけだろ。それに、どんなに逃げても居場所は分かる。」
見ると、バルフレアの席に見覚えのない計器が増えている。
「指輪に仕込んでおいた。これで逃がさない。」
どうやら渡した指輪には追跡装置が取り付けてあるようだ。
ラーサーにも言える事だが、自分の相棒は女という生き物は
追えば逃げる習性があるのを誰よりも良く知っていたはずなのだが。
そして、この騒ぎを戴冠式を控えた王女様に是非知らせてやらなければと思う。
さっきバッシュが言いたかったのはそういう事だろう。目が笑っていたし。
活動的な王女様の事だ。
きっと戴冠式が終わったら…
いや、今すぐにでも飛び出してくるかもしれない。
結末がどうなるかは分からないが、当分は退屈しなくて済みそうだし、
また6人で食卓を囲む事が出来るかもしれない。
機体を加速形態にし、全力で帝国軍を振り切り、
ヴァンとパンネロを追うバルフレアを見ながら、
フランはのんびりとそんな事を考えた。
エピローグ
「殿下…どうしても行かれるのですか?」
アーシェが幼い頃から仕えてきた侍女頭は泣き出さんばかりだ。
「ええ。帝国の艦隊が動いたと聞いてじっとしては居られないわ。この目で確かめないと。」
実はこれは口実で、本当の理由は懐かしい仲間からの手紙なのだが。
ドレスを脱ぎ、旅をしていた頃の服に着替え、愛用の剣を腰に差す。
「あと一月で戴冠式なのに…」
年老いた侍女頭がさめざめと泣く。
「こんな大それたこと…民に知れたらどうなる事か…」
「もう泣くのはお止め。」
アーシェは少々うんざりした口調で言う。
「アーシェさま。」
「まぁ、フロリー!」
フランからの手紙が届いたのはつい2時間程前の事だった。
読み終えたアーシェはすぐに一番忠義深く、
自分に心酔している侍女のフロリーを呼んだ。
「お呼びでしょうか、殿下?」
「フロリー。私は今から旅に出ます。」
驚くフロリーを言いくるめ、そして彼女に頼んだのだった。
「戴冠式までには戻るわ。それまで私の身代わりをして欲しいの。」
アーシェがフロリーを選んだのは忠義深さだけではない。
背格好がどことなく似ているのと、なかなか機知に富んだ娘だからだ。
「戴冠式までの潔斎と言って、ベールを被って誰も近づけない様にすれば大丈夫よ。」
そうして、髪を染め、似た様な髪型にカットし、アーシェのドレスを着て、
ベールを被って出て来たフロリーにアーシェは歓声を上げたのだ。
「大丈夫よ、これなら。」
「はい、殿下もどうぞお気を付けて。」
アーシェは真っ黒なマントを羽織り、フードを被る。
「裏門にチョコボを用意してございます。」
「ありがとう、フロリー。」
「お待ち下さい、殿下!」
侍女頭が扉の前に手を広げて立ちはだかる。
「どうしても行かれるおつもりですか?」
「お願いよ、行かせてちょうだい。」
侍女頭は動こうとしない。
「では命令です、そこをおどきなさい。どかぬなら、切ります。」
侍女頭は青ざめ、のろのろと扉から離れた。
アーシェはその傍らをすり抜け、隠し通路へと姿を消した。
「侍女頭さま…どうしてあのような…」
「これで良いのです。」
不思議そうなフロリーに、侍女頭は大きく頷いてみせる。
「もし、殿下の不在が皆に知れたら、私達も罰せられるでしょう。
陛下のご命令で、切ると言われたとなれば誰にも咎められる事はありますまい。」
「そんな…」
「殿下もそれを承知であの様に言われたのですよ。」
3年前、この隠し通路を通ったのは父の死を知らせてくれたウォースラに連れられてだった。
あの時は突然の事に、ただ彼に付いて行くしか出来なかった。
失った物の大きさに、悲しみより先に戸惑うばかりだった。
亡くした父や夫の事を忘れたわけでもない。
だが、今を、未来を生きようとするアーシェにとって、旅の仲間はかけがえのない宝だ。
その仲間達が揃っていると聞いて、
大人しく戴冠式を待っていられるわけがない。
そして、自分の心を盗んで行ったまま姿を眩ませた空賊に、一言言ってやらねば。
(私を目の前にして、もう一度パンネロに同じ事が言えるかしらね。)
きっとパンネロも同じ事を考えているはずだ。女部屋の絆は伊達ではないのだ。
隠し通路を抜けるとフロリーの言う通り、一頭のチョコボが繋いであった。
アーシェは鞍にまたがると、軽く鞭を打ち、静かに裏門を出る。
城から少し離れた所に来ると、全力でチョコボを走らせた。
空は満天の星だった。夜風が心地よい。
仲間との再会に思いを馳せながら、アーシェは夜の街を駆け抜けて行った。
おわり。

1 2 3 4 5