求婚の日。(FF12)

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男になら、誰にだって「一人になりたい。」時間があるとバルフレアは思っている。
ラバナスタの夏のフェスティバルにパンネロに誘われ、バルフレアはマーケットの喧騒の中で、そんなことを考えながら歩いていた。砂漠の国の夜はなかなか陽が落ちないが、それでもだいぶ薄暗くなっていた。
一緒に歩いていると、パンネロは誰からもよく声をかけられ、そして自分からも知り合いを見ると走って行って声をかける。そんな様を見ていて、そう思ったのだ。
気さくで人気者な恋人が誇らしい反面、どうしても大人げない独占欲が頭をもたげてくる。そんな時、自分に言い聞かせるのだ。「男には一人になりたい時がある。」と。置いてけぼりを拗ねているわけではない。パンネロのことは何よりも大切だが、彼女を取り巻く何もかもが自分のテリトリーに入ってくるのかと思うと、気が重くなるのだ。同時に、自分の狭量さにも嫌気がさす。
自分の幼い恋人は子どもにやたら人気がある。ラバナスタは治安が良いらしくて、子どもだけで遊びに来ているグループもあれば、親子連れもいる。そんな子どもたちの頭を撫でてやり、女の子は踊りを即興で教えてやったり、小さいこどもにはどこからか出してきた菓子を与えたり、面倒見が大変良い。
「浮遊大陸レムレース」にまつわる冒険のとき、ヴァンがパンネロのことを「みんなの母ちゃんな。」などと、とんでもないことを言い出した時は心底動揺した。そんなヴァンの他愛のない言葉ですら、バルフレアの心を乱気流に飛び込んだ飛空艇のようにぐらぐらと揺すぶるのだ。
つまるところ、バルフレアはこういう家族連れの多い場所に来ると、パンネロとの将来をあれこれと考えて、いささか神経質になるのだ。まだ早いのではないかとか、拒否されたらとか、やっと掴んだ空に憧れ、自由に憧れたこの生活の、全てが変わってしまうのを恐れていた。
(それを認めたくなくて、恋人のアラ探し……か……)
しかも、人当たりのよい、誰にでも優しいパンネロに、そんなほころびなど見つかるはずもなく。我ながら情けなくて、いっそ笑えてくる。
そんな時にパンネロは知り合い夫婦の赤ん坊を抱っこしている。生まれてまだ間もない赤ん坊をおぼつかない手で抱き、その愛らしさにニコニコと笑っている姿に、バルフレアはまたもやダメージを食らう。
(……自分が……とんでもない極悪人になった気分だ……)
このように良い心根の、将来もある娘に自分が相応しいのだろうかと時おり思う。子ども好きのパンネロのことだ、自分の子供が欲しくないはずはない。だが、自分が父親になるところがどうしても想像できない。
「バルフレア?」
不意に、パンネロが心配そうに声をかけてきた。
「どうしたの?疲れた?」
いつの間にかパンネロが傍に戻ってきて、心配そうに顔を見上げてる。
「いや、なんでもない。」
「退屈?」
「そうじゃない。留守番しているノノ達に、何か買っていってやるかと思ってたところだ。」
そんな風にごまかすと、パンネロはすぐにいくつかのお菓子を薦めてくれる。
「だがそれは後でいいさ。あっちに射的がある。勝負するか?」
手を引いたところで、パンネロは何かを見つけたようだ。
「あ、見て!」
パンネロはバルフレアの手を引っ張る。
「見て!箱庭遊び!」
パンネロは砂の入った箱がいくつか並んだ露店にバルフレアを引っ張って行く。
「これね、すごいの!自分が思ったようにお家や木を並べたらね、考えていることがわかるんだって!」
この遊びが何を元にしているか、バルフレアにはすぐわかった。
(箱庭療法か……)
寄宿舎生活に疲れた2番目の兄が療法士にかかったのを見たことがあった。自分の精神状態を説明するのが苦手な子どものためのものだ。確か、箱の中に自由におもちゃを置いていくことで、精神状態をよみとっていく一種の心理療法だ。
パンネロは露店の老人に代金を支払う。
「前にもね、遊んだことがあるの。小さいときのことを思い出したり、その時悩んでたことを言い当てられて、びっくりしたの。」
パンネロは喜々として、おもちゃを選び、ああでもないこうでもないと、置き場所を決めていく。
何も知らないパンネロは、「このお家とこっち、どっちがいいかなあ?」と、無邪気に聞いてくる。
「さぁな。俺が言ったら、箱庭遊びにならないだろう?」
「そうなんだけど……」
パンネロは少し寂しそうに笑い、小さい方の家を選ぶと、箱の中に作った小川の横の木陰にその家を置いた。そして、小さな芝生の庭をつくり、かわいらしい木の塀を立て、花で飾る。バルフレアはそんな様子を微笑ましく見つめながら、今、自分がこの療法をためしたら、どんな箱庭になるのだろうかと考え、慌てて顔をひそめて、頭を振った。幸いなことに、箱庭遊びに夢中なパンネロは気づきもしなかったが。
「ずいぶん熱心に作るな。それがパンネロの家か?」
そんな気持ちを紛らわそうと、何もない風を装って、小さな小さなポストを家の前に置いたパンネロに声をかけた。すると、パンネロは覗きこんでいるバルフレアを見上げ、
「あのね、私と、バルフレアのお家!」
と、なんの屈託もなく、うれしそうにバルフレアに微笑みかけた。その笑顔は、夜のとばりの中でお陽さまみたいに暖かく、慈愛に満ちていて、バルフレアの胸をじんわりと暖めた。胸だけではない、頬も火照り、熱に浮かされたような、わけのわからない幸福感が足元からこみ上げてきた。バルフレアは思わずパンネロを抱きしめていた。
「きゃ!バルフレア?」
「明日、教会に行こう。」
「え?」
「幸せにする。」
「ええ?」
悩んでいたのが馬鹿馬鹿しく思えるほど、パンネロのひと言が迷いのすべてを、はるか彼方へ吹き飛ばしたのだ。箱庭遊びをしていた子どもたちや、露店の店主が呆れている。
「バルフレア、お酒飲んだ?」
「大真面目だ。」
パンネロはバルフレアの腕の中でしきりと首を傾げている。いったい、どうしたというのだろう?
「またからかってるんでしょ?」
「明日の朝だって同じことを言ってやる。」
「なんだかプロポーズみたい。」
「そう思われてなかったらどうしようかと思っていたところだ。」
パンネロはぎゅうぎゅうとしがみついてくるバルフレアを、どうどう、と押さえ、じっとバルフレアの顔を見つめる。
「冗談じゃなくて?」
「冗談じゃない。」
「本当に?」
「本当だ。」
だから早く返事を聞かせてくれ、と言わんばかりに焦れるバルフレアに、パンネロはうれしそうに笑いかける。
「ふふっ!うれしい!」
だが、さすがにひと目が気になり始め、パンネロはバルフレアをバザーの端まで手を引いて行く。喜んでいるようだが、まだちゃんと返事を聞かせてもらっていない。さっきまでの鬱々とした気持ちは嘘のように晴れていて、今では、小さな家に花を飾る少女の願いを叶えるのは自分しかいないと信じて疑っていない。
パンネロはよっぽどうれしいようだ。バルフレアの手を取って、くるくると回る。これは好感触だ、だとしたら次は指輪とドレスだ、そう思ったところでパンネロがとんでもないことを言い出した。
「ね、今夜お返事しなかったら、明日もプロポーズしてくれるの?」
バルフレアは思わず足を停め、パンネロはそのせいでつんのめってしまう。
「なんだって?」
「だって、プロポーズって素敵なんだもん。さっきのバルフレア、情熱的で…まだドキドキしてるの。」
つんのめったまま、バルフレアの胸に飛び込んたパンネロはうっとりと目を閉じる。だったら早く返事を!と思ったところでバルフレアは漸く自分の失敗に気がついた。
「……なるほど、な。」
発作的に言ってしまい、なかなか信じようとしないパンネロに、”明日の朝だって同じことを言ってやる。”と言ってしまったのはほかならぬ自分自身だ。
「さっきのは、雰囲気が足りなかったな。」
「次はきれいなお星さまの下がいいの。」
「指輪は?」
「要らないの。言葉だけで。」
バルフレアは身体を屈め、パンネロの頬にキスをした。急がなくていい、焦らなくていい、そう言ってくれるのだと思うと、澱んでいた心の中に、涼しい風がすーっと吹いたように思えた。
「お前が納得するまで、どこででも、何度でも言ってやるさ。」
「うれしい!」
パンネロは躍り上がって喜ぶと、お返しとばかりにバルフレアの頬にキスを返した。

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