愚か者の恋(FF12)

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さて次の日の夜である。
寝床に引き揚げるまで、バルフレアは悩みに悩みまくった。
夕食の時、パンネロと目が合った時、にっこりと微笑まれた。
(あれは”今夜もお願いします”って事だろうな。)
パンネロにしてみれば他意はないのだが、ナントカは盲目だし、男とはそういう生き物だし。
でも、彼女の真っすぐさが怖くもあって。
だけど、身体を横たえても落ち着かない。
「…仕方ないか。」
やはり夜遅くに女の子一人を外に放り出してはおけない。
色んな言い訳を頭の中でぐるぐると繰り返しながら剣を手にすると外に出た。
なんとなく、誰にも見られたくなくて、相棒にも気付かれないようにそっと。
テントから少し離れた大木の下で、昨日と同じ様にパンネロが一人稽古をしていた。
今日はバルフレアが来るのを待っていたのか、バルフレアにすぐに気が付いて手を振る。
(にやけんなよ、俺。)
バルフレアはわざと億劫そうな顔をして歩み寄る。
そして、剣の相手をしてやり、その後少し話をしてそれぞれの寝床に戻る。
話の内容は他愛のない事ばかりだ。
パンネロの家族の話や、踊りの事、ダウンタウンでの暮らしなど。その間に、
「バルフレアさんと話してると、なんだかお兄ちゃんと話してるみたい。」
「えー、バルフレアさんって落ち着いているからもっと年上だと思ってました。」
等の発言がバルフレアに大ダメージを与えていたとはパンネロは知る由もない。
それでも話していると、この少女の心は珠玉だと思わずにはいられない。
そこいらの男どもより真っすぐで強く、
バルフレアが出会ったどんな女よりも優しく、純粋だった。
(おっと…フランは別格だがな。)
ただ、相棒と決定的に違うのは、この少女を見ていると、
かまってやりたい、守ってやりたいという気持ちを強く引き起こさせるのだ。
隣に座っていると、パンネロの息づかいや体温を感じる。
彼女の口から語られる話を満天の星空の下でいつまでも聞いていたい。
(…ったく、何を考えてんだ、俺は?)
我に返ったバルフレアが話を打ち切り、お喋りタイムが終わる。
なんだかんだ言いつつも、毎晩律儀にやって来るバルフレアに、
パンネロの別れ際の挨拶はいつの間にか、
「じゃあ、明日の夜に、また!」
そう言って手を振って駈けて行く。
(なんとも艶っぽい別れの挨拶だぜ…)
バルフレアは自嘲的に笑うと、パンネロの姿が見えなくなるまで見送る。
そんな夜が何日か続いた。
久しぶりに小さな街で宿を取った。
宿の主人のすすめで全員で宿の食堂でその街の郷土料理を食べる事にした。
田舎料理だが、これが予想以上に美味しく、
久々の屋内の食事で一同がくつろいだ雰囲気になった。
ワインの種類も豊富で、バルフレアは早速1本頼む。
運ばれて来た瓶はたまたま入り口の一番近くに座っていたパンネロの前に置かれた。
パンネロはその瓶を手に持つと立ち上がり、
わざわざ反対側に座っているバルフレアの傍に来て、
「はい!バルフレアさん!」
と、お酌をしてくれる。
「あー!パンネロ、ずりぃぞ!バルフレアが1番かよ。」
早速ヴァンが文句を言う。
「ヴァンはダメ!お酒飲んだらすぐにヘロヘロになっちゃうんだから。」
ここまではいつもの風景だった。
バッシュが何かを言って、ヴァンをたしなめ、
ヴァンがふてくされて、それをフランとアーシェが笑い…
しかし、何故か嫌な予感がした。
パンネロが口を開きかけたのが目に入る。
(よせ!何も言うな、お嬢ちゃん!)
しかし、そんな心の声が届くはずもなく。
「それにね、私とバルフレアさんは毎晩逢い引きしている仲なのよ。
一番にお酌するのは当たり前でしょ?」
和やかな雰囲気が一瞬にして凍り付いた。
バッシュはナイフとフォークを持ったそのままの姿勢で固まり、
フランは冷ややかな視線をバルフレアに投げ、
アーシェの眉がきりきりと釣り上がる。
ただ一人、ヴァンだけが”えー、いつの間にそんな事になったんだよ”
などと悠長な発言をし、冷たい空気に拍車をかける。
し~んと静まり返った一同に、さすがのパンネロも自分の言った冗談が
冗談だと受け止められない事に気付いた。
「や…やだな、みんな。冗談です…よ?私とバルフレアさんが恋人同士って、
そんなことっ!絶っ対!あるはずないじゃないですか!」
力一杯否定するパンネロに、バルフレアに投げかけられていた
冷たい視線が一転して気の毒そうな物に変わった。
今度は別の意味でいたたまれないが、ここで上手く調子を合わせれば、
この話は冗談で終わるはずだ。
さて、どう言った物かと考えていると、
「逢い引きって言うのは、バルフレアさんが言った冗談ですよ。
本当は、毎晩、剣の稽古をしてもらっているだけなんです!」
バルフレアはテーブルに突っ伏してしまおうかと思った。
(いいタイミングだ、お嬢ちゃん…)
何故なら室温がまた一気に下がったからだ。
「どういう事か、説明してもらえないか?」
さすがにこのままでは、と思ったバッシュが口を開く。
が、その口調はどことなくバルフレアを非難しているようだ。
「説明も何も、お嬢ちゃんが言った通りさ。
夜、眠れなくて散歩してたら、たまたまパンネロが剣の稽古をしていた。
あんまり熱心だったから、相手してやった…それだけだ。
確かに”逢い引き”なんて言葉は使ったが、そりゃ、冗談だ。
俺にだって一応良心はある。こんないたいけなお嬢ちゃんに手は出さねぇよ。」
変に言い訳がましい事を言うとかえって話がややこしくなる…
そう判断してありのままを話す。
「そういう事なら…」
「相手をするよりもまず、どうして部屋に戻る様に言わないのです?」
バッシェの言葉を遮ってアーシェがぴしゃりと言う。
「あんまり熱心だったんでね。あんたにも覚えがあるだろ?」
「それとこれとは別です。大体あなたは普段の言動がそんな風だから、
こうやって皆にあらぬ疑いをかけられるのです。」
「やれやれ、悪いのは全部俺かよ。」
「いい加減にしろよ!」
不毛な言い争いを止めたのは意外にもヴァンの怒声だった。
「アーシェもバルフレアもいい加減にしろよ。パンネロが困ってんだろ!?」
ちょっとした冗談のつもりが思いがけず大騒ぎになってしまい、
パンネロはワインの瓶を持ったまま立ち尽くしている。
ヴァンは立ち上がると、パンネロの手を引いて外に出て行ってしまった。
「…悪いが、俺も失礼するぜ。」
バルフレアは不機嫌そうに眉を顰めて立ち上がる。
「話はまだ終わっていません。」
「これ以上、何を話す?」
アーシェはぐっと言葉を詰まらせた。
「あんたの旅の目的はなんだ?俺とお嬢ちゃんの仲を疑うことか?」
バルフレアは乱暴に扉を閉め、出て行ってしまった。
食堂を出た途端、ヴァンに呼び止められた。
てっきり責められるのかと思ったら、さっぱりワケが分からないといった様子だ。
「なぁ…バルフレア、アーシェはなんであんなに怒ってんだ?
最初はびっくりしたけど、だって、冗談なんだろ?」
ヴァンによると、困り果てているパンネロを放っておけなくて連れ出しただけらしく、
やはり根本的に騒ぎの要因は分かっていないようだ。
それでも、分からないなりに真っ先にパンネロを助けようとしたのだ。
「全く…時々お前が羨ましいよ。」
「なんだよ、またワケ分かんねー事言って!それより、パンネロが気にしてんだよ。」
「何をだ?」
「あんたに迷惑かけたって。」
バルフレアは深い溜め息を吐いた。
「お嬢ちゃんは部屋か?」
「うん。」
バルフレアは小さく舌打ちをすると、部屋への階段を上る。
「おい!どうすんだよ、バルフレア!」
「お嬢ちゃんに”気にすんな”って言ってくるだけだ。」
「アーシェは?」
「フランが上手くやるさ。」
ドアをノックすると、少しして扉がゆっくりと開いてパンネロが顔を出す。
バルフレアを見ると、目を伏せてしまうが、
意を決した様に再び顔を上げ、何かを言おうとする。
「ごめんなさい…」
「なんでお嬢ちゃんが謝るんだ?」
「ほんの冗談のつもりだったの…」
「冗談だったとは残念だな。」
パンネロは、え?という顔でバルフレアを見上げる。
「…冗談だ。」
「…こんな時に…笑えませんよ。」
「気にすんな。アーシェの言う通りだ。疑われる方が悪い。」
「…そんな…」
「色男の辛い所さ。」
軽口ばかり叩くバルフレアに、パンネロの顔が少し明るくなる。
「お嬢ちゃんが気にする事じゃない。
それと…もう稽古もお終いだ。夜遅くに一人で出歩くんじゃない。」
すると、パンネロはとても傷ついた様な顔をした。
「もう…お終いなんですか?」
「あぁ。そうだ。」
「…そっか…そうですよね…」
悲しそうな顔を見ると、胸が痛んだ。
と、いきなりパンネロの瞳から涙が溢れた。
「あれ…私…?」
パンネロは慌てて目をごしごしと擦る。
「えへへ…ごめんなさい。
“もう終わり”って聞いたら急に寂しくなってきちゃって…」
涙を浮かべながらも健気に笑う。
そんな彼女を抱きしめたいという衝動を必死で堪え、バルフレアはパンネロの頭に手を置く。
(でも、これは恋じゃない。)
バルフレアは自分に言い聞かせる。
パンネロはバルフレアの次の言葉をじっと待つ。
「俺も…楽しかったさ。妹が出来たみたいだった。稽古にはもう付き合えないが…
そうだな、この旅が終わったら…またシェトラールに乗せてやるよ。」
「本当ですか?」
パンネロの顔がぱっと輝く。
そして、踵を上げて背伸びをすると、バルフレアの頬にキスをした。
「ありがとう、バルフレアさん…ねぇ、本当に?」
「あぁ。楽しみにしてな。」
「そうじゃなくて…安心したの。旅が終わって、急に居なくなったりしませんよね?
バルフレアさんとフラン、何も言わずにどこかへ行ってしまいそうで。」
やはり、お嬢ちゃんの切っ先は鋭いと思う。
「約束する。」
パンネロは良かったぁ…と小さく呟き、漸く笑った。
手を前に組んで、その事が心配で心配でたまらなかった…といった風情だ。
その仕草に胸を締め付けられた。
「メシも途中だろ?食べて来いよ。」
「はいっ!みんなにも謝りたいし…バルフレアさんは?」
「後ですぐ行く。」
パンネロはにっこり笑うと、階段を下りて行った。
その姿が見えなくなると、見送るバルフレアの顔が一瞬にして曇った。
お嬢ちゃんには嘘を吐いた。
きっと、自分は何も言わずに姿を眩ますだろう。
食堂に戻る足取りが重いのは気のせいだ。
嘘が辛いのも今だけだ。
パンネロの唇が触れた頬に手を当てる。
思わぬ展開だったが、これで良かったのだと言い聞かせた。
話を少し戻して。
残されたバッシュはアーシェのバルフレアに対する気持ちが、
信用を越えている事に気付き、どう声を掛けていいのか分からなかった。
「分かっています…」
アーシェは手が白くなるほど握りしめる。
「殿下…」
「明日、彼に謝ります。」
「気にすることはないわ。」
すっかりぬるくなってしまったワインを優雅にグラスに注ぐと、フランは事も無げに言ってのける。
「でも…」
「あなたの言った事は間違ってないわ。彼が怒ったのは…」
フランはワインを一口飲んで頷き、別のグラスに注いだ物をアーシェに渡す。
「そうね。例えばこの旅が終わって、私たちが別れ別れになって…
それでもし、あなたが困っていたら、バルフレアは世界の果てからでも駆けつけるわ。
そしてそれはパンネロも同じよ。彼にとって、あなた達は”特別”になったの。
なのに疑われたから怒っているのよ。」
「彼には”特別”はたくさん居そうね。」
アーシェは無理に笑うと、グラスに口をつけ、一気に飲み干した。
横でバッシュがオロオロしている。
フランは静かに首を横に振る。
「たくさん居るガールフレンドと、あなた達は違うわ。」
「ありがとう、フラン。」
アーシェは漸く笑顔を見せる。
横で心配そうなバッシュに、心配しないでと笑いかけ、バッシュは、はぁ…と頷く。
上手くなだめてくれたフランに感謝しつつ、ことが落ち着いた様でホッとする。
「彼の事を信じていないわけではないが…」
おずおずとバッシュが口を開く。
「パンネロには…その、もっと家庭的な男性がふさわしいと思って。」
「すっかりあの2人の父親ね。」
フランが冷やかすと、アーシェも笑う。
「せめて兄と言ってもらいたいな。」
そこにヴァンとパンネロが、少し遅れてバルフレアも戻って来た。
パンネロが皆に謝り、アーシェも非礼を詫び…
ぎこちないながらもまた食事が再開された。
バッシュが父親の様にパンネロを心配していた話で一同が大笑いし…
そうして、夜が更けていった。
それは、この旅の仲間が一緒に摂った最後の食事だった。

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