愚か者の恋(FF12)

この記事を読むのに必要な時間は約 15 分です。

上空からシュトラールを見つけ、地上に2人の姿を確認したヴァンは大喜びだった。
「見ろよ!パンネロ!あそこだ!無事だったんだ!本当に無事だったんだ!」
ヴァンは地上に向かって大きく手を振る。
パンネロも身を乗り出して二人の姿を確認する。
上空からだと表情までは見えないが、
手を腰に当てたバルフレアがこちらを仰ぎ見、
横でフランが眩しげに手をかざして空を見ている。
2人は無事だと信じていたが、やはりこうして再会出来るまで
悪い予感が過らなかった事がなかったと言えば嘘になる。
「うん…本当だ…」
涙がこみ上げて来て、それだけ言うのがやっとだった。
飛空艇を着陸させると、2人は操縦席から飛び下りて懐かしい仲間に駆け寄る。
「なぁ、フラン。」
「なぁに?」
「おまえの言う通りだ。」
(背も少し伸びたか…)
フランは何も言わないが、どことなく得意そうだ。
久しぶりに見たパンネロは線が少し細くなって大人びた感じがする。
服装も明るくなり、それがとてもよく似合っていた。
「バルフレア!」
パンネロより一足先に飛び出して来たヴァンはバルフレアに飛び付かんばかりだ。
「悪いが、男に抱きつかれる趣味はないんでね。」
突進して来るヴァンの頭をまるで犬を制する様に手の平で押しとどめる。
「なんだよ!人に心配かけといて!無事に会えたのにいきなりそれかよ!」
口ではそう言いつつ、ヴァンはやはりうれしそうだ。
今までどこに行ってたんだ、どうしてすぐに姿を見せない、
と矢継ぎ早に尋ねてバルフレアを苦笑させる。
「フラン!」
少し遅れて、息を切らせて駆けて来たパンネロがフランに抱きつく。
「よかった…無事で…」
「心配かけたわね。」
パンネロは健気に首を横に振る。
「おいおい、どうせ抱き付くならこっちにしてもらえないか?」
じゃれて来るヴァンの頭を押さえて
「おあずけ」をしているバルフレアはパンネロに軽口を叩く。
パンネロは手を腰に当て、頬を膨らませてバルフレアを見上げる。
「知らないわ。だってバルフレアさん、約束を破ったんだもの。」
「悪かった。」
バルフレアは臆面もない。
「黙って居なくならないって言ったのに…」
パンネロの顔が歪む。目に涙が浮かんでいる。
バルフレアはパンネロの肩に手を置くと、そっと引き寄せる。
自分の胸の中で泣きじゃくるパンネロが
まるで小鳥の雛の様に儚く、愛おしく思える。
バルフレアはパンネロの肩に手を置き、涙を指でそっとぬぐってやる。
「もう嘘は吐かない。約束は必ず守る。」
パンネロはまだ少ししゃくりを上げている。
呼吸を整えようとして、上手くいかない様だ。
「本当?」
バルフレア、頷く。
「もう黙ってどこにも行かない?」
「約束する。だから…」
パンネロに分からない様に小さく息を吐き、
そして正面から彼女の瞳を見つめる。
吸い込まれそうだなと思いながら、ずっと温めていた言葉を口にする。
「結婚してくれ。」
横でヴァンが凍り付いた。
フランも”パンネロを連れて帰る”とは聞いていたが、
一足飛びに求婚までするとは思っておらず、さすがに驚いた様だ。
「…え?」
パンネロは目を丸くしてバルフレアを見上げる。
ちょっとやそっとの口説き文句で
お嬢ちゃんを連れて行けるとは思っていなかった。
ましてやその相手は幸せな家庭を夢見ているのだ。
空賊をしながら幸せな家庭を築けるかどうかは疑問だが、
可能な限り叶えてやりたい。
プロポーズはバルフレアの女性に対する最大の誠意であり、
それだけの価値のある娘だと思うからこその物なのだ。
だが、最終的に彼に決心させたのはフランの一言だ。
(ヴァンと恋人だ…?冗談じゃねぇ。)
「結婚…?」
「あぁ。」
「私とバルフレアさんが…?」
「他に誰が居る?」
驚くとおうむ返しになるのはパンネロの癖らしい。
パンネロはもう一度私とバルフレアさんが?と呟く。
(笑うなら笑いやがれってんだ。)
その辺の耐性ならバッチリだ。
(さんざん鍛えられたからな。)
だが、大笑いでうやむやにされては困る。
冗談ではない事だけは伝えなければ。
バルフレアはポケットから何かを取り出すと、パンネロの手の平に乗せた。
「わ…きれい…」
パンネロが思わず見入ったのは繊細な透かし細工の銀の指輪だった。
モチーフは蔓草と花で、花びらにはさまざまな色の宝石が散りばめられている。
呆然としていたパンネロだが、どうやら冗談ではないことが分かったらしい。
「本当にプロポーズなの?」
「あぁ、そうだ。」
パンネロは改めて手の平の指輪をまじまじと見つめる。
と、大事そうに胸の前でぎゅっと握りしめる。
「バルフレアさん、私のこと好きなの?」
「あぁ。」
「ずっと前から?」
「そうだ。」
パンネロがにっこり微笑む。
「なぁんだ、やっぱりそうだったんだ。」
「おい、今、何て言った?」
「本当はね、どうなのかなぁ?って思ってただけなの。
バルフレアさん、私の事をず~っと子供扱いしてましたけど、 それくらい分かりますよ。」
横でフランが小さく吹き出すのを、バルフレアは苦々しい思いで聞いた。
「お見通しだったってわけか。」
「驚いた?」
パンネロは得意そうで、うれしそうだ。
バルフレアは降参だ、と言わんばかりに肩をすくめる。
「驚いたさ。ところで、肝心の返事の方はどうなんだ?
これ以上引き延ばされると、俺の心臓が止まっちまうんだが。」
パンネロは指輪を左手の薬指にしてみる。
「サイズ、ぴったり。」
しかも、モチーフになっている花はパンネロの好きな花で、
肩から二の腕にペイントしているのと同じ物だ。
こういうマメな所はヴァンにはないなぁ…とパンネロは思う。
「うれしい。」
パンネロはバルフレアに微笑みかける。
「こんな風にプロポーズされるのって夢だったの。だからとてもうれしい。」
しかし、死刑台の上で首に縄を掛けられた状態で、後は床が落ちるか落ちないか、
な気分でパンネロの返事を待つバルフレアの耳にはあまり届いていない。
ただ、感触としては悪くはないようだ。これはいけると確信する。
「あのね、私もバルフレアさんが好き。」
じゃあ…と喜びかけたバルフレアをやんわりと制す。
「だけど…ごめんなさい、お断りします。だって…」
パンネロはかわいらしく首を傾げ、どこか楽しそうにバルフレアを見上げる。
「どうしてだ?何が気に入らない?」
バルフレアはパンネロに掴みかからんばかりだ。
人生において最も大事である自由を切り札に出したのに、
笑顔で断られてしまったので無理もないが。
「だって…」
バルフレアは真剣な眼差しでパンネロの言葉を待つ。
「バルフレアさん、私の事も好きだけど、アーシェの事も好きでしょ?
私、私の旦那様が私と同じくらい好きな人がいるのって嫌だもの。」
この答えにはさすがバルフレアもうろたえてしまう。
「ちょっと待て、お嬢ちゃん、なんで俺が…?」
「じゃあ、バルフレアさん、アーシェが再婚するって言ったらどうするの?」
関係ない、何故かそう言い切れなかった。
アーシェが再婚と聞いて、言葉に出来ない程不快な気分になったからだ。
「ほらね。」
クスクスと笑うパンネロに、
バルフレアは”お嬢ちゃん”が予想以上に手強い事に漸く気が付いた。
百戦錬磨の自分が上手く躱されてばかりだ。
とっておきのカードすら通用しない。
どう言えば彼女を説き伏せられるか頭を巡らせていると、
横で凍り付いていたヴァンがいきなり奇声を上げて、
パンネロを肩に抱え、自分たちの飛空艇に向って走り出した。
「おい、ヴァン!何をする?」
「うるせー!何が結婚だよ!お前なんかにパンネロを渡せるかよ!」
「この野郎、師匠を捕まえてお前呼ばわりかよ!」
「都合のいい時だけ師匠面すんなよ!」
バルフレアはすぐに追いかける。
パンネロが呑気にヴァンの肩越しに手を振っているのを見て、
バルフレアは舌打ちをする。
(そうやって笑ってられるのも今の内さ。)
バルフレアはヴァンにタックルをする、
と、ヴァンはパンネロの下敷きになって倒れてしまう。
バルフレアはすぐにパンネロを抱き上げる。
そこにヴァンがしがみついて…と、
まるで子供2人がパンネロを取り合っている様だ。
「パンネロは俺と2人で空賊をするんだよ!
ずっと一緒だったんだ!これからだって!」
「うるせー!こっちは教会とドレスまで用意してんだ。
そんなガキ臭い理由で連れて行かれてたまるか。」
「知らねーよ!大体なんだよ、アーシェが好きならアーシェの所へ行けよ!」
そんな2人の様子を呆れて見ていたフランだが、
(隠遁生活の挙げ句、出した結論がこれなのね。)
だが、どことなく陰りのあった表情がやけに晴れ晴れとしているので良しとする。
ふと聞き覚えのある音がした。
遠くから大型のグロセアエンジンの音が近付いてきた。
(帝国の駆逐艦だわ…それも大艦隊ね。)
自分達を捕らえに来たとは思わないが、何故ここに?
快晴だった空が不意に一転して薄暗くなり、
大人げない取っ組み合いをしていたヴァンとバルフレアも上空を見上げる。
と、空は瞬く間に一面帝国の駆逐艦で覆われていった。
「おいおい、なんだこりゃ?ヴァン、
お前帝国に追いかけられる様な悪さでもしたのか?」
「知らねーよ!俺、まだ何も盗んでねーし!」
2人が言い合っていると、旗艦らしい大型空母から着陸艇が降りて来た。
「ジャッジ専用機だ。」
「こいつはどうも、昔なじみのようだな。」
「バッシュ小父様ね?」
「多分な。おいヴァン、うっかり将軍の名前で呼ぶんじゃねーぞ。」
「分かってるよ!」
突然の艦隊の出現に、一時休戦となる。
着陸艇が土ぼこりを巻き上げ、3人の前に着陸すると、正面の扉が開き、
いかめしい鎧に身を包んだ一人のジャッジマスターが降り立った。
兜を取ると、確かに良く知った顔だ。
「久しぶりだな、バッ…!」
と、ヴァンが叫びかけたのを、慌ててパンネロの手が塞ぐ。
そんな様子をバッシュは目を細めて見ている。
そして、バルフレアに目をやると、
「無事で何よりだ。」
「お陰様でな。で、ジャッジマスターがこんな辺境に何の用だ?」
「うむ、今日はラーサー様の命で来た。
貴公等を捕らえに来たわけではないので安心してくれ。」
「それにしちゃあ随分と仰々しい事で。」
「驚かせてすまない。帝国の未来の王妃を迎えに来るとなると簡素には出来んのだ。」
「未来の王妃~?」
「未来の王妃だと?」
同時に叫び、嫌な予感に顔を歪ませる2人を後目に、バッシュはパンネロに歩み寄る。
「久しぶりだな、パンネロ。」
「小父様もお元気そう。」
バッシュは静かに頷くと、手に持っていた鑞で封のされた封筒をパンネロに渡す。
「これ…?」
「ラーサー様からだ。」
パンネロは受け取ると、遠慮がちに封を切って中の手紙を読む。
「パンネロ、ラーサー様は君を帝国に迎えたいとお考えだ。」
何が書いてあるのか、パンネロの頬がポッと赤くなる。
パンネロは困り果ててヴァンとバルフレアを見る。
「どうしよう、一度に2人からプロポーズされちゃった。」
バルフレアは突然のライバル出現に言葉を失い、ヴァンはわなわなと震えている。
「パンネロ、確かに帝国で君が王妃になるのは大変な事だ。
だが、ラーサー様は何があっても君を守ると…」
「ちょっと待て、将軍!悪いがその話はこっちが先でね。」
横取りされてたまるものかとバルフレアが遮る。
「貴公が心配なのは分かるが、パンネロには
ラーサー様の様なお方が相応しいと思うのだが?
確かに宮殿暮らしは大変だが、ラーサー様には
ちゃんとお考えがあっての事だ。
何も心配する必要はない。」
状況を飲み込めないバッシュがとんちんかんな答えをする。
「それにな、何より私は2人のお世継ぎが見てみたい。」
「お世継ぎだぁ?あんた、親父通り越しておじいちゃんかよ。」
冗談じゃない、と叫ぶ前にヴァンが素早く飛び出し、またパンネロを抱えて走り出す。
「2人ともいい加減にしろよ!パンネロが困ってるだろおおおおーっ!」
ヴァンは転がる様にして飛空艇に乗り込むと、大慌てで離陸する。
「もう、ヴァンったら…私、まだバッシュ小父様にお返事してないのに。」
「放っときゃいいんだよ!ラーサーもバルフレアも勝手な事言って!」
「じゃあ、ヴァンはどうなの?」
「え?」
ギクリと、ヴァンの動きが止まる。
「私と一緒に居たいって言ってたけど、あれはどういう意味?」
いつになく真剣な、それでいて探る様な目で見られ、ヴァンは首まで赤くなる。
「ねぇ?ヴァン…私のこと、好き?」
ヴァンは魚の様に口をぱくぱくさせるが、後が続かない。
こういった事を考えるたり言葉にするのは、彼にとって尤も苦手な事なのだ。
「そ…そんなの分かんねーよ!好きとかどうとか…ずっと一緒に居たんだぞ?
だから…よく分からねーけど、とっ…とにかく、俺、
もうちょっとパンネロと居たいんだ!」
ヴァンらしい開き直りにパンネロは、やっぱり子供なんだからと溜め息を吐く。
そして、左手の薬指にしたままの指輪を見る。
(きれい…)
指輪をした手を空にかざしてみる。
「外しちゃえよ。そんなの。」
「どうして?だってキレイだもん。私が空賊になって初めての獲物よ?」
ヴァンにはおもしろくないようだ。
「ねぇ、バルフレアさん、ドレスも用意してたって言ってたね。
どんなのかなぁ~?バルフレアさん、おしゃれだもん。
きっとステキなドレスだろうな~。」
途端に艇がぐらりを揺れた。
「パンネロ!バ…バルフレアがいいのかよ?」
「ヴァンより大人だし。」
「だけどアイツ、アーシェが好きなんだろ?」
「それはヴァンもでしょ?」
艇がさっきより大きく揺れた。
「な…なんで俺が…?」
「じゃあアーシェが再婚するって言ったらどうする?」
「相手の奴、ブッころ………………あ。」
ほらね、とパンネロが笑う。
そして操縦席で小さくなってるヴァンの肩を優しく叩く。
「安心して。私も、もう少しヴァンと一緒に居たいから。」
パンネロの答えに一瞬顔を輝かせたヴァンだったが、
(もう少し…ってどれくらいだよ!)
考えてみると、余計に不安になってしまうので、
とにかく今は少しでもこの場を離れようとフルスピードだ。
そんなヴァンを見ながらパンネロはまたこっそりと笑う。
ヴァンもバルフレアも分かっていない。
パンネロも、自分とアーシェの両方を好きな2人が好きなのだ。
「ねぇ、逃げられる?」
「任せとけ!」

1 2 3 4 5