肩甲骨。(FF12)

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セロビ台地は雨期が去ったあとで、一面に春の花が咲き誇っていた。一輪一輪は小さな花なのだが、丘陵地帯を埋め尽くさんばかりに淡い色の花が覆っている様は圧巻だ。
バルフレアはパンネロにそれを見せるためピクニックに来ていた。パンネロは花の絨毯に歓声を上げ、丘を走り回る。その内、お気に入りの花を見つけたようで、バルフレアに駆け寄ると、花の名前を尋ねる。一重のシンプルな花だが、ピンク、黄色、白と色とりどりで、それらが風に揺られている様が気に入ったようだ。
ひとしきり駆け回ると、今はもう動かなくなった風車のそばで、パンネロはバルフレアが持っていたシートを敷いてバスケットを開けた。春の風は海を越えてきているのに花の香りがする。日差しは心地よく、パンネロが注いでくれた茶を一口飲む。パンネロはさっきの花で花輪を編んでいる。静かで穏やかな時間だ。遠くに波の音、頬を撫でた風がパンネロのおくれ毛を揺らし、細い金の髪は柔らかそうな頬の横でふわふわと踊る。
(なんていったっけな……あの花の花言葉……)
穏やかな天気のせいで少し眠い。それでも花言葉を教えてやるとパンネロが喜ぶだろう、そんな風に思いながらバルフレアは記憶を手繰り寄せる。そして、ようやく思い出した瞬間、心臓をわしづかみにされたような気がして一気に目がさめた。
(“愛する人の死”だ……)
確か、大昔の戦でどこかの誰かが死んだ恋人の胸の上にこの花をのせたことが由来だったと思う。今でもこの地方には風習としてそれが残っていることも思い出した。縁起でもない、とバルフレアは頭を振る。何も知らないパンネロは出来上がった花輪を色々な角度から見て、花が足りないところに新しい花を編み込んでいる。
(“愛する人の死”、か……)
パンネロがもし死んだら…いや、そんなことは考えたくもない。だが、誰にでも死は訪れる。避けるころはできない。ただ、
(パンネロが……俺より先に…逝かなければいい……)
たった1日でも、愛おしい恋人が居ないなど、考えただけでも気が狂いそうだ。
(いや……待て……)
かけがえのない恋人を残して自分が先に死んでしまったら?1人途方に暮れて泣く甘えん坊な恋人の姿が目に浮かび、たまらなくなってバルフレアは思わずパンネロを抱き寄せた。
「きゃっ!バルフレア……?」
パンネロは小さく悲鳴を上げて、背後から自分を抱きしめ、首筋に顔を埋めているバルフレアに驚く。
「もう……どうしたの?」
パンネロは怒るでもなく、まるで小さな子どもをあやすような口調で優しく問いかける。途端にバルフレアは気恥ずかしくなる。“死”という言葉に馬鹿馬鹿しいほど動揺し、不安になってパンネロにしがみついたなんて口が裂けても言えない。
「バルフレア…?」
バルフレアはパンネロの頭のてっぺんの、つむじの当たりに口付けた。
「昨日の夜のことを思い出してた。」
夜、という言葉にパンネロが体をすくませた。久々の逢瀬で、バルフレアは会えなかった時間の分パンネロを一晩中愛したのだ。そのことを思い出して照れているのだろう。
「お前のきれいな背中にキスしたときのことだ。真っ白で、無駄な肉なんかこれっぽちもついてない、きれいな背中だ。」
耳たぶに唇を押し付けてそんな風に言うと、パンネロは体をぴくん、と跳ねさせた。耳たぶまで赤くなっている。そうだ、昨日の夜も、ベッドの上で若鮎みたいに跳ねてた。そんな生命力にあふれたパンネロの裸体が死のイメージを遠ざけてくれるようで、咄嗟にそんな言葉が口に出たのだろう。
「あんまりきれいだったから、羽でも生えて、俺を置いてどこかへ飛んで行くんじゃないかって不安になったのさ。」
パンネロはバルフレアの方を振り返り、頬を膨らませ、「もう…」と呆れたように呟いた。だが、すぐに体を伸び上がらせ、頬にキスをすると、
「大丈夫だよ、私、バルフレアを置いて、どこかに行ったりしないから。」
そう言って、膝で立つと、バルフレアをぎゅっと抱きしめて優しく頭を撫でてくれる。こうやって年下の恋人に慰められている自分がなんだか情けない。まるで小さな子どものように不安になって。だが、後頭部を撫でるパンネロの手は春の風のように心地よい。
バルフレアはそっと体を離すと、腿の上に頭を乗せて横になる。何も知らないパンネロは、いきなり膝枕をさせたれて驚いだようだ。それでもバルフレアが甘えてくるのがうれしいのか、優しく頭を撫で、ときおり指先に髪をくるくると巻き付ける。ザワザワとした嫌な胸騒ぎはとっくに消え失せて、さっきの睡魔が再び忍び寄ってきた。蕩けるような眠気に、バルフレアはそのまま目を閉じた。
おわり。