初めての旅行(FF12/R18)

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突然目の前が明るくなり、人々の笑い合う声、食器が擦れる音、そしておいしそうな香りにパンネロは驚いて顔を上げた。バルフレアがレストランの扉を開いたのだ。給仕の女がやって来て二人を店の一番隅の席に案内した。
二人が通った後のテーブルでは客達が何やらひそひそ声で話しているのが分かり、
(やだ…私のこと?子供っぽいって、笑われてるのかな?)
思い出してみると、二人で出かけた先のあちこちでも、そうだったような気がしてきた。
もう限界だと、パンネロはバルフレアの手を振りほどいて逃げ出そうかと思ったその時、不意にバルフレアがその手を引き寄せ、パンネロの肩を抱き寄せた。
「どうした?」
「…なんでもないの。」
「そんな風には見えないな。」
バルフレアは椅子を引き、パンネロを座らせると自分もその隣に腰掛ける。
「…なんだか、笑われてるような気がして。」
「パンネロが?」
パンネロが頷く。
「だって、バルフレア、有名でしょ?なのに私、子供みたいで。」
バルフレアは眉を顰め、つと手を伸ばし、パンネロの唇をそっとつねった。
「そんな事を言うと、この可愛い口をつねっちまうぞ。」
そう言うと手を離し、パンネロの肩に手を回す。
「俺が惚れ込んで選んだんだ。もしそんな事を言うヤツがいたら、片っ端から決闘でも何でも申し込んでやるさ。」
「バルフレアったら、また…」
「嘘でもホラでもないぜ。」
パンネロははにかんで俯いてしまう。さっきの肩を引き寄せるタイミングと言い、どうしてこの男は自分の気持ちを見透かしたかの様な行動を取る事が出来るのだろう。
「ねぇ、どうして私が考えている事が分かるの?」
「ベソかきそうな顔で俯いてたからさ。」
「もう!また子供扱い!」
「じゃあ、デザートを3種類全部平らげる、なんて事はしてくれるなよ?」
「バルフレアも、飲み過ぎはダメよ。」
「可愛い恋人の望みなら、喜んで。」
(恋人…)
言葉の響きがなんだかくすぐったい。自信のない今のパンネロにはうれしい言葉なのだが、
(でも…まだ本当の恋人じゃない気がする…)
纏まらない思考にいい加減うんざりして、パンネロワインを1本空けてしまい、バルフレアを驚かせたのだった。
食事を終えた頃にはレストランの客はなり減っていて、パンネロは店に入った時よりも周りの様子が気にならなくなっていた。ワインの酔いも少し手伝っていたのかもしれない。
ここまで来たら、後はなるようにしかならないという開き直りの心境になってきたのだ。
「結構、飲めるんだな。」
バルフレアは驚いてパンネロを見る。
顔が少し赤くなっているが、言動はいつもと変わらない。ただ、目元にほんのりと朱がさしていて、それがパンネロをいつもより少しだけ艶めいて見せていた。むき出しの肩やほっそりとした腰、ふくらみかけた胸がランプの灯りの下ではちみつのような甘い色をしている。
ついつい子供扱いしてしまうが、パンネロはとても魅力的だ。
今夜は飲み過ぎないで良かった。でないと、とても自制出来そうにもない。
「お酒って、甘くても少し苦いのね。」
「それはアルコールの風味だな。辛い酒もある。」
「これは私に合わせてくれたの?」
「パンネロが好きな果物ばかり発酵させてある。」
「うん、これねぇ、大好き。」
やはり少し酔っているのだろうか。話し方がいつもより甘えた口調だ。これ以上は目の毒だ、とバルフレアは席を立つ。
「帰る前に、少し歩くか?」
「うん、やっぱり少し酔っぱらったみたい。なんだか身体が熱いの。」
「夜の海も乙なもんだぜ。」
パンネロはうれしそうに立ち上がると、バルフレアの腕に自分のを絡ませた。いつもより随分積極的だ。積極的なのは大歓迎なのだが、今夜は困る。
だが、ひょっとして。
これはひょっとして、イケるんじゃないかと淡い期待が広がる。
浜に出ると、星も月も出ていない暗い空と暗い海が広がっていた。
「夜の海って不思議!ねぇ、海水が真っ黒になったみたい。もちろん、水だから透明なのは分かってるけど…空の色が映ってるんでしょ?」
バルフレアが頷く。パンネロは波打ち際まで行くと、屈んで打ち寄せる波に手を浸した。火照った身体に冷たい海水が心地よい。
沖には何艘かの舟が行き交っていて、夜の帳の中で舟の灯りと、水面に映る灯りが幻想的だ。
「あれは何をしているの?」
「漁をしているんだ。灯りに魚が引き寄せられる。」
「そっかぁ…きれいだね。」
「そして、朝には新鮮な獲れたての魚がテーブルに並ぶってワケさ。」
「やだ…そんなこと、言わないで。」
さっき食べた魚料理の事を思い出したのか、パンネロが咎める様に言う。バルフレアは笑ってパンネロを引き寄せた。
「本当の事だろ?」
「そうだけど…」
パンネロはバルフレアにしがみつく。
「ロマンティックじゃないわ。バルフレアらしくない。」
バルフレアはパンネロの髪を撫でる。パンネロは心地よくてうっとりと目を閉じた。
波の音が聴こえる。
「ずっとこのままでいたいな。」
「うん?」
パンネロの囁きは波の音に消されてバルフレアの耳に届かなかったようだ。
「ううん、なんでもないの。」
「さっきから、そればっかりだな。」
「そう?」
パンネロが顔を上げると、バルフレアはじっとパンネロを見下ろしている。
「教えてくれないのか?」
大きな身体を折り曲げる様にして、バルフレアはパンネロの顔を覗き込む。
手は背中に回され、身体はしっかりと密着していて逃げられない。耳元で囁かれて、くすぐったいのとは違うぞくりとした感覚が背中を走り、パンネロは思わずバルフレアをはねのけた。
気まずい空気が二人の間に流れた。
バルフレアが小さく息を吐き、パンネロに手を伸ばす。パンネロはおずおずとその手を取る。
「…驚かせちまったな。」
パンネロは慌てて首を横に振る。パンネロの方こそ謝りたいのに、言葉が出てこない。
バルフレアは黙ってパンネロの手を引いてロッジに向かって歩き出した。
「驚かせちまったお詫びに、パンネロの好きな話をしてやる。」
バルフレアは萎縮してしまったパンネロの笑いかける。
「ガキの頃だ。俺もパンネロと同じ事が不思議だった。夜の海は水が真っ黒になっちまってるんじゃないかってな。」
パンネロは黙ってバルフレアを見上げる。
「夜中にこっそり抜け出して、夜の海を泳いだ。それで…もちろん見つかって、親父やお袋や兄貴達にこってり叱られたさ。ここに来る度、そんなバカな事ばかりしてたな。」
パンネロはもう笑わなかった。
「……ごめんなさい……。」
一番聞きたくない言葉だった。
膝を付いてしまいたくなるほど落ち込んだが、これ以上パンネロを傷つけてはいけないと堪える。
「パンネロは何も悪くないさ。」
辛うじてそれだけ言うと、バルフレアはロッジのドアを開けた。
一瞬立ち竦んだパンネロの肩を抱いて中に入ると、小さな頭を手の平でぽん、と優しく叩く。
「疲れただろ?奥の部屋を使うと良い。」
「うん…」
パンネロは何か言いた気にバルフレアを見たが、すぐに俯いてしまい、
「…おやすみなさい。」
と、言って寝室に消えて行った。

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