初めての旅行(FF12/R18)

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バルフレアの言う通り、岩場には変わった生き物がたくさん居た。中にはグロテスクな物も居たが、砂漠育ちのパンネロには珍しい物ばかりだ。岩場に取り残された小さな魚が居て、
(かわいそう…)
パンネロはそれを海に帰してやろうと、手で差し出す。
「気を付けろ、そいつには毒がある。」
パンネロは慌てて手を引っ込める。見ると、その小さな魚の背びれトゲの様に尖っている。
「刺さったら、死んじゃう?」
パンネロは怖々とバルフレアに尋ねる。
「死にやしないさ。だが、刺された所が腫れ上がって、一晩中高熱にうなされる事になるな。」
「痛いの?」
「もちろん。」
「いつ刺されたの?ちっちゃい時に?」
パンネロの隣に屈んで、水たまりを覗き込んでいたバルフレアは気まずそうに立ち上がった。
「…ガキの頃だ。痛くて、眠れなかった。」
「…ふう〜ん…」
その時の事を聞きたいけど、なんだか聞いてはいけないような気がして。話を変えようと、パンネロも立ち上がる。と、遥か沖の方に黒い雲が見えた。
「バルフレア、雲が走ってる。」
バルフレアもパンネロの視線の先を見る。
「本当だ。よく気付いたな。ひと雨来そうだ。」
「空賊たるもの、お天気には敏感でなくちゃ。」
「フランに教わったのか?」
そう言って、バルフレアはパンネロの手を取った。ごく当たり前の様に差し出される手はいつもパンネロを安心させる。手を引かれて早足でコテージに戻る。
その間に雲は瞬く間に空を覆い、二人が辿り着いた時には大粒の雨が落ちてきた。バルフレアが鍵を開ける合間に、パンネロは海を見る。
「どうした?」
「見て。」
バルフレア、パンネロが見ている方向を同じ様に眺めるが、これと言って変わった物を見つける事が出来ない。
「海に、雨が降り注いでるの。」
パンネロは景色に心を奪われた様で、小さく呟く様に話す。
「なんだか不思議…」
バルフレアにとって、とりわけ珍しい風景でもないが、
「…そうだな。」
パンネロがそう言うならそうなんだろう、と思ってしまう辺り、自分は相当この小さなお嬢ちゃんにやられているのだと思う。
そもそも最速の空賊、バルフレア様がお嬢ちゃんと一緒に子供みたいに浜辺で遊んで。
(いや、そうじゃない…)
パンネロの前だと、空賊としての自分とか、“バルフレア”として築いて来た自分が薄皮を剥ぐかの様にむき出しになって行き、ただの男しか残らない様な気がするのだ。
バルフレアはパンネロを背中からそっと抱きしめた。パンネロは小さく身じろいだが、バルフレアにそっと身体を預ける。
こんな他愛も無い事を言う少女が愛おしくて仕方がない。と、同時に、自分を覆っている鎧の中身を見透かされているようで。
“あなた、昔から自分と向き合うのが苦手よね”
「そうでもないさ。」
「…何か言った…?」
「…独り言だ。」
バルフレアはパンネロから身体を離すと、
「雨が降り込んで来た。中に入ろう。」
うん、と小さく呟いてパンネロはバルフレアに続く。
抱きしめられると、本当は逃げ出したくなる。でも、すぐにその温もりが心地よくて、身体が離れると今度は溜まらなく切なくなる。
なのに閉じられた空間で二人になると…
堂々巡りの思考に、パンネロは自分が何を望んでいるのか分からなくなる。
(私…ヘンだ……)
滞在は1週間。
なのに、たった半日で乱気流に飛び込んだみたいに心は揺れっぱなしだ。
バルフレアは自分のそんな気持ちにとっくに気付いているのだろう。
(とてもとても優しくしてくれる、けど…)
けど、の先が続かない。
気持ちを紛らわせようと、まがい物の暖炉で湯を沸かし、
お茶を入れようとするが、まとまらない思考に気が付くと手が止まってしまう。
「パンネロ?」
背後から突然声を駈けられて、小さな悲鳴を上げ、茶器を落としてしまいそうになる。
「ご、ごめんなさい…ちょっと、ぼーっとしちゃって…」
「火傷していないか?」
「うん、平気!バルフレア、お砂糖はいらないんだよね?」
ポットを持ち直し、なんとか平静を装う。背中にバルフレアの視線を感じる。今、考えていた事が全て見透かされているような気がして、パンネロはいたたまれなくなり、振り返る事が出来ない。
不意にバルフレアの手が動く気配がした。
触れられるのかとパンネロは思わず身体を竦ませたが、その手はパンネロの横を素通りし、目の前に置いてある箱に伸ばされた。
「こんな物があるのか。晩飯までの時間つぶしにどうだ?」
怖々と振り返ると、バルフレアはチェス盤を手に取っている。
(やだ…私、目の前にあるのに気付いてなかった…)
よっぽど緊張していたのだろうか。
「やった事あるか?」
「うん。私、結構強いよ?」
「本当か?」
どこかからかうような口調にパンネロは思わず言い返してしまう。
「本当よ!パパにも、お兄ちゃん達にも負けなかったんだから。」
「じゃあ、賭けるか?」
何を賭けるのか怖くて聞けないけど、なんとなく引っ込みがつかなくて。
「いいよ、負けないから。」
バルフレアは肩を竦めてみせると、テーブルに盤を置き、駒を並べる。パンネロはその後に続き、カップを置くとその向かいに座る。
「お先にどうぞ。」
先手を譲られたのも、見くびられた様で悔しい。
(私が困ってるの、知ってるのに…)
八つ当たりしてみたくなって、パンネロは頬を膨らませ、しかめ面をして見せる。
バルフレアは頬杖をついて、笑ってパンネロを見つめているだけだ。途端にパンネロの怒りがしぼんでしまう。
(やだ…そんな目で見ないで…)
パンネロは駒を動かした。最初の一手は決まっている。向かい側に座るバルフレアも自分の駒を同じ場所に動かした。
勝負は意外にも白熱し、二人の間に言葉はなくなり、ゲームに没頭していった。
パンネロは言葉通りなかなか強かった。巧みに駒を配置し、中盤まではバルフレアも気が抜けなかったが、終盤のお互いの手の読み合いで、バルフレアが優位に立ち、
「これでチェックメイトだ。」
パンネロは、ふう、とため息を吐き、
「あ〜ん、途中までは私の勝ちだったのに…」
「勝ち負けってのは、チェックメイトの瞬間に決まる。途中は関係ない。」
「そうだけど…」
「だが、正直やばかったな。」
「本当?」
「あと3回勝負して、3回とも勝てるか自信はないな。」
「でしょ?」
「ああ。見くびったりして悪かったな。」
「いいの。…それより…私、負けちゃったから…賭けって何をするの?」
ちょっとからかうつもりで言った言葉だが、パンネロが真に受けているのにバルフレアは面食らう。別に何もいらない、と言おうと思ったが、
「そうだな…」
「うん。」
「さっき海岸で踊ってた。続きが見せてもらうか。」
「え?」
パンネロが見る見る赤くなる。
「ここで?」
「外は雨だろ?」
そうだけど…とパンネロは小さく呟く。
「分かった。でも、その後でもう1回戦ね!」
パンネロの負けん気の強さにバルフレア、吹き出しそうになる。
「やれやれ、お嬢ちゃんは俺も踊らせるつもりなのか?」
「何をしてもらうかは、私が勝ってからのお楽しみ!」
パンネロは楽しそうに言うと、立ち上り、テーブルから少し離れた場所に移動する。
「音楽もないから、ちょっとだけだよ?」
「構わないさ。」
足を揃えて、ぴんと背筋を伸ばして立つ。
が、やはり恥ずかしいのか咳払いを一つしてから、右手を腰に当て、左手を前に伸ばした。
さっき海で見たステップを踏み、足を入れ替える時にくるりと反転する。
正面に戻った所で、両手を広げたまま回転して足を床の上で滑らせる様にして前に移動する。
その時、テーブルに近付き過ぎたせいでパンネロの手がテーブルに当たり、盤の上の駒が派手な音を立てて床に滑り落ちた。
「あ!」
パンネロは慌ててしゃがんで床に飛び散った駒を拾い集めた。
「いい。俺が拾う。」
バルフレアも屈み、パンネロの反対側に落ちた物を拾い始めた。
(やだな、もう!恥ずかしい所ばかり。)
パンネロにはもう返事をする余裕がなかった。
どんな狭い所で踊っても、何かにぶつかったりなんかしない。
(だって、バルフレアが見てたし……)
緊張していたのだ。
見つめられると、息苦しいのだ。
もう目が回りそうだ。
パンネロは泣き出しそうになるのを堪え、目の前に落ちている駒を拾おうとした。その手に、同じ駒を拾おうとして伸ばされたバルフレアの手が重なった。

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