初めての旅行(FF12/R18)

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扉を閉めて、パンネロはのろのろと寝間着に着替えた。
「…嫌われちゃった…かな。」
声に出すと涙が溢れて来た。
「…嫌われちゃった…よね。」
明日になったら、きっとバルフレアは“帰ろう”と言うのだろう。
「……やだ…そんなの………」
今すぐ隣の部屋に飛び込んで謝りたい。今行かなければ、何もかもが終わってしまうような気がする。パンネロはドアノブに手を掛ける。が、どうしても扉を開く事が出来ない。
怖いのだ。もう少し、もう少しだけ待って欲しい。
(…いつまで?)
バルフレアはいつまで待ってくれるのだろうか?
(好きなだけじゃ、ダメなのかな?)
バルフレアは待っててくれると言ったではないか。
(キス、だけじゃだめなのかな?)
自分も彼を求めているのに?
(抱きしめて貰うだけじゃだめなのかな?)
自分がひどく臆病で、我が儘で、幼く思えて。パンネロはずるずるとその場に座り込んでしまった。
一方バルフレアはソファに横たわり、ぼんやりと天井を眺めていた。
(早過ぎたか…)
今は何も考えたくなかった。
(明日…帰るか…)
その方が良さそうに思えた。
(帰ったら、もう会ってくれないかもしれないな。)
ひどく疲れた。やはり無理をしていたのか。目蓋が勝手に下りて来る。
(…もういい。)
このままパンネロの泣き出しそうな顔を思い出すくらいなら眠ってしまおう、とバルフレアは目を閉じた。

どれくらいの時間が経っただろう。
パンネロはいつの間にかドアにもたれて眠っていた。
目が覚めたのは、大きな不安が胸を過ったからだ。目蓋が弾ける様に開いた。鼓動が早い。
パンネロは驚いて部屋の中を見渡す。
消し忘れた灯りと、使われていないベッドのせいで部屋が妙に寒々しく見えた。
パンネロは不安の素は何か辺りを見渡す。と、扉の向こうからバルフレアの苦し気な声が聞こえた。驚いて扉に耳を当てた。
(……うなされてる?)
パンネロは立ち上がると、急いで扉を開いた。
バルフレアはソファで眠ったまま胸をかきむしる様にして、かと思うと頭を抱え、苦しそうな声をあげ続けている。
「バルフレア!?」
どうして良いのか分からず、パンネロはオロオロとバルフレアの名を呼ぶ事しかできない。
「バルフレア、バルフレア!」
その時、バルフレアが叫んだ。
「…父さん!!」
バルフレアが叫んだ一言でパンネロは漸く我に返り、バルフレアの身体を揺さぶった。
「バルフレア!起きて!バルフレア!」
パンネロに揺さぶられ、バルフレアが跳ね起きた。ひどい汗だ。自分の身に何が起こったか分からないのだろう、バルフレアは呆然としている。
「……大丈夫?」
バルフレアは漸くパンネロの存在に気付いたようで、ゆっくりと視線を向ける。まだ夢と現実の境目が分からないのか、肩で息をしながらパンネロを見つめる。
「……大丈夫?」
パンネロはもう一度尋ねた。バルフレアは大きく息を吐いた。自分を落ち着かせようとしているのが分かる。
「…ああ。なんでもない。大丈夫だ。」
バルフレアの粗い呼吸だけが部屋に響く。
「……夢?」
バルフレアは答えたくないのか、顔を伏せてしまう。
「…お父様の、夢?」
バルフレア、答えない。
「ごめんなさい…私が…小さい時の事なんか聞きたがったから…」
「違う!」
バルフレアは苛立たし気に呟く。
「……おまえのせいじゃない……。」
小さな声だった。
パンネロはソファの傍らに屈むと、膝に顔を伏せてしまったバルフレアの肩にそっと手を置いた。
「…同じ夢を見るのね。毎晩……?」
「どうして分かる!」
むき出しの感情をそのままぶつけられても、パンネロは何も恐れなかった。なぜなら、その一瞬で全て分かってしまったからだ。
「私も、そうだったから。」
バルフレアは驚いて顔を上げた。
パンネロはバルフレアの頭に手を回し、優しく自分の胸元に引き寄せ、抱きしめた。
「旅に出る前、私もそうだったの。でも、もう一人じゃないって分かったから。だから怖い夢はもう見ないの。」
歌う様に囁かれ、いつの間にか、鼓動が耳に優しく響くパンネロのそれと同期していく様な不思議な感覚に満たされていった。
パンネロはソファの端に腰掛けると、胸に抱いていたバルフレアの頭を優しく膝に乗せた。
「私がずっと一緒にいるから。バルフレアも、もう怖い夢は見ないよ。」
小さな声で囁かれ、頭を優しく撫でられた。
パンネロは何度も何度も同じ事を囁いた。すると、胸の中でざわざわとしていた不安が徐々にかき消されて行く。
魔法にかけられたかのようだった。
バルフレアはいつの間にかパンネロの腰に腕を回し、柔らかい腹にしがみつくようにして眠りに落ちていた。
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雨が屋根を叩く音で目が覚めた。
目が覚めると、自分はパンネロにしがみつく様にして眠っていたらしい。
昨夜の事をぼんやりと思い出す。
身体を起こし、パンネロを見ると、ソファの背もたれにもたれて眠っている。あどけない寝顔の頬にそっと触れ、バルフレアは何かに呼ばれているかの様にゆっくりと立ち上がった。
扉を開くと、パンネロの予報通り、雨が降っていた。
バルフレアはどこか醒めた頭で、その景色を眺めていた。
みっともない所を見られたとか、格好が悪いとか、不思議とそんな感情は一切湧いてこなかった。それよりも、もうあの少女の前では何も隠す必要がないんだという想いが、バルフレアを不思議と落ち着いた気持ちにさせていた。
いつの間にかパンネロが傍らに立っていた。
バルフレアは何も言わずパンネロの肩を引き寄せ、パンネロも大人しく身体を預けた。
その時、不意に思い出した。
「…ガキの頃だ。親父に、どうして雨が降っても海が溢れないのか聞いた事があった。」
「…うん。」
バルフレアは自分が何故この少女に惹かれたのか、漸く分かった気がした。
強くしなやかな心の持ち主だと思った。そこに惹かれたのだと思っていた。
(それだけじゃなかった…)
海に降り注ぐ雨や夜の海を不思議と思う感覚、パンネロは幸せだった子供の頃の自分と同じ感性を持っているのだ。
忘れてしまっていて、もう取り戻せない物も、ずっと欲しかった物も全て持っているのだ。
(だから、欲しくてしかたなかった。)
そして、失う事が何よりも怖かった。
バルフレアはパンネロを抱き上げた。そのまま部屋に戻り、鍵をかけた。誰にも邪魔させない。
パンネロをベッドに横たえる。
「おまえが…」
パンネロが何?と、首を傾げる。
「何よりも愛おしいよ。」
パンネロが笑う。目が少し腫れているが、それは可愛らしい笑顔だった。
バルフレアはパンネロを強く抱きしめた。
いつもなら抱きしめると身体を強ばらせていたのが、今は大人しく頬を擦り寄せて来る。そんな些細な事がバルフレアを有頂天にさせた。
小さな頭を撫でてやる。手の平に触れる髪の柔らかさが心地よい。
パンネロの目蓋が腫れていたのを思い出し、顔を覗き込んだ。目が合うとはにかんで微笑む。バルフレアは目蓋にそっと口づけた。
昨日の夜、泣かせてしまったのだろうか。パンネロは何も言わないで、と静かに首を横に振る。
少し目を細め、じっと見つめらると、パンネロの想いが胸に流れ込んで来るかのようだ。
もう何も言う必要は無いんだと、細い顎を上向かせ、その唇を奪う。
角度を変えて何度も何度も口づける。パンネロが息を継いだ隙に舌を差し入れると、奥へ逃げようとする舌を絡め取る。
「ん、……」
小さな吐息が洩れた。
徐々に激しくなる口づけに、パンネロはバルフレアのシャツをきゅっと握りしめる。
(邪魔だな…)
爪を立てられたって構わない。パンネロに直に触れて欲しくて、二人を隔てている衣服が邪魔に思えて来る。
背中に手を回し、上衣の編み上げになっている紐を全て解きいて脱がせると、パンネロは胸を隠そうとぎゅっと手を交差させ、そのくせ唇を尖らせてバルフレアを睨む。
「それ、全部解かなくていいの。」
いつもは少し緩めて、頭から被ったり脱いだりしているそうだ。
「…それは知らなかったな。」
「後で通すの大変なんだから。」
「覚えておく。じゃあ、こっちはどうすればいい?」
と、バルフレアはパンネロのアラビアンパンツのウエストの金具を引っ張る。照れ隠しの言いがかりに切り返されて、パンネロは見る見る赤くなる。
バルフレアはパンネロの前髪をかき上げて額にキスをすると、金具をほんの少しだけ緩め薄い下着ごと脱がせてしまう。
雨が降っているとは言え、大きな窓のせいで部屋の中は明るい。
一糸纏わぬ姿にされて、パンネロはバルフレアの視線から逃れようと左の腕で胸を覆い、右腕で下腹部を隠し、必死に身体を縮めようとする。
ほっそりとした首と肩、真っ白な鎖骨、左の腕の下からはこんもりと形の良い乳房が覗いている。
細くくびれた華奢なウエスト、真っ平らな腹の上の可愛らしくくぼんだ臍、そこから華奢な上半身からは想像もつかない豊かな腰に太もも。それらは隠そうとしても隠しようがない。
「見ちゃ、いや…」
今なら殺されても誰にも文句を言わないぜ、ちくしょう、などと惚けて見とれていたバルフレアはパンネロの小さな声でやっと我に返った。
泣き出しそうに潤んだ目許に口づけ、そっとシーツをかけてやる。すると、パンネロは慌ててシーツを頭まで被って、中に潜り込んでしまう。
バルフレアはそんなパンネロに笑みを浮かべると、自らも着ている物を全て脱ぎ捨て、同じ様にシーツに潜り込んだ。
パンネロがおずおずとしがみついて来た。
バルフレアはパンネロを怯えさせない様に優しく抱きしめると、子供をあやすように背中を優しく撫でてやる。
パンネロはバルフレアのちょうど心臓の真上の辺りに頭を預ける。と、耳にとくとくと心地よい鼓動が聴こえて来た。
(あ……)
バルフレアの鼓動と、雨音と、遠くに波の音が聴こえた。それらの音はパンネロ落ち着つかせ、安らいだ気持ちにさせた。
「あのね。」
「ん?」
「バルフレア、あったかいね。」
「そうか?」
大きな身体に包まれて、伝わる肌の温もりが何故だかパンネロには懐かしく思えた。
「うん。ずっと前から、知ってたような気がするの。」
「…そうか。」
頭の上で聴こえるバルフレアの声が耳にくすぐったい。
「なんだか、安心するの。」
「うん。」
(あ、今、“うん”って言った。)
言葉短いバルフレアの返事が、自分にしか聴けない小さな秘密のようだ。
「不思議。」
「そうだな。」
パンネロが顔を上げると、緑色の瞳が優しく見つめている。腕を伸ばし、バルフレアの首に回す。自然と唇が重なった。

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