恋するふたり(FF12)

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Twitterの「#リプきたキャラの恋を自覚した瞬間の表情を描く」で書いたものです。表情、関係なくなってきてしまってます。


あのひとのことが好き、パンネロがそう気づいたとき、真っ先に思い浮かべたのはヴァンの顔だった。
(もし私が、あのひとのことが好きって言ったら、ヴァンはどう思うのかな…)
ヤキモチを妬くだろうか?いやそれ以前に、ずっと一緒に居て当たり前だったというだけで、気持ちを確かめあったことなど一度もない。互いにかけがえのない相手だという確信はあるけれど。
(ヴァンのことは大好き……)
だが、ヴァンを「好き」なのと、あのひと、パンネロにハンカチを渡してくれた空賊バルフレアを「好き」なのとは、
(“好き”の種類が…違う……気がする……)
どこが違うのだろうか。パンネロは一生懸命考える。
たとえば、ヴァンとアーシェが話しているのを見ると、パンネロは少しだけ胸が苦しくなった。同時にヴァンとアーシェが親しくしているのをみるとうれしい気持ちもあって。
きっと、ヴァンとアーシェの間にあるのは大切な人を奪われた悲しさと悔しさを共感し合っているのだろう。その人達がもういない、という事実を受け入れることができず、前に進めないでいる2人。それは恋ではないとパンネロにもわかる。
(それに……)
パンネロは小さく、ため息を吐いた。
(アーシェはきっと、バルフレアさんが好き…)
そして、バルフレアもアーシェのことが気になるのだろう。
(……アーシェを見る目を見たら…わかっちゃうもん……)
パンネロは泣きたくなる。自分が物語の登場人物ですらないように思えるのだ。華やかな人たちが演じる舞台を暗い客席から眺めているような。
バルフレアはパンネロにも優しい。それは女性には誰にでも優しいからであって、自分は彼の特別ではないのだ。彼から見ると子供のような自分にも優しいのは、バッガモナン達に囚われた時のことを気にしているからではないか。
(借りがあるから優しいなんて……そんなのもっとイヤ……)
少しわかったような気がする。バルフレアは本当に主人公のようだと思う。芝居がかかった仕草、話し方、ヴァンが連れ去らわれたとき、渡されたハンカチ。
最初は意味がわからなくて、突然見知らぬ人に「ヴァンを連れて帰る」と言われて戸惑っただけだった。“寂しいときはこれで涙を拭きなさい”という意味だとわかったのは、ラーサーにヴァンも無事だと教えてもらったあとだった。
(観客が主人公に恋するのは当たり前、だよね……)
キザで気取ったふるまいだと思うけど、嫌ではなかった。パンネロが知らない大人の世界に触れたようで、くすぐったい気持ちになった。毎日を生きるのにせいいっぱいだった自分に、こんなお芝居みたいなできごとみたいなことが起こるなんて思ってもみなかったからだ。
紆余曲折を経て一緒に旅をするようになって、彼から目が離せなくなった。優しくされるとうれしかった。つらい旅だったが、毎日が輝いていた。
(なのに、今は、つらい……)
優しくされると、ふっと切ない気持ちがわき出てきて、それはパンネロの心をキュッと締め上げるのだ。何度かそれを繰り返すうち、パンネロは気づいた。
「パルフレアさんが…好き……」
声に出すと、切なさが痛い。胸をチクチクと刺す痛みは息ができないほど苦しいのに、どこか甘い。
(今だけだから……)
悲しくてどうしようもない現実は受け入れて乗り越えなければと、パンネロは自分に言い聞かせる。この旅が終わればもう会うこともないだろう、そうすればきっと忘れられる……
その時だった。
「何を物思いにふけっているのかな、お嬢ちゃんは。」
想っていた相手の声が突然頭の上でしたので、パンネロは驚いて、“きゃっ”と小さく叫び声をあげた。
「俺が居たことにも気付かなかったのか?」
隣に腰掛けるバルフレアの顔がまともに見られない。今もじっとパンネロの顔を見つめているのがわかる。泣きそうになっているのに気付かれただろうか。
「ちょっと、考えごと。」
「それは構わないが、1人で離れすぎた。」
「……ごめんなさい、」
「かわいい女の子が1人っきりってのは、悪い連中を引き寄せるもんだ。」
(女の子……)
心配して探しに来てくれたのはうれしいが、女の子という言い方が少しだけ悲しくて、パンネロは自分の膝を引き寄せた。
「パンネロ。」
珍しく名前を呼ばれた。顔を上げると手が伸びて来て、目尻に溜まっていた涙を拭き取られた。
「どうした?」
「……なんでもないの。」
「旅に疲れたか?ラバナスタが恋しくなったかな?」
パンネロは静かに首を横に振る。軽い調子で聞き出そうとして失敗したことに、バルフレアはすぐに気がついた。
「パンネロ…いつも笑っている必要はない。無理に笑わなくってもいい。」
そう言われた先から、パンネロは痛々しい笑顔を浮かべる。
「ありがとう……バルフレアさん……」
「悲しんでいる女の子がいたら、駆けつけるのが空賊の役目さ。」
パンネロは立ち上がった。もっと隣に座っていたい、そう思ったけど、どんな顔をすればいいのか自分でもわからなくなってしまったからだ。
「ね、バルフレアさん!昼間の、ブルオミシェイスで会ったあのひと!」
「ああ……」
突然明るく振舞いだしたパンネロに戸惑いつつ、バルフレアは眉をひそめた。
「アルシドか?お嬢ちゃんはあんなキザ野郎が気になるのか?」
「まさか!」
パンネロは楽しそうにクルクルと回りながら答える。
「でもね、初めて見たの!跪いて、手の甲にキス…あのとき、アルシドさん、アーシェになんて言ってたかなぁ?」
脈絡もなくそんな話を持ち出したのは話題を反らしたいのだろう。バルフレアはそう察して、話を合わせてやることにする。立ち上がると、パンネロの前に跪き、手をとった。顔を上げ、手の甲にキスをする。まぶしげに目を細めてパンネロの顔を見ながら、
「……“ダルマスカの砂漠には美しい花が咲く”」
バルフレアの予期せぬ行動に、パンネロは目をぱちぱちと瞬かせた。が、自分が何をされたのかようやく理解すると、顔だけでなく、体までがかぁっと熱くなった。悲しみに鬱屈と沈んでいた心が驚きと恥じらい、そしてうれしさで舞い上がった。
「バルフレアさん……っ!」
慌てて後ずさるパンネロの手を放してやるとバルフレアは立ち上がり、パンネロの頭の上にぽん、と優しく手を置いた。
「花っつっても、パンネロは温室育ちのきれいなだけの花じゃない。」
「強くて、たくましい?」
パンネロの言葉にバルフレアは面食らって、困ったように首を傾げた。
「パンネロの慧眼には恐れ入る。」
「今の、本当にアルシドさんみたいだった。」
パンネロはバルフレアの手の下から逃げ出すと、クルリと回る。かかとをトン、とついて足を止め、笑いかけた。
「でもね、アルシドさんよりずっと素敵!」
やっと笑えた、とパンネロは思った。少なくともその他大勢の女の子ではなく、ちゃんと自分の内面を見てくれている。仲間の1人として認めてくれていることがわかったのだ。多くを望まないパンネロにはそれだけで充分だ。きっとこれ以上2人の距離が近づくことはないと思う。だが、まるでお姫さまのように跪いて手にキスをされたその瞬間は、
(私だって、ヒロインみたいだった……)
さっき、旅が終われば二度と会うことはないだろう、と思った。しかし、今夜のことは一生忘れない。
「バルフレアさん、ありがとう!私ね…おかげで元気になったの。」
パンネロはバルフレアが呆気にとられているのに気付かず、寝る時の挨拶の言葉を述べると、宿営地のテントに向かって駆け出した。バルフレアは走り去るパンネロの腕を咄嗟につかもうとして上げた手を、だらりと下ろした。
伝えたいことの、ほんの一部も伝えられなかった。可憐でかわいらしくて、それでいて前に進むことを教えてくれる、そんな花だと伝えたかったのに。
逃げ出したはずなのに見え隠れする父親の存在、破魔石にとりつかれた悲壮な決意の亡国の王女、そんな2人に手を差し伸べることができない自分。自由をうそぶいていても、無力で心は臆病だ。
そんなとき、ひたむきに幼なじみを慕い、一心に思いを寄せているこの少女が目に入った。ただ側にいることを良しとし、さり気なく、たまに堂々と心配し、おせっかいをやく。その様子を見ていると、岩のように硬くなった心が太陽を浴びて少しずつ温まるかのように、心がほぐれていった。蒔いた種が陽の光で芽吹くのが当たり前のように、悲しみを乗り越えていく姿に敵わないと思った。だた、それは己の弱さを刺激するものではない。土を割り、小さな芽をだす野の花を、愛らしいと思わぬ者はいないように。
1人で泣いていたのなら、自分の胸で泣けばいい。そう言いたかった。拒絶されるのが怖いバルフレアは、パンネロが走り去った方を、ただ見つめるだけしかできなかった。