パンネロの笑顔(FF12)

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「これ、ハントカタログに載ってたヤツだよ。」
ヴァンの気持ちの変化に気づかないパンネロは、倒したモンスターを見て、ハントカタログを取り出す。よく覚えてるな、とヴァンは素直に感心する。
「依頼、受けてたっけ?」
「うん。」
2人でモンスターの顔を覗き込み、パンネロが持っていたチラシと照らしあわせてみると、間違いないようだ。
「へへ、みんなに自慢できるな。」
「どうかな?」
「なんでだよ。」
「だって、追いかけなくていいって言われたのに、勝手にキャンプを飛び出してきちゃったんだもん。」
「心配すんなって、怒られるのは俺だから、さ。」
ヴァンはパンネロの頭とぽんぽん、と軽く叩くと依頼主に見える証拠の品にと、頭にとさかのように生えている角を一本折り、先立って歩き出した。パンネロが小走りにそれに従う。
「あの、さ、パンネロ。」
「なに?」
「お前…さ。」
「うん?」
急に心臓がばくばくと大きな音を立て始め、ヴァンは焦った。なにげなく聞くつもりだったのに、胸の辺りがざわめき出して、パンネロの顔を見ることができない。
「……なんでもない。」
「あー!気になる!」
すっかりいつもの調子を取り戻したパンネロ、えい!とばかりにヴァンに飛びつく。いつもならそこで他愛もない小突き合いになるのだが、場所とタイミングが悪かった。
「わ!」
驚いたヴァンがパンネロを振りほどこうとしてバランスを崩し、そこに運悪く木の根があった。ヴァンはそれにつまづき、2人して、どう、とその場に崩れ落ちた。
「うわ!」
「きゃあ!」
ヴァンが下敷きになっていて、パンネロは慌てて起き上がった。
「ご、ごめん!ヴァン、大丈夫?」
「……てて。」
ヴァンが右足の足首に目をやってるので、パンネロは慌ててヴァンの足の甲冑を外そうとしたその時、森ごと震わせるような咆哮が響き渡った。
「…あいつ!!」
続いて、ズシン、と地響きをさせながら足音が近づいてきた。ヴァンは即座に立ち上がり、そして痛みに顔を歪めた。と、同時に暗闇から倒したはずのモンスターが姿を現した。暗闇に赤い瞳が2人を射すくめるように光る。モンスターはその怒りで周りの大気すらも震わせている。
「角を取られて怒ってる!」
パンネロが叫んだと同時に、大剣が振り下ろされ、ヴァンは頭の上でそれを受け止めた。
「ヴァン!!」
パンネロは慌てて弓を構えるが、気づいたモンスターが剣を持っていない手でパンネロをなぎ払う。
「パンネロ!」
モンスターは吹き飛ばされたパンネロが動かないのを見て、両手で大剣に添え、ヴァンを真っ二つにせんと力をこめる。倒れたときに足をひねったのか、ひどい痛みに踏ん張ることもできず、力で押され、ヴァンにはどうすることもできない。その時、ふっと足の痛みがひいた。ヴァンは右足にぐっと体重をかけ、押し付けられた大剣を流し、その内側に回りこみ、モンスターの腹に、剣を深々と突き刺した。おそろしい声で悲鳴を上げるモンスターを尻目に、倒れているパンネロを肩に抱え、その場から必死で走った。
「……ヴァ……ン……?」
「今は逃げる。」
剣はモンスターの腹だ。パンネロが持つ弓矢だけではあの硬いウロコは貫けない。
「足……は?」
「パンネロが、回復してくれたおかげで走れる。」
パンネロは倒れながらもヴァンに回復魔法をかけてくれたのだ。おかげで走れる。腹を刺したが、手応えは感じなかった。致命傷ではない。どこかに身を隠し、まずはパンネロを回復させることを考えなくては。ヴァンはパンネロを抱え、安全な場所を求めて視線を巡らせた。
背後から地響きを立て、モンスターが迫っていた。突然、目の前の景色が開けた。そこにあったのは崖だった。切り立った、深い崖ではない。ヴァンは迷わなかった。
「パンネロ、しっかりつかまってろ。」
ヴァンはパンネロを胸に抱えなおすと、一気に崖を滑り落りた。
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ちゃんとパンネロを抱えられていたのは、最初の数メートルだけだった。そこから2人はもんどり打って転がり落ち、漸く下の平地で止まった。ヴァンは離れた所に倒れているパンネロに必死で這っていくと、回復魔法を唱えた。パンネロが小さく呻き、ゆっくりと目を開く。
「……ヴァン?」
ヴァンも傷だらけなの気づくと、パンネロは跳ね起きてオロオロとヴァンを見下ろす。が、慌てている場合ではないと、慌てて回復魔法を唱える。だが、まだまだ冷静になれず、3回ほど舌を噛んだ。なんとかヴァンを回復させ、傷が癒え、体を起こした瞬間、パンネロはヴァンにしがみついた。
「ごめん…!ごめんね、ヴァン!私……足手まといだ……」
首に水滴が落ちてきた。それが涙だとすぐにわかった。
(足手まとい……?)
だが、ヴァンはパンネロの背に腕を回し、優しく撫でてやった。パンネロがすすり泣く声を聞いていると、切なくて自分も泣きたくなる。どうしてパンネロは泣いているのだろう、どうしたら泣き止むのだろう、必死で考える。
「俺、パンネロがいなきゃ、やられてた。」
ヴァンはパンネロから体を離すと、まっすぐその瞳を見つめた。目の縁が赤くなっている。パンネロにこんな表情をさせてしまった自分を、ヴァンは不甲斐なく思った。
「そうだろ?足手まといはお互い様だ。俺たちは…さ、2人で一人前だ。」
「……ヴァン。」
「帰ろうぜ、あいつも追って来られないみたいだし。」
「うん……でも……」
パンネロが自分の背後を見ているので、ヴァンも振り返る。そこには、今、自分たちが滑り降りてきた崖がそびえ立っていた。今度は自分が向いている方を改めて見てみる。そこは、うっそうとした森だった。
(…ヘタに、動かない方がいいか……)
焦って動いてはいけない。目の前の崖も、背面にある森も、今のヴァンにはとても恐ろしく感じた。
(そっか……)
今まで、そんな風に思ったことはなかった。何かを怖いとか、恐ろしいとか。
(先のことなんか……考えたこと、なかった。)
いや、あったかもしれないが、こんな風に意識したのは初めてだった。ヴァンは立ち上がると、腰布をほどき、パンネロにかけてやる。
「……朝まで、ここに居た方が良さそうだな。」
パンネロが驚いて自分を見上げている。心配しなくていい、そんな風に頷くと、パンネロに笑顔が戻った。目を細め、優しい表情だ。大切なのは、この笑顔なんだとヴァンはようやく気づいたのだった。

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