パンネロの笑顔(FF12)

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夕食の時、バルフレアはわざとパンネロの隣に座った。ヴァンの反応の幼さが、懐かしいというか、かわいかったとの、ヤキモチ妬かせれば少しは2人の仲も進むだろう、そんな大人げない理由だ。フランが何か言いたげに少しだけ呆れた顔見せたが、すぐにいつもの表情に戻った。
特に何かを話しかける必要はなかった。パンネロはヴァンが戻ってきたことに安心したのか、いつもより饒舌で、さっきの練習の時のことを楽しそうに話してくるのだ。こちらは相槌を打つだけでよかった。我ながらおせっかいもいいところだと思った。パンネロがかわいいのと、そしてやはりヴァンもかわいいのだ。さっさとくっつけ、くらいの気持ちだ。
それにしても、パンネロは良い子だなと思った。行儀よく膝を揃えて座り、夜外食だと言うのに食べ方もきれいだ。話をする時も相手の顔をちゃんと見て、反応を見ながら話しているのがわかる。バルフレアが興味がないと言う風な顔をすれば、すぐに話題を変えるたり、席を外したりするのだろう。親の顔が見たいとい言葉があるが、両親によくしつけのされた娘さんという印象だ。
バルフレアがそんなことを考えている間もパンネロはヴァンから目を離さない。食べているものが辛いのか、ヴァンがほんの少し眉をひそめると、パンネロはごく当たり前かのように水を差し出す。皿が空になると、さりげなく手を出し、ヴァンもパンネロに皿を渡す。おかわりをよそって渡すと、ヴァンは小さく礼を言って、料理をかきこむ。母親でもああは行かないだろうと言うほどの気遣いぶりだ。それも、無理矢理そうしようとしているのではなく、自然とそうなっているようだ。
(お嬢ちゃんは、いい嫁さんになんだろうな……)
そうやって、空賊になるのだというヴァンに寄り添って、あんな風に世話をしてやるのがこの少女の幸せなのだろう。そんなことを考えたとき、何やら獣の気配を感じた。バッシュは片膝を立て、フランも気配がしてほうに目をやっている。カンの良いヴァンは、もう剣を持って立ち上がっていた。
「こっちに来るかしら?」
アーシェが低い声で尋ねる。
「パンネロ、火を小さくしてくれ。慌てず、ゆっくりだ。」
バッシュに言われ、パンネロは頷くと、焚き火に土をかけた。火が小さくなり、周りが薄暗くなる。
「俺が行く。」
「やめておけ。」
逸るヴァンをバルフレアが諌める。
「なんでだよ。」
「やりすごした方が良い。もう夜も遅い。森の中に深追いしても、いいことなんか何もなさ。」
だが、ヴァンはバルフレアをひと睨みすると、助言を無視して気配のした方に駈け出した。
「ヴァン!」
パンネロは慌てて弓をかつぎ、ヴァンの後を追う。
「パンネロ!」
アーシェもすぐ様後を追おうと立ち上がるが、バルフレアが止める。
「放っておけ。」
「ですが……!」
「今のあの2人なら、簡単にやられる事はないさ。ああ見えてヴァンはカンがいいし、夜目もきく。」
アーシェはまだ何か言いたそうにしている。
「それにな、お子さま達はちょっと喧嘩をしてたんだ。仲直りにはちょうどいい。すぐに2人で倒して、大喜びで帰ってくるさ。」
「あの2人が喧嘩とは珍しいな。少しぎくしゃくした雰囲気はあったようだが。」
「お年頃だからな。」
下世話なことをと、アーシェがバルフレアを咎めるようににらんだ。バルフレアは肩をすくめ、フランに助けを求める。
「あなたがヴァンを煽っているんでしょう?」
「これでも一応、手っ取り早く、仲直りするように手伝ってるつもりなんだが。」
バルフレアは女性陣の冷たい視線に、やれやれと大きくため息をついた。
「わかったよ、帰って来なかったら俺が探しに行けばいいんだろう?」
「君は、よくあの2人の面倒みてくれている。」
バッシュが頼もしげに言う。
「よせよ。子どもが好きな空賊なんか、サマにならないだろう?」
「言われてみればそうね。」
「あの2人がかわいいのよ。だから構いたくなっているだけ。」
「……勘弁してくれ。」
***************
ヴァンはモンスターの気配を追って、夜道をひたすらかけていた。さっきから胸の中でモヤモヤしてわけのわからない感情を振り払うかのようにして走る。バルフレアが言った通り、ヴァンはカンが良く、月明かりの下でもつまずいたり、何かにぶつかったりすることもない。今も、行く手にあった小さな藪を軽々と飛び越え、前へ前へと走る。こんなふうに夜に駆けるのがヴァンは好きだ。いつもより速く走れるような気がして、自分が風になったような気がするのだ。わずらさしい出来事は、全部自分が走り去った後に石ころのように転がっているだけだ
大物のモンスターが放つ気配を感じ、すぐに大きな木の後ろに身を隠した。息を切らしていたが、大きく息を吸って整え、呼気で敵に気配を悟られないようにする。
その時、反対からガサガサと茂みをかきわけ、何かが近づいてくる音がした。別のモンスターかとヴァンは剣を抜いて構えた。が、予想に反して、そこから姿を現したのはパンネロだった。
「パンネロ……」
ヴァンは驚いて目の前のパンネロを見た。そしてついさっきまでの気まずい雰囲気を思い出し、そっぽを向いた。正直な気持ち、一人になりたかった。夜を駆けると、嫌な気持ちを忘れることができたと思っていたのに。
「……なんで、ついてきたんだ?」
今は目の前のパンネロが少し鬱陶しい。つい、言葉もキツくなる。
「ご、ごめんね… …だって、バルフレアが行かなくてもいいって言ったのに、ヴァンが飛び出して行ったから……」
(またバルフレアだ……)
ヴァンは苛立ち、パンネロに何か言ってやろうと口を開いてその時、背後で地響きがした。気配を消していたのに、話し声が聞こえてしまったのか、モンスターに居場所がバレてしまったのだ。
ヴァンもパンネロも、即座に武器を構えた。
「ヴァン、このモンスター、凄く強い。」
相手の強さを見ることができるアクセサリーを身に付けていたパンネロが、敵の強さを伝える。全身を硬い、緑色のうろこで覆われた二本足のモンスターだった。岩のような巨体に、牙をむき出し、瞳は赤い、邪悪な光を放っていた。手には大きな、ヴァンの身長ほどもある大剣を持っていた。だが、心配そうなパンネロをよそ目に、ヴァンはもう目の前にいる敵を倒す事しか頭になかった。自分は強いのだと、それを試したくて仕方がなかった。誰に対してそれを見せたいのか、ヴァンにはよく分かっていなかったのだが。
「パンネロ!」
ヴァンは、後ろにいるパンネロに叫んだ。
「こいつ、俺が絶対倒す。」
逃げよう、そう言わせないために強い語気で伝える。
「だから、下がってろ。」
だが、パンネロは下がろうとしなかった。弓を構え、矢をつがえ、モンスターとの間をはかる。ヴァンは言っても聞かないのをよく知っているので、素直にバックアップは任せることにする。
(いや、違う……)
パンネロの手を煩わせる前に、自分がこいつを倒せば良いだけの話だ。ヴァンは自分にそう言い聞かせると、巨大なモンスターに対峙した。戦いのとき、とりわけ、こんな風に手強い相手に出会うと、気持ちが高揚する。自分は強くなった、そしてもっと強くなりたいと思う。それは、誰にも踏み込ませたくない、ヴァンの強い思いだった。自分で自分に防護魔法をかける。手を出すなと暗にパンネロに伝えるためだ。乾いた唇を舐めた。
巨大なモンスターに斬りかかる。大剣を振り回すのを紙一重で避け、何度も何度も斬りつける。
(こいつ、硬い……!!)
なら、手数を増やすまでだと、体を低くし、下からすくい上げるようにして太刀を浴びせる。力がみなぎる。パンネロが補助魔法をかけてくれたのだろうか。だが、そんなことはどうでも良かった。硬いウロコに覆われた体に太刀を振り下ろすたびに腕がしびれる。その衝撃を逃すためにヒットする瞬間は力を抜くのだ。それを教えてくれたのはバッシュだったか、バルフレアだったか。敵からの攻撃をよけ、切る。全てがその動きだけに集中し、自分だけの世界になる。
どれだけの時間が経ったのか。とても長い時間だった気がする。地響きを立ててモンスターが倒れ、ヴァンは肩で息をして、汗まみれになっていた。ふと顔を上げると、パンネロがそこに立っていて、ヴァンに向かって矢をつがえていた。その瞬間に全てを察して、身を屈めた。ぶん、と矢が空気を裂く音が耳元でして、最後の息で立ち上がり、ヴァンに大剣を振り下ろそうとしたモンスターの眉間を射抜いた。
「…サンキュな、パンネロ。」
ヴァンの言葉に、パンネロは何も言わず、笑顔で応じる。ヴァンの素直な感謝の言葉で、2人の間のわだかまりが一瞬にして溶けてしまったのだ。言葉がなくても通じ合えた。自分たちは2人で一つなのだと、ヴァンはやっとわかったような気持ちになった。

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