パンネロの笑顔(FF12)

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「朝までここにいたら、みんなに心配かけちゃうね。」
「ほんとだな。」
ヴァンは素直に認める。なんとなく口が重くなって、ヴァンもパンネロも体を寄り添わせたまま黙った。こんな時ではあるけど、パンネロと2人きりなんて久しぶりだと感慨にふける。そして、ここまで来るまでに起こったことを思い出した。兄の敵だと思ったバッシュは帝国の罠にハメられていたこと、死んだと思っていた王女と共に旅をしていること、そして、彼女と自分の中に同じものを見つけて、一緒に行こうと心に決めたこと。その中で何かを見つけようと決意をしたこと。
(そういえば、ガリフの里を出発する朝、アーシェ、ラーサーに笑ってたな。)
自分は、彼女の心を少しでも和らげることができたのだろうか。
そこから、ダウンタウンで暮らしていた日々からは考えられないような、いろんな場所へと旅をした。その中で仲間との距離がどんどん近づき、なんとなく家族のような気持ちになっていた。絆が強くなった反面、気がおけなくなったことで、年上のバルフレアやバッシュに甘えていたのだなと思う。そんな気が緩んだところがパンネロは心配だったのだと反省する。
「ごめんな、パンネロ。」
「ヴァンは悪いって思ったら素直に言うね。」
ヴァンが貸してくれた腰布にくるまって、膝を抱えて座っていたパンネロが笑う。
「でも、何が悪かったかちゃんと言ってくれないと、私、わからないよ。」
それもそうだと思って、どうやって説明しようかと、ヴァンは考えた。
「あのさぁ…パンネロ……」
「なに?」
「お前さぁ……」
急に歯切れの悪くなったヴァンに、パンネロは首を傾げた。
「どうしたの?はっきり言いなよ。」
ヴァンは、パンネロの顔がまともに見られない。何故か顔を背けて正面を向いてしまったヴァンに、パンネロは訳が分からず、その顔覗きこもうと顔近づける。ヴァンはヴァンで慌てて顔背ける。ヴァンが顔を向ける方にパンネロが顔を動かす。そんな顔を使った追いかけっこをしているうちに、いつの間にやら、わざとぶつかりそうなそぶりをしたり、ぶつかりそうになったのひょいと避けたり、2人でそんな遊びを繰り返している。そして、どちらからともなくクスクスと笑だし、じれたパンネロがヴァンの両頬を両手で押さえて、ようやくその遊びはおさまった。
「もう…!本当に、何なの?」
ふざけ合いのせいで、空気が和んだのでヴァンも聞きにくかったことを切り出すことができそうだ。
「うん…お前さぁ…。」
「うん。」
「バルフレアのことが好きなのか?」
パンネロは目を丸くし、まじまじとヴァンの顔を見つめる。それこそ穴が開くのではないかと思うほどじっとだ。ヴァンは照れくさくなって、余計なこと言ってしまったのだろうか、そう思った時に、パンネロが突然弾けたように笑い出した。
「な、なんだよ…!」
パンドラは笑いすぎて目尻に涙浮かべている。
「それでヴァン、最近様子が変だったんだね。」
「変てなんだよ!俺は心配して……」
夜の酒場でのできごと、バルフレアいつの間にか見知らぬ女性と消えてしまった、あのときのことをパンネロに言うべきかどうか、ヴァンは迷った。
「ヴァン、わからないの?」
「わからないっていうか…そうじゃないかなって…」
パンネロはやれやれとため息をつく。
「だから、バルフレアさん、私にかまってたんだよ。」
「どういうことだよ?」
「ヴァン、バルフレアさんに私を取られちゃったって思ったの?それとも、私がバルフレアさんを独り占めしてるのが面白くなかったの?どっち?」
逆にそう聞かれ、ヴァンは返事をすることができなかった。
そう言われるとどうだろう?パンネロがバルフレアと仲良くしていたりとか、例えば体がすごく近かったりすると面白くない気持ちになったのは確かだ。だが逆に、銃をパンネロに譲ってしまったり、パンネロに優しくするバルフレアに、どうして自分も仲間に入れてくれないのかと腹が立ったのも確かだ。
パンネロは、なおもクスクスと笑っている。
「ヴァンがそんな風だから、バルフレアさん、私に優しくしたんだよ。そうやって、ヴァンがやきもち焼いているのが可愛かったじゃない?私、わかるな。」
謝るつもりがおかしな話の流れになってしまい、ヴァンは困ってしまう。しかし、こんなふうにパンネロに指摘されると、自分は何をイライラしていたのだろうかと不思議な気持ちになってくる。なんだか嵐が去ってしまったみたいだ。パンネロへの質問も、今ならバカバカしく思えてくる。
「交代で休もうぜ。少し寝てろよ。」
「うん。」
何かにいらだっていた気持ちが、まるで夏の通り雨のようにどこかへ去ってしまったのだとパンネロにもわかった。いつものヴァンに戻ってくれたことが嬉しかった。
(こうやって、一緒に居られたら、それでいい……)
ヴァンがやきもちを妬いた相手がまだはっきりとわからないのなら、彼が自分の気持ちに気づくまでもう少し待たなくてはいけないのだろう。でも、それでいいとパンネロは思う。ヴァンの心は風のようにいつも動いていて、それはパンネロの体を優しく吹き抜けて、とても心地よくしてくれるのだ。
(バルフレアのことが好き……?私が……?)
大人で優しくてスマートで女の子の扱いにも慣れていて、パンネロのような小娘にも丁寧に接してくれるのは嬉しい。憧れの気持ちがないわけでは無い。でも、バルフレアのような男が自分に好意を持つとはとても思えなかった。
(でも、ヴァンを大切に思ってくれてるなら、うれしいな……)
ヴァンのことを大切に思う人が増えていくことも、パンネロにはとってもうれしかった。この旅の終点が何で、どこにあるのかパンネロには想像もつかないが、アーシェと一緒に行こうと言ったヴァンは間違ってなかったのだと思う。
(……お腹、空いたな……)
アーシェがせっかく作ってくれた夕食の途中で飛び出してきたことを思い出した。空腹だが、緊張が緩んでまぶたが重くなってきたそのときに、ずぅん、と地響きがした。ヴァンはすぐさま片膝を立て、周りの様子を見渡した。
「立てるか?」
小声で聞いてくるのに、パンネロはうなずいた。さし出された手を掴んで立ち上がると、すぐさまヴァンが走る方向に一緒に走った。
こういうときのヴァンはやはり頼りになるとパンネロは思う。自分もダウンタウンの孤児たちも、ヴァンの人柄に惹かれて集まっていたのだが、それだけではない。目端が利くとでも言うのだろうか、危険を察知して回避する能力に長けているのもヴァンが信頼される理由の一つだ。ダルマスカでスリをしていた時も、例えば、体の大きなバンガがこちらに来るのを見ると、その横をするりと抜けて隠れ蓑にして、あっという間に姿をくらましてしまったり。
しかも旅に出てわかったことだが、ヴァンは夜目が利く。今も、わずかな月明かりをものともせず、パンネロの手を取って全速力でかけていくのだ。パンネロには何も見えない。だが、怖いとはこれっぽっちも思わなかった。目の前の障害物を避けるのにヴァンがジャンプすると、パンネロも同じように跳ねた。木の枝を避けて体を屈めれば自分もそうした。
さっきのモンスターがすぐ後ろまで迫っているのは確かだった。だが、パンネロは不思議な高揚感に包まれていた。ヴァンの動きがすべてわかるのだ。だから、薄暗闇の中でもパンネロが走ることができるのだ。目の前のヴァンしか見えなかった。夜を駆けるそのスピードと、ヴァンの息遣い。いつまでも2人でこうして駆けていたい。
(ずっと、こんな風に……)
それはヴァンも同じだった。振り返らなくても、ぴったりとパンネロが自分とシンクロしてるのが分かった。そうだ、こんなふうに、パンネロは何も言わなくてもいつも自分が考えてることを分かってくれるのだ。
ヴァンはある方向を目指して、ひたすら走った。どうしてそこを目指しているのかわからないが、心が向くままに走り続けた。そこに、答えがあるとが何故かわかったからだ。
「パンネロ!」
ヴァンが叫んで、パンネロの頭を抱え、その場に倒れこんだ。その直後に銃声が響いた。何が起こったのかわからず、パンネロが顔を上げると、目の前にバアルフレアが立っていた。
「おっせーよ。」
顔を上げ、文句を言うヴァンにバルフレアはフン、と鼻で笑う。
「助けに来てもらって、ずいぶんな言い方だな、ヴァン。」
パンネロは驚いた。どうしてバルフレアがそこにいるのかわからなかった。ヴァンがどこかを目指して走っていたのは知っていた。だがどうしてそこにバルフレアがいると分かったのだろう?
「なんとなくさ、こっちに走ったら、バルフレアがいるような気がしたんだ。」
バルフレアはその言葉にニヤリと笑うと、ヴァンにタガーを投げて寄越す。
「新しいやつだ。」
ヴァンが鞘を抜き、目を輝かせた。
「フランが持ってけっとさ。面倒くさがらずに持ってきて良かったようだな。」
ヴァンは鞘を投げ捨て、姿を現したモンスターに対峙した。
「来たぜ!」
バルフレアは、やれやれと銃身を手に持った。
共闘
「お嬢ちゃん、援護だ。」
「はい!」
ヴァンが先陣を切って、高々とジャンプした。モンスターがヴァンの動きを見て、それを避けたとき、バルフレアの銃が火を吹いた。弾丸は喉元に当たり、モンスターは膝をついた。苦しいのか、丸太のような腕を振り回す。なおも暴れまわるモンスターの腕の下をかいくぐり、ヴァンはダガーを胸に深々と突き刺した。が、
(……届かない!)
短剣では心臓まで届かない。なおもモンスターはヴァンを振り落とそうと咆哮を上げて暴れる。
(しぶとい…!)
そうなると、作戦を変えるだけだ。ダガーでは表皮を貫くのがやっとだ。だとすれば、
(当てて、傷を増やして、追い詰める…!)
硬い皮膚を貫くのは弾丸の貫通力だ。隙を作れば、とどめはバルフレアが刺す。モンスターはもう立てなくなっていたが、それでもブン、と音を立てて振り回される腕を、ヴァンは紙一重でかわし、かわした勢いで、ダガーを突き立てる。怒ったモンスターがヴァンを目がけて腕を伸ばすと、素早く反対側に身をかわす。
モンスターの体が正面を向いた瞬間、銃声が響き、今度は胸に弾丸が当たった。さすがに腕を振り回すこともできなくなり、太い腕がだらりと下がり、モンスターは顎を引いて頭を垂れた。バルフレアは、今度は眉間を狙う。目を細め、狙いを定め、引き金を引いた。その銃声を最後に、しぶとかったモンスターは、どおん、と地響きを立てて地面に倒れた。バルフレアはゆっくりと倒れたモンスターに近づくと、頭にさらに何発か弾を撃ちこんでとどめを刺した。
「助かったよ。ありがとな。」
ヴァンは泥だらけで、あちこち擦り傷だらけだった。それでもうれしそうに笑っている。さっきまでイライラしていた面影は微塵もない。
(まったく……)
バルフレアは降参だ、と思う。拗ねて飛び出して、モンスターに手こずって傷だらけだというのに、この屈託のなさはなんだろう?と思ってしまう。
「まったく、お前たちのケンカのせいで、俺がお姫さまに叱られちまっただろ?」
バルフレアはヴァンの頭の上に手をぽん、と置く。
「ケンカなんかしてねーよ。な、パンネロ!」
ヴァンはさらに1歩下がったところで支援魔法を担当していたパンネロのほうに歩いていく。パンネロは、2人に晴れ晴れとした笑顔見せた。
「私たち、ケンカなんかしてませんよ。」
そう言うと、2人で顔見合わせて、おかしそうに笑う。
「俺たちの飯、まだ残してくれてるかな?」
「きっと大丈夫だよ。みんな、ヴァンみたいに、たくさん食べないもの。」
バルフレアが来てすっかり安心したのか、2人がそんな風にふざけながら野営地を目指して歩き出した。
「バルフレア?」
パンネロはバルフレアの腕を引っ張った。
「早く戻りましょう。」
目を細め、どこか得意そうにニコニコと微笑む。
「助けに来てくれて、ありがとう!」
パンネロがすぐにヴァンの元に駆け寄ると、すぐさま2人で寄り添い、さっきまでのモンスターのことや、帰ったらお説教かな?などときゃっきゃと楽しそうだ。
「やれやれ……」
まったく、どこまでお子さまなんだと呆れつつ、バルフレアは持っていた銃を肩に担ぎ、2人の後について野営地を目指して歩き出した。

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