パンネロの笑顔(FF12)

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「そろそろ戻るか。」
日も暮れてきて、もう的にした板が見えなくなってきた。パンネロは頷いたが、ヴァンが立ち去った方を見ている。
「心配しなくていい。ちょっと拗ねてるだけだ。」
「ヴァン……バルフレアに色々と教えてもらうのが好きなの。私がバルフレアをひとり占めしちゃったから、怒ってるんだと思います……」
「そいつはあいつのワガママだ。パンネロのせいじゃないさ。」
バルフレアはパンネロの銃を肩に担ぎ、先に立って歩き出した。が、パンネロはまだ心配そうにヴァンが立ち去った方を見ている。
「パンネロ。」
呼ばれて、パンネロは慌ててバルフレアの後を追う。
「まずはキャンプに戻ろう。ヴァンのヤツが先に戻ってるかもしれないだろ?」
「あ、はい。」
「もし、まだ戻ってなければ、俺が探しに行ってやる。だから、心配しなくてもいい。」
そう言うと、パンネロはほっとしたのか、心配そうに寄せられていた眉がふっと解けた。白い歯を見せ、感謝の気持ちを瞳にこめて、バルフレアを見上げる。
「ありがとうございます。」
その笑顔はバルフレアを少しばかり戸惑わせた。だが、それを無視して、パンネロに恭しく礼をする。
「かわいい女の子の笑顔を取り戻すのは、空賊の役目さ。」
「そんな……」
「それにしても、パンネロは筋がいい。」
「そうかな?」
「ああ。両手剣でウルフをたたっ斬った時はびっくりしたけどな。」
そう言われて、パンネロは赤くなって、あれは…と口の中で何やら言い訳をしている。
「体は小さにのに、よく鍛えてる。スタミナもある。体のバネをうまくつかって大きな武器も使いこなす。それは踊りの練習の賜物か?」
そう言うと、パンネロははにかんで笑う。目を伏せて、でも、うれしいのか口角がきゅっと上がっている。
「武器の使い方は兄達に習ったんです…私、末っ子で一人だけ女の子だから、兄たちにもそんな風に言ってもらって、うれしかったな…って。」
「……ごめんな、思い出させたか。」
誰かに謝るのは得意ではない。だが、この少女には素直にその言葉が出た。パンネロは微笑んだまま、顔を横に振る。
「そうだ!バルフレア、あのね、銃とボウガンの違いなんだけど……」
気を遣ったのか、パンネロが話題を変えてくれた。いろいろな武器の使い方を質問してきて、バルフレアがそれに答る。パンネロの質問は、よくまとめられていて、しかも要点をおさえたものだった。頑張り屋なだけでなく、賢さも備えている子なのだとバルフレア感心する。亡くなった家族のことを思い出させたお詫びだと、バルフレアは質問に丁寧に答えてやり、時折冗談を交えてパンネロを笑わせる。
パンネロはよく笑い、質問が尽きたところで、不意に押し黙り、じっとバルフレアを見つめた。
「どうした?」
「バルフレアが笑っているから、ちょっとほっとしたの。」
「心外だな。俺は将軍閣下みたいに、むっつりはしてないぞ?」
不意をつかれ驚いたのだが、口調を変えないようにした。パンネロに気取られただろうか?
「小父さまは……怖い人じゃないわ。」
「俺はいつもしかめ面ばかりしていたかな?女性には笑顔しか見せてないつもりだが?」
バルフレアは体を屈め、胸に手を当てて仰々しくパンネロに礼をする。ふざけたような仕草に、パンネロはクスクスと楽しそうに笑う。が、瞳はじっとバルフレアを見つめたままだ。バルフレアその瞳を、何故だか怖い、と感じた。何もかも見透かされているような。だが、慌てて自分に言い聞かせる。フランしか知らない自分の出自を、このお嬢ちゃんが知っているはずがない。
「違うの。最近……ううん、リヴァイアサンを脱出した頃から、バルフレア、時々何か考え混んでる感じがしたから。」
「俺が?」
「うん……あのね、もし私、聞いちゃいけないことを聞いていたら何も言わなくてもいいの。あの時、ギースが言っていたドクターシドっていう人はバルフレアの……知り合いなの?」
バルフレアは、驚いて目を見開いてまじまじとパンネロを見つめた。この反応では、パンネロが言っていることが正しいと認めるようなものではないか、そう気がついた時はもうすでに遅かった。さっきまで朗らかに笑っていたパンネロが、痛ましそうに自分の顔を見つめている。
「……ごめんなさい。」
「いや……。」
取り繕えなくなって、バルフレアは自嘲的な笑みを浮かべた。だが、いい。パンネロは、ヴァンと一緒に居たいがために旅についてきただけの、普通の女の子だ。知られたところでどうということはない。バルフレアは自分にそう言い聞かせる。だが、この子は敏い。余計なことを言ってはいけない。
「…よく気がついたな。」
「ごめんなさい。」
「パンネロが謝ることじゃない。むしろ驚いたのさ。」
「あの時、バルフレア、名前を聞いてすごく驚いてたから。」
相棒がよく言う、
(顔に出るってのはこういうことか……)
バルフレア舌打ちをしそうになり、パンネロと一緒だと思いだし、慌てて止める。
「やっぱり余計なこと、言っちゃったね。」
「他の奴らは、気付いているのか?」
「どうかな……でも、私、誰にも言うつもりはないの。」
「パンネロとの約束は信用できる。ヴァンだとうっかり口を滑らせてしまいそうだ。」
バルフレアの冗談と、気にしていない風な口調で、漸くパンネロに笑顔が戻った。バルフレアは話の流れを変えようと、パンネロが合流する前にラーサーの前でヴァンがうっかりバッシュの名を口にしてしまったことや、次に行くオズモーネ平原やガリフたちの話をパンネロにしてやる。パンネロは素直にその話に耳を傾け、ドクター・シドのことはそれ以上尋ねなかった。
野営をしている大きな岩の側まで戻ると、慣れない手つきで夕食の用意をしているアーシェを手伝うためにパンネロは駈け出した。その時、振り向きざまにバルフレアにまた可愛らしい笑顔見せた。
「バルフレア、ありがとう!」
バルフレアは軽く手を降ってそれに応えた。
そして、火の番をしながら、夕飯の用意をする女性陣を眺めながらさっきの会話を思い出す。
「驚いたな、なんてカンの良さだ。」
(いや、カンではないな……)
周りをよく見ているのだとバルフレアは思い直した。今だってそうだ。次に肉を焼くと言う段階になると、油を探して持ってくる、もうすぐ料理ができそうになると食器を出してくる。
(よく気がつく子だ。)
そして、慣れない食事の支度に疲れているアーシェをいたわり、薪を拾いに行っているバッシュを呼びに行きと、かいがいしく働く。この旅に出る前はあのバンガの道具屋の店で働いていたと言っていたが、そこでもさぞかしよく働いたのだろうなと思った。
しばらく待ってみたが、ヴァンが戻ってくる様子はない。食事も出来上がる頃だしと、バルフレアは探しに行くかと立ち上がった。すると、ちょうど林の方からヴァンが歩いてくるのが見えた。バルフレアはそれを出迎えてやる。
「機嫌は治ったか?」
お見通しだと言わんばかりに、わざと高飛車に言ってみる。幼なじみの少女に心配ばかりかけるヴァンに少しばかり腹が立ったのだ。ヴァンはぎゅっと唇を結んでバルフレアを見上げている。それが不意にバルフレアの腕をつかみ、野営場から少し離れたところへと引っ張って行く。そして、大きな木の影にバルフレアを押し付けると、その胸元に足を踏み込み、強い瞳で睨みつけた。
「なんだ?ヤキモチか?」
ヴァンは何も言わない。バルフレアも黙って見つめ返す。しばらくの間、お互いが黙ったままのにらみ合いが続いた。
「そろそろ飯の時間だ。言いたいことがあればさっさと言え。」
正直、めんどうだと思った。こんなガキどもの惚れた腫れたなんか知ったことではないのだ。
(どうせお嬢ちゃんに手を出すなとか、なんとか言うんだろ?)
だが、ヴァンの言葉はそれとは違った。
「大切にしないと、許さないからな。」
「なんだと?」
ヴァンは何かを言おうとして、言いよどみ、だがもう一度バルフレアをにらみ、
「あん時の……酒場の女みたいに、あんな風に扱ったら、承知しないからな。」
バルフレアは虚をつかれ、呆然とヴァンを見つめなおした。
「……はっ!」
そこから笑いがこみ上げてきた。何を勘違いしているのだと思う。自分があんな子どもに手を出すとでも思ったのかとか、前に行きずりの女と一夜を過ごしたことをちゃんと覚えていたのかとか、なによりも、
(ヤキモチと心配の方向が、おかしい…)
「ま、前科があるから仕方ないか。」
少年らしい潔癖さが鬱陶しくも、少しだけ眩しい。きっと一人でいる間、パンネロのことを心配したのだろう。
「いいか?よく聞け。」
バルフレアはヴァンの手首を掴み、胸つかんでいる手を振り解いた。
「言っておくが、俺が分別をわきまえている男だ。女性をどう扱うか、相手をちゃんと見てやっている。フランは相棒、王女様はクライアントだ。お嬢ちゃんは……」
どう言えばいいんだ?と、バルフレアは口ごもる。
「お前にくっついてきた、ただの女の子だ。だがな、かかわっちまったからには、面倒を見なきゃだろ?」
「……足手まといってことかよ。」
そこまでは言っていない。ただ、どう言えばいいかわからないだけだ。自分のせいでバッガモナン達に拐かされた、だから借りがある。そんなことをヴァンには口が裂けても言いたくはなかった。
「あのコはな、お前にくっついてきたんだ。だが、俺は……借りがある。」
口ぶりが少しばかり怯んでしまったのがいまいましい。
「そんなに嬢ちゃんが大切なら、ちゃんと自分のもんだって、しるしでもつけとけ。先にあるものばかりを追っかけて、大切なもの見失っているお前にえらそうには言われたくないね。」
これ以上相手にはしていられないとバルフレアはさっさとヴァンに背を向けてしまう。
「腹が減っているんだろう?飯ならできている。王女様の手料理だ。ありがたくて涙が出るだろう?」
きっと、また怒るだろうと思っていたヴァンは存外大人しく後についてくる。肩越しにちらりと見てみると、何やら一生懸命考え込んでいる。あまりも真剣な顔なのがかわいくて、バルフレアはさっきの苛立ちはどこへやら、また吹き出しそうになる。
(参ったね……)
ヴァンも、パンネロも良い子過ぎるのだ。
バルフレアはヴァンの肩に腕を回す。
「で、どう思ってんだ?」
「なんのことだよ。」
「お嬢ちゃんさ。あのこはいい子だ。いつもお前のことばかり心配してる。」
「知るかよ。」
うっとおしそうにバルフレアを引き剥がそうとするヴァンが、やっぱりかわいくて構いたくなる。面白がって、余計に腕に力を入れてジタバタするヴァンを押さえこむ。
「あ!こんな所に居た!」
食事の支度ができて呼びに来たであろうパンネロが手を振って駆け寄ってくる。バルフレアはヴァンから手を離すと、パンネロに両腕を広げて見せ、
「約束通り、ヴァンを見つけて来たぜ。」
「ありがとう、バルフレア!」
パンネロは両手を腰に当て、ヴァンの顔を真下から睨みつける。
「もう、心配したんだから!どこに行ってたの!?」
ヴァンはバルフレアを見、パンネロを見て、どう答えて良いのかわからず、その場から駈け出してしまったのだった。

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