一緒にいる理由とひかれあう理由。(FF12/R18)

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口づけはどんどん深くなる。パンネロはうっとりとそれを受け入れかけ、慌ててバルフレアを押し返した。
「だ、だめっ!」
バルフレアは意外だ、と言わんばかりに眉を寄せてパンネロの顔を覗き込む。
「そ、そんな顔をしても、ダメ。ダメなんだから…!明日はハントに行くんでしょ?他のクラン・メンバーも一緒なのに…」
「大丈夫だ、ちゃんと起きれる。」
「そうじゃなくて…、あん!だ、だめ…っ!」
抗議するパンネロをきつく抱きしめ、首元に顔を埋めるバルフレアの腕の中でパンネロはジタバタと暴れる。たとえ時間通りに起きられたとしても、眠そうな顔で他のクラン・メンバー達の前に顔をだすなんてパンネロにはとても出来そうにない。
「パンネロ。」
薄暗い部屋でパンネロを見つめるバルフレアの瞳は不思議な色を放つ。そんな風に見つめられるとパンネロは目が離せなくなってしまうのだ。
(前に見た…昼間なのに…太陽が真っ暗になって…)
前にヴァンと2人で砂漠で見たことがあった。太陽が突然真っ暗な球体に変化し、空に穴が空いたようなぽっかりとした丸い空間浮かんだように見えた。その周りを燃え盛る炎のような強い光がぐるりと取り巻いている、不思議な天体現象だった。
(そう…あんな風に…不思議で、きれいで…)
瞳というのは顔の中で極僅かな面積でしかない。なのに、どうしてこんなにも不思議な光を放ちパンネロの意思を思うがままに操る力を持つのだろう、といつも思う。
「今は、どうしようもなくお前が欲しい。」
心を縛る瞳で見つめられ、正直な気持ちを吐露されて、パンネロが嫌と言えるはずがない。でも、明日の集合時間に遅れるわけにはいかない、ましてハント中に他のメンバーに迷惑をかけては、と心を鬼にする。
「うれしいけど…ダメ。」
瞳を見つめ返すと言えないので、顔を伏せたまま、だがきっぱりと言う。だが、そっとバルフレアの表情を盗み見ると、心持ち口唇を尖らせて、拗ねたような顔をしている。
(あ…)
かわいい、と思ってしまうのだ。ワガママを言われるとうれしくなってしまうのは、
(大好き…だから…)
だからと言って、このまま自堕落に一戦を交えるわけにはいかない。どうしたものかとパンネロは考え、
「ねぇ、バルフレア。私、明日も一緒に居るから。」
パンネロは努めて明るく言うと、バルフレアの首に腕を回し、額と額を合わせてその瞳を見つめ返す。どうか自分の瞳も彼と同じ魔力を発揮しますようにと願いながら。
「明日。ね?ハントから帰ってから。私、予定も約束もないの。バルフレアはどう?」
バルフレアは驚いたように瞳を瞬かせる。
「私、このお部屋好き。レストランのお料理も…それに…」
もっと一緒に居たいの、その一言が恥ずかしくて言えない。ごくごく近い距離で、あの不思議な光を放つ瞳に見つめられ、パンネロの口唇はそれこそ魔法にかかったように動かなくなる。
「”明日も一緒に居るから”か。」
バルフレアはパンネロを抱え直し、膝の上に横抱きにすると、柔らかい頬に何度も口付ける。
「今夜、我慢できるか怪しいな。」
「あのね、バルフレア、私…私も……」
「それ以上言うと、このまま押し倒しちまうぞ。」
そう言って、バルフレアはパンネロの柔らかい口唇を、ふにゅっと優しく摘む。そうしてパンネロに片目をつぶって笑ってみせると、パンネロを抱えたままベッドに横になった。抱えられた腕は優しい。パンネロの後頭部に回された手がゆっくりと髪を梳いてくれる。
「じゃあ別の我侭だ。」
「なぁに?」
「歌ってくれ。」
バルフレアは目を細めてパンネロの頬を撫でる。
「うん。」
「一晩中でも?俺が眠るまで?」
「バルフレアが前にプレゼントしてくれた、小鳥のおもちゃみたいに。」
パンネロの答えにバルフレアが笑う。パンネロがどうしようもなく愛おしく思えて頬ずりをした。小鳥のおもちゃとはバルフレアが贈った蓋を開けると模型の小鳥が飛び出してさえずる仕掛けのおもちゃだ。だが、金色の蓋は色とりどりの貝を細かい唐草模様にはめ込んだ美しいもので、鳥は深い紺色に朱や深い緑の尾羽根がまるで生きているようだ。鳴く時には羽根を羽ばたかせ、愛らしい声で鳴く。数あるバルフレアの贈り物の中でパンネロのお気に入りの一つだ。
バルフレアがパンネロの頭の、つむじの辺りに口唇を寄せた。それを合図にパンネロは歌い出した。バルフレアが好きな歌や、歌って上手だと褒めてくれた歌。だが、3曲歌ったところでパンネロが小さくあくびをしたのに気付いたバルフレアが、もういい、と言わんばかりに口唇に触れるだけの優しいキスをする。パンネロはもう一つあくびをし、バルフレアの胸に甘えるように顔を埋めると、すぐに眠りに落ちてしまった。
毎晩こんな風に歌ってもらえば嫌な夢は見ないだろうかと、だがそれでは本当に小さな子供のようだと自分で自分を笑う。自分は未だ父親との確執から抜け切れないただの男で、この少女が居なければどうなっていたのだろうと、パンネロの穏やかな寝顔を見ながらバルフレアはそんな事を考えた。
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次の日のモブハントは滞り無く終わった。モブはズーの変種で、旅人どころか飛空艇も襲う凶暴なモンスターだった。飛空艇からの攻撃が失敗し、地上で待ち伏せることになったのだ。このハントに参加したのは理由はバルフレアの顔馴染みの空賊団が大きな被害を受けたからで、それを聞いたパンネロが手伝いを申し出たのだ。防御、攻撃補助と様々な役割が分担され、2人の役目は銃と弓での遠隔攻撃だった。
たくさんのハンターやクランメンバーが参加し、大掛かりな掃討になったが、多勢に無勢でモブはあっけなく地響きを立てて地上に墜ちた。早く帰って昨夜のお楽しみの続きがしたいバルフレアは後始末や分け前の話を早々に終わらせると、少し離れた所で待つパンネロの元に向かった。
パンネロは岩場にお行儀よく腰掛けて待っていた。雑事を終えたバルフレアが戻ってくるのに気がつくと、ぴょん、と跳ねるように立ち上がり、息せき切って駆け寄ってくる。バルフレアが揃えた狩人の服を着ているのだが、それがまたよく似合っていて可愛らしく、バルフレアは顔が緩みそうになるのを抑えるのに一苦労だ。
前合わせの両側に山に咲く花が刺繍されたチロリアンテープを縫いつけたチュニックブラウスの上に、丈が臍上くらいの長さのケープを着ている。ケープは光沢のあるウールを使い、パンネロが走ると胸の周りでふわふわと柔らかく跳ねる。ウエストには赤い糸でステッチの入ったメッシュのベルトを腰の低い位置で留め、アイテムを入れたポーチと矢筒がぶら下がっている。つばの狭い羽根のついたカーキ色の狩人の帽子を少し斜めにかぶり、手袋とブーツは動きやすいようにと柔らかいベージュのバックスキンの物を選んだ。バルフレアの一番のこだわりはひざ上まであるソックスで、短い丈のパンツと、ひざ上のソックスの間のむっちりとした生の太ももの部分は、自慢してイヴァリース中に見せびらかしたいと同時に、もっとも隠したい部分でもある。
「ご用はもう済んだの?」
「ああ、早く帰ってシャワーを浴びたいな。」
「バルフレアったら。ちょっと汗をかいただけなのに。」
パンネロがクスクス笑う声が耳に心地良い。
「あ!ねぇ、バルフレア。」
不意にパンネロが足を止め、ベルトに結わえ付けた弓を外してバルフレアに手渡した。
「矢がね、真っ直ぐ飛ばないの。スグに気が付いて的の方を調節したから大丈夫だったんだけど。」
「ハントに出る前に装備はしっかり点検したはずなのだが。」
それはパンネロも見ていたのでよく知っている。
「私のせいかなあ?」
心配そうなパンネロの頭の上に手をのせ、優しくぽんぽんしてやってから、バルフレアは弓を手に取った。横向けにして歪みがないか見てみたり、弦が引いて弛んでいないか調べてみる。弓の反りも問題はなく、弦にたわみもない。バルフレアは矢筒から矢を取り出し、一本一本を厳しい目でチェックする。
自分の使い方が悪かったのかと心細くなっていたパンネロだが、バルフレアが武具や防具をチェックし、必要に応じて直し、そして試用するところを見るのが好きなので、傍らで大人しくその様子を眺める。旅の間もちょっとした武器の不具合にもすぐ気付いて手早く直してくれたのはさすがは機工士といったところか。
(ちょっと…カッコつけ過ぎだと思うけど…)
そんなことをふと思ってパンネロはこっそりと笑う。検分した矢を矢筒に戻すにしても、一度くるくると回してみたりと、ちょっとした動作がいちいち格好良い。バルフレアがそれを無意識にしてるのか、そのように見せようとしているのかはパンネロには分からない。ただ、そんな洗練された動作にときめいているのは、バルフレアには内緒にしている。
「パンネロ。」
不意に呼ばれて我に返る。
「なぁに?」
「ちょっと構えて見せてくれ。」
言われた通りに矢をつがえて構える。
「あそこにウルフが見える。射れるか?」
「当てていいの?」
「ああ。」
言われた通りに遠くに見えるウルフに狙いを定める。的がずれるのでそれを頭の中で調節し、心臓の辺りのやや右側を狙って矢を放った。ブン、と空気を響かせて放たれた矢は見事に心臓の、その真中を射抜いた。
「相変わらず目がいい。」
「そう?」
満更でもなく思って、振り返ろうとしたパンネロにバルフレアが背中から覆いかぶさってきた。背中から手を回し、パンネロに左手に左手を添えて弓を構えさせ、矢筒から矢を取り出し、つがえるとパンネロに栝の部分をもたせた。それだけのことでパンネロは頬がカッと赤くなって、胸が跳ね、息苦しくなってしまう。幸い背後からパンネロに抱きしめるようにしているバルフレアにその表情は見えないようだ。パンネロの変化に気づくことなく、
「矢と弓の太さが、パンネロの手には大き過ぎるな。」
そのせいで弓の本体を握った時の指の位置がどうとかと説明してくれているのだが、パンネロの耳には右から左だ。バルフレアはパンネロに覆いかぶさったまま弓と矢を自分の手に持ち直し、2人に気付いて襲いかかろうと駆けてくるウルフに狙いを定め、その眉間を見事に射抜いた。矢を射る時にバルフレアが喉から低い声を漏らした。ごく低い小さな声で、普段得物を使ってる時に聞こえたことはなかったのだが、今はバルフレアの腕の中だ。耳元でその声を聞いただけで身体中の血が煮えたぎって、頭にぐんぐん上ってくるように感じた。
(だって…あの時の…声みたいで…)
赤裸々な状況がパッと頭に浮かんだ。そのせいできっと顔も真っ赤になっているのだろう、耳たぶまで熱い。胸が早鐘を打ち、それが自分の耳にはっきりと聞こえてくる。狩りの帰り道で突然そんな状態に陥って、バルフレアはおかしいと思わないだろうか。
「…パンネロ?」
やっぱり!とパンネロは思わず顔を両手で覆ってしまった。
「バルフレア、急に身体をくっつけるから…私…驚いて…」
どうやら突然の身体を近づけ過ぎたせいで照れているのだとバルフレアは理解し、思わず笑みが溢れる。こちらとしてはそんなつもりはさらさらない。ましてや気取ったことを言っても、にこにこと聞き流しているパンネロが、ただ弓の手ほどきをしただけでこんなになるとは。
バルフレアは真っ赤になってしまったパンネロの顔を、まだその場に残っているハンター達に見られないよう、そっと肩を抱いて引き寄せ、宿に向かって歩き出した。パンネロはパンネロで、バルフレアが単に照れてるだけだと勘違いしてくれたのに、ホッと息を吐いた。言えるはずもない、バルフレアの低い呻き声を聞いて、
(なんだか…それだけで…もう…)
顔が赤くなって、胸がドキドキするだけではないのだ。身体全体が熱くて、下肢が甘く疼いて。
(声だけで………濡れちゃうなんて……)
モンスターがまだうようよと居るフィールドの上で、しかも周りには帰り支度をしているハンター達がまだ残っているというのに。パンネロはいたたまれなくなり、バルフレアにきゅっとしがみついた。パンネロが人知れずパニックに陥っていること、ましてや自分の声に発情中とは思いもよらないバルフレアは、自分が背後から抱えただけでこんなに照れてしまうパンネロが嫌なはずがない、可愛くないわけがない。今度はパンネロの手の大きさに合った新しい弓矢を用意してやろう、などと呑気に考えながら、
「パンネロは、不意打ちに弱いみたいだな。」
と、少しおどけて言ってみる。すると、パンネロは思いつめた顔で、おずおずとバルフレアを見上げた。
「バルフレア、あの…あのね…」
瞳は涙ぐんで潤んでいる。
「…早く、帰ろ…」
「うん?」
「あの…ね、私…」
自分の行動でパンネロが恥ずかしがるその反応が可愛かったのだが、いささかこれは過剰ではないか?バルフレアがそう思ったその時、
「…抱いて…欲しいの。もう…待てないの…。」
小さな声でそう言うと、パンネロは俯いてしまった。が、バルフレアが足を止めたので、また視線を戻し、呆けたように自分を見つめているのと目があった。いたたまれなくなり、また俯いてしまう。
「やだ…そんな顔で…見ないで…」
「…いや…」
うれしさがジワジワとこみ上げてくる。パンネロは拒むことはないが自分からそんな風にバルフレアを求め、誘ってくるようなことはめったにない。俯いてしまったパンネロの顎を軽く持ち上げて上を向かせると、身体を折るようにして小柄な恋人の口唇にキスをした。
「今すぐお前を抱えて宿まで走りたいな。」
「だ、だめだよ、そんなの…!」
「全速でだ。」
「だめだめ…!もう、お願いだから…」
「中継所でチョコボを借りよう。」
口唇へのキスは初な恋人が頭から煙を出してひっくり返ってしまいそうなので、バルフレアはパンネロの頬にキスをした。
「一番、速いのだ。」
そう言うとパンネロは耳たぶまで真っ赤なままで、それでもコクンと頷いたのだった。
バルフレアは中継所に居た一番がっしりとした腿を持つチョコボを選ぶと、宿のある街へとチョコボ走らせた。部屋に戻ると、バルフレアはパンネロの帽子を取り、緩く編まれた髪を解いてバスルームへ連れて行く。こんな時でも潔癖症は健在だ。
「5分で出て来ないと、扉を蹴破るからな。」
本当に扉を蹴破られそうだったのでパンネロは大急ぎで汗を流し、バスローブを羽織って慌てて出てくる。
「髪を乾かす暇もないよ。」
「俺が出てくるまで5分あるさ。」
「嘘。いつもバルフレアの方が長いよ。」
「じゃあ今日は記録更新だな。」
「本当?」
「3分だ。」
バルフレアは涼しい顔でそう言うと、パンネロの鼻に頭にちゅっと音を立ててキスをした。
「ちゃんとベッドで待ってるんだぞ。」
「うん。」
「いい子だ。」
今度は口唇にキスをすると、バルフレアは慌ただしくバスルームへと消えていった。

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