一緒にいる理由とひかれあう理由。(FF12/R18)

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死にネタではないのですが、それっぽい表現が導入部にあります。お好きでない方はお気をつけください。


抱きしめた華奢な身体から生暖かい血がどんどん流れていく。命を維持する為に必要な量はとっくに流れ切ってしまっているのが手に取るように分かる。もう手遅れなのだ。
なんてこった
この子が何をした、ただ一生懸命生きていただけなのに。バルフレアはどんどん冷たくなっていくパンネロの身体を強く抱きしめた。
「バルフレア
消え入りそうな声でパンネロが囁いた。
「私、死ぬのかな?」
バルフレアは何も言えない。言えるはずもない。
痛むか?」
微かに、本当に微かにパンネロが首を横に振った。意識も遠くなっているのだろう。目蓋がゆっくりと閉じられた。呼吸がどんどん弱々しくなっていく。
こんなにかけがえのない、何にも代えがたい恋人の命が尽きようとしているのだ。自分は何もできなかった。命の一つや二つ、この少女を守るためならいくらでも捨てれたのに!
悲しみにとらわれる前に、せめて彼女に何かしてやれることはないかとバルフレアは必死で考えた。と、口から不意に歌が溢れた。涙混じりだし、悲しさと絶望で声が喉にからみつく。だが、人が死ぬとき、最後まで残る感覚は聴覚だと聞いたことがあった。ならば、真っ暗な中でパンネロが怖がらないようにせめてもと、途切れ途切れだが一心に歌う。
パンネロの口がふっと緩んだ。ああ、声が届いたんだと、それだけで救われた気持ちになった。死の暗闇にに飲み込まれようとするその瞬間まで、自分をいたわろうとする恋人の、
冷たくなった頬にそっと手を当てた時に誰かが身体を揺さぶった。こんな時に誰だ、と思った所で誰かが大きな手で振り払ったかのように目まぐるしく目の前の景色がかき消された。

****************
「バルフレア、どうしたの?」
さっきまで青白い顔をして自分に抱きしめられていたパンネロが真上から自分を見下ろしている。寝癖で跳ねた髪、頬はピンク色で、昨日プレゼントしたばかりの薄いラベンダー色のシルクジョーゼットのガウンを素肌に纏っている。胸元がはだけそうなのにも構わず、必死で自分の身体を揺さぶっている。
バルフレアは何度か瞬きをして、パンネロの顔を見上げた。そっと手を伸ばし、頬に触れると、
(暖かい…)
パンネロの柔らかい頬の感触に、混乱していた頭が徐々に整理されていく。バルフレアはゆっくりと身体を起こした。
(…夢…?)
傍らに心配そうな顔のパンネロがちょこんと座るのを、肩を抱いて引き寄せた。
(…ったく、なんて夢だ…)
口には出さないが、心のなかで悪態をついてしまうほどひどい、最悪な夢だった。子どもの頃だったか、家族が死ぬ夢というのを何度か見たことがあった。だが、何故今、よりによってパンネロがと、わけが分からない。
(まぁ、夢なんてそんなものか…)
そんな風に自分に言い聞かせ、腕の中のパンネロを見る。パンネロは起きたのはいいが、何も言わないバルフレアが気になって仕方がないようだ。声ももかけられず、じっと不安げにバルフレアの顔を見つめている。
「大丈夫だ。」
不安がらせてしまったと、バルフレアは肩を引き寄せただけのパンネロに向き直り、正面からしっかり抱きしめた。パンネロも安心したのか、バルフレアの身体の中でほう、と息を吐いたのが分かった。
「怖い夢でも見たの?」
「夢?この俺が?」
“この、バルフレア様が?”そう続けようとした所で、パンネロがとんでもないことを言い出した。
「だって、バルフレア、歌ってたもの。」
ヒヤリ、と冷たい汗が背中に流れた。
「…歌?俺が?」
「うん…とっても悲しそうな声だったから…それで起こしたの。怖い夢、見てるのかなって。」
心臓がばくばくと大きな音を立て始め、それがやけに耳に響いて。まさかパンネロが死ぬ夢を見たなんて言えるはずもない。だが、さっきのパンネロの青白い顔と、どんどん冷たくなっていく小さな身体がふっと脳裏に浮かび、
「…ぐっ…」
嫌な感覚が胃から込み上がってきた。思わず口元を押さえてしまったバルフレアにパンネロは驚いて身体を離し、
「バルフレア、大丈夫?バルフレア!」
そう言って小さな手で背中をさすってくれる。バルフレアは天井を仰ぎ見て喉を開き、何度か大きく肩を上下させ、息を吐いた。パンネロがコップに水を汲んで持ってきたのを受け取り、それを一気にあおって飲み干した。
「お医者様を…」
そう言って、ベッドサイドテーブルの上にある電話に手をかけたパンネロを制すると、
「ここに居てくれ。」
でも、と、パンネロは不満気に眉を潜める。夜中に急に具合が悪くなったのではと心配なのだ。
「…お前の言う通りだ。おかしな夢を見て…それだけだ。」
とりあえず病気ではないらしい。パンネロは漸く電話から離れると、バルフレアが手に持ったままのコップを受け取り、それを電話の横に置く。バルフレアが膝と膝の間に頭を落とすように座ってるのを、小さな身体で背中からぎゅっとバルフレアを抱きしめた。
「…歌は…お弔いの…歌?」
なんて勘の良さだ、と、内心舌を巻きながらもバルフレアは首を横に振る。パンネロは、そう、と言ったきり、それ以上何も言わず、ただ黙ってバルフレアを抱きしめた。
実を言うと、一緒に眠っている時、バルフレアは時々うなされているのだ。パンネロが抱きしめてやるとすぐにしがみついてきて、暫くすると、穏やかな寝息を取り戻す。その時の様子は最速の空賊を自称する自信に満ち溢れた姿からは想像もつかないほど痛々しく、パンネロはいつも胸を痛めていたのだ。ただ、いくら恋人でも触れられてくないことがあるのだろうと今まで何も言わずにいたのだが。
パンネロはつと首を伸ばし、バルフレアの耳たぶにそっとキスをした。バルフレアが漸く首を上げ、パンネロを見つめ返した。パンネロが優しく微笑んだのに、夢の中で歌ったとき、パンネロが微笑んだのを思い出した。
「…話したくない?」
「…目が覚めたら、どんな夢か忘れちまったさ。」
「うん、そういうのってあるよね。」
「パンネロ。」
「なあに、バルフレア?」
バルフレアは自分の胸元の前にあるパンネロの手をそっと握り、
「…俺は、たまに…寝ぼけてるのか?その…歌ったり…」
そうして何か言おうとして、パンネロに何かごまかしたり、心を偽るのはやめようと決めたことを思い出した。かと言って未だ動揺した頭で言葉がうまく続かない。
「いや…どう説明していいか、分からないな…」
背中にパンネロの胸の膨らみと、とくとくと穏やかな鼓動が伝わってくる。なんて愛おしい感覚だろうとバルフレアは思う。このぬくもりとか、柔らかさとか、優しさが自分の前から消えてなくなってしまったらと思うと、身体がすぅっと冷たくなったような気がした。
さっきのは夢だった、夢で良かったと安堵するのだが、まるで閃光のようにその夢のシーンが目の前に浮かび、バルフレアはなかなか気持ちを落ち着けることが出来なかった。
「ファムラン。」
そう呼ばれても、一瞬、それが誰のことを呼んでいるのか分からなかった。もう自分をその名前で呼び人物は、いなくなったか、一切の関わりを持たなくなったかのどちらかだ。
「ごめんね、私にファムランって呼ばれるの、嫌かな?」
未だ動揺を隠し切れないバルフレアは呆然と肩越しにパンネロを見つめ、そしてゆっくりと首を横に振った。
「お前が…俺にしちゃいけないことなんか、何もない。」
過去の名前で呼ぼうが、過去の自分を咎めようが、命を奪われようが、
「パンネロになら…な。いいんだ。何をしても。何をされても。」
パンネロはよかった、と呟きながら、甘えるようにバルフレアの首筋に顔を埋めた。
「バルフレアはね、時々ファムランになるの。」
「いつだ?」
「2人で居るとき…かな?時々。」
こうやってパンネロの前で弱い自分を見せるとき、逃げた過去を持つことを後悔している自分を見せるとき、その時のことを、パンネロは言葉を選んでそう表現しているのだろう。
「2人でいるときの事しか分からないだろう?」
「それもそうだね。」
漸く軽口が出るくらいには回復したようだ。言葉を交わしていると、さっきの悪夢がどんどん薄れていく感じがする。パンネロが話した時の首筋にかかる息とか、耳の辺りに当たる額とか、そんなものが心をふわりとくすぐるようだ。
「その”ファムラン”ってヤツは、どんなヤツなんだ?」
我ながら自虐的だとは思ったがパンネロがどう思っているのか試しに聞いてみたくなったのだ。
「私が大好きな人。」
即座に答えられ、しかもネガティブな言葉を覚悟していただけにバルフレアは面食らう。
「でもね、意地っ張りで、恥ずかしがり屋。なんだか放っておけないの。」
「ずいぶんと、情けないヤツだな。」
「でもね、私がいなきゃダメって思わせてくれるの。頼りにしてもらえると、とってもうれしいの。」
やれやれ、とバルフレアが口の端を歪める。
「だって、誰かに甘えてばっかりなんて、守ってもらってばっかりなんて、そんなの嫌だもの。」
「…パンネロは、そうだな。」
そうして、そんな所に惹かれたのだと思い出す。あの旅は一応大団円で終えたと言っても良いのだろう。イヴァリースの戦乱はおさまり、アーシェは凱旋、ヴァンとパンネロも進む道を見つけ、バッシュは亡き弟に代わって新しい主君に仕えてイヴァリースの平和に貢献する。
だが自分はどうだったろう、とふと思ったのだ。父親との確執も一応ケリがついたのだろう。だが、すっきりとしない物が残った。それは父親と相対することから逃げ続けてきたツケなのだろうか。もう終わったことなのに、それは未だにバルフレアの胸をチクチクと刺す。
誰にも言えない、そうして誰に言ったところでどうにでもなるものでもない、自分で折り合いを付けるしかないのだ。苦しくて、思わずへたり込んだ所に咲いていた野の花に、なんとなく心を救われた気がした。その花はただそこに咲いているだけなのに、その”ファムラン”とやらを慰め、奮い立たせてくれるのだ。
「じゃあ、バルフレアはどうなんだ?」
「もちろん、大好き。」
そう言うと、今度ははにかんで俯いてしまう。
「優しくて、スマートで、いつも私を包んでくれるの。バルフレアはね、私をひとりぼっちにしないの。絶対に。」
「絶対に?」
「そうだよ。私の寂しい気持ちや悲しい気持ちを癒してくれる人なの。バルフレアが居ない世界なんて、もう私にはもう考えられないの。」
さっきまでまるで気流に飲み込まれてグラグラと揺れる飛空艇みたいだった心が、パンネロの言葉であっさりと回復してしまう。それが表情で見てとれたのか、パンネロは尚も続ける。
「あのね、誰にでもあると思うの。子どもでいたい自分と、お姉さんやお母さんになりたい自分とか。」
「じゃあパンネロは、お姉さんのパンネロと、子どものパンネロなのか?」
パンネロはううん、と首を横に振る。
「バルフレアの恋人のパンネロと、ファムランの恋人のパンネロだよ。」
「最高だ。」
「でしょ?」
「ファムランの恋人のパンネロはどんなパンネロなんだ?」
「ファムランの恋人はね、ファムランがうれしかったことや、悲しかったことや、それに、子どもの時のことなんかを話してくれるのをずっと待ってるの。」
「ずっと?」
「うん、ずっと。」
「バルフレアの恋人のパンネロはどうなんだ?」
「バルフレアの恋人のパンネロは、甘えん坊なの。バルフレアに抱っこしてもらうのが好き。バルフレアに…キス…してもらうのが大好き…」
最後に声が小さくなってしまうのが可愛らしくて、バルフレアの口元が自然と緩む。
「おいで。」
背中から腕を回して抱きついていたパンネロの手を取りる。パンネロは呼ばれた子犬のようにバルフレアの正面に周り、そうして猫みたいに素早くふわりとその膝に乗る。ふにゅ、と柔らかい身体がバルフレアの身体にすっぽりと収まり、そうして、ぴったりと寄り添ってくる。自分の身体で型を取ったら、パンネロの柔らかな身体はそこにすっぽりと収まってしまうのではないかとバルフレアはいつもそんな風にを思ってしまう。
「で、パンネロはどっちの方が好きなんだ?」
「う〜ん、どっちかな。」
「言わないと、キスできないな。」
パンネロはクスクスと笑うと、甘えるようにバルフレアの胸に頬をすり寄せる。
「じゃあ、今はバルフレア。」
「なんだ、そりゃ?」
わざとしかめっ面をして見せるバルフレアの鼻を、パンネロはふざけて摘んでみる。
「バルフレア、知ってる?最近はバルフレアとファムランが一緒になる時があるの。」
「どんな時だ?」
「今ね、イーッって顔した時。」
「…かもな。」
「それとね、今、”おいで”って言ったとき。」
バルフレアはもう何も言わず、パンネロの前髪をかき上げて口唇を落とす。それから鼻のあたまにも。いきなり口唇にキスをすると、パンネロがびっくりするからだ。パンネロもバルフレアのキスを受け入れる準備が出来たのだろう、目を閉じて、そっと口唇をとがらせる。この時、バルフレアはいつも砂糖菓子を思い出す。
(しかも、極上のな…)
試しにひと舐めしてみる。ふるん、と柔らかくて弾力があって、そしてとても暖かい。もっと味わいたくて、バルフレアは深く口唇を合わせていった。

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