求婚の日。(FF12)

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バルフレアに連れられて来たのは、遠くに皇帝宮が見える街外れの小さな工房だった。その日1日、口数が少なかった恋人をを心配していたパンネロは、その意図が読めず、少し不安そうだ。
「…ここ、なに?」
「パンネロ。」
珍しげ工房の中を歩きまわり、大きなテーブルや、たくさんの棚、そして、何か大きな機械をはめ込まれるであろう、不自然に凹んだスペースを見ていたパンネロは、呼ばれてすぐにバルフレアの元にやってくる。
「…緊張してるの?」
パンネロは思わずバルフレアの手を取った。
バルフレアはそれに対して、なんの返事もしない。ただ、パンネロの顔を見つめ返し、すぐに目を伏せ、ぎこちない笑顔を作る。
「空賊稼業から、足を洗おうと思う。」
突然の告白に、パンネロはハッと息をのみ、バルフレアの顔を見上げた。目は澄んでいて、心が凪いでいるのがわかる。思いつきではなく、
「そっか…ずっと考えてたんだね……」
パンネロは自分の小さな手が包むバルフレアの手に目を落とした。長くて節ばった器用な指。
「最近、お部屋にこもって、何か作っていること、多かったものね。」
この工房は、機工士の仕事をしていくために準備したものだろう。こんなとき、何を言ってあげればいいのだろう?
「あのね、バルフレア?」
こんなこと、尋ねてもいいのだろうか。でも、口数の少ないバルフレアにパンネロはどうしようもない不安を感じてしまう。
「私……バルフレアが空賊じゃなくなっても、こいびと、だよ…ね?」
胸がドキドキする。心臓がぐっとその質量を増して小さな胸を圧迫し、気管をふさいで息が苦しくなった。バルフレアが空賊になったのは、ヴァンと似たような理由ではないかとパンネロは感じていた。父親との決別、自分の意志はいっさい無視され、勝手に敷かれたレール。そんなものへの反発と、空賊という自由の象徴が彼の中で結びついたのではないか。
パンネロが言ったとおり、最近のバルフレアは部屋にこもって何かを作ったり、技術者向けの本や雑誌をよく読んでいる。言葉や行動も落ち着きをみせてきて、そのせいでパンネロにはバルフレアが遠い存在に感じられて、不安でどうしようもなかったのだ。
バルフレアは静かに首を横に振った。
「もう、恋人じゃない。」
こんなときが来るなんて。楽しかった日々が思い出されて、涙が溢れてきた。パンネロは奥歯を噛みしめる。バルフレアが決めたことなら、どんなに辛くても受け止め、新しい道を歩こうとするなら応援しなくてはと思う。笑わなくては、と思うのにうまく笑えない。
ずっと大人だと思っていた恋人は実はとても子供っぽくて、そんなところとを「しょうがないなあ。」と思って見守ってきた。だけど、そんなところをとても愛していた。そうして、しょうがないな、と全てを受け入れていた自分を、もっと大きな翼で包んでいてくれていたのだ。でも、こうやって一人で考え、先に進む道を決めてしまって、取り残されてしまった自分はどうすればいいんだろう。
(ずっと一緒って…ずっと守るって…ずっと好きだって……)
どうやってこの気持ちを断ち切ればいい、忘れればいいのだろう?涙が溢れてきた。頭がガンガンして、まともに考えられない。
「パンネロ…?」
いつの間にか泣いていたパンネロに驚いたのか、バルフレアが驚いて顔を覗き込む。
「やだ、見ないで…」
パンネロはバルフレアを振りほどこうとする。
「ちゃんと笑ってお別れしたいのに……私、笑えないの……だから、ダメ……」
「お別れ?」
バルフレアは驚いて掴んでいたパンネロの手首を強く握る。
「どういうことだ?」
「だって…もう、恋人じゃないんでしょ?それって……」
笑うどころか、パンネロの顔は涙でくしゃくしゃだ。
「どうして…なの?私、もういらないの…?」
健気な決意とうらはらに問い詰めてしまう。そんな自分が嫌なのに、言葉を止めることができない。
「待て…いや、俺が悪かった……」
「悪かったなんて言わないで!」
「そうじゃない!」
語尾を強くし、パンネロは驚いて肩をすくめる。
「…すまん、俺が焦りすぎた…言い方が悪かっただけだ。だが誤解だ!」
パンネロは涙がついたまつ毛をぱちぱちを瞬かせる。
「…誤解?違うの?」
しゃくりをあげるパンネロの涙を、バルフレアはハンカチを取り出して拭いてやる。そして、改めてパンネロを正面から見据えると、
「確かに、恋人じゃなくなるけど、そういう意味じゃない。」
バルフレアは腰から下がっているホルスターから小さな箱を取り出した。
「何年かぶりに、家に顔を出した。これを取りにいくためにな。」
パンネロが箱を開けてみると、美しく輝く大きな透明の石と、それを小さいサイズの同じ石がぐるりと取り囲んだ、きらびやかな指輪が入っていた。石の中で閉じ込められた光が乱反射し、それ自体が星のように輝いている。豪華な石をふんだんに使った、だが、質の良い石を活かした、とても上品なデザインのものだった。
「おふくろの形見だ。お前に、もらって欲しい。」
バルフレアはパンネロからそっと箱をとると、指輪をとって、左手の薬指につけてやった。
「むしろ、俺の方が不安だった。お前がついてきてくれるかってな。」
バルフレアはパンネロの前にひざまずいた。
「ここから歩いてすぐの所に家を買った。小さな家だ。」
「箱庭みたいな?」
「ちゃんと周りに花を植えた。」
「バルフレアが?」
「俺と、お前の家だからな。」
バルフレアはパンネロの手を取ると、甲にくちづけた。
「パンネロ、俺がこの言葉を言うのはお前だけだ。そして、これからも言うつもりはない。」
真剣な表情に、パンネロはたじろいでしまう。確かに毎日プロポーズして、とは言ったが、まさかこんなに早くと思っていなかったのだ。
「バルフレア、私、私……」
以前の発作的なプロポーズのときは焦るバルフレアに落ち着いていたパンネロのペースだったが、ここまでお膳立てをされてしまっては、パンネロはただの女の子だ。打つ手もなく、照れて、うろたえるしかできない。そわそわと周りと見渡し、声をかけたら悲鳴を上げて逃げ出しそうだ。
「逃げないでくれ。」
真剣な顔で言われ、パンネロは赤くなって俯いてしまう。
「逃がすつもりもないが。お前が自分で言ったんだ。毎日でもってな。」
さっきまで別れの予感で心が凍ってしまっていたのが、それは一瞬で溶けてしまい、もうくつくつと煮立っている。バルフレアの強い意思をこめた視線がどうしてだか正視できなくて、下を向いてしまいたいのに、向いた先にバルフレアの顔があって目を逸らすことができない。
「結婚しよう。2人で会ったあと、お前を送っていうのはもう止めだ。一晩中、いや、これからずっと一緒だ。」
「ずっと……一緒……」
その言葉がよっぽどうれしかったのか、パンネロは屈むと、バルフレアの首にしがみついた。
「ちゃんとしたプロポーズだね。」
「うれしいか?」
「うれしい!」
「返事は?」
「私、お嫁さんになるの?」
「俺の、な?嫌か?」
「バルフレア……」
パンネロはバルフレアの額に自分のを当て、
「ねぇ、うれしいの。心臓がボールみたいにぽんぽん跳ねてるの。でも、どうやってお返事すればいいの?」
「さあな。」
「だって…一生の思い出だもの。バルフレアみたいに素敵に言いたいの。でも、思いつかないの。」
「俺がどんなに言葉を飾っても、お前の“大好き”には敵わない。」
バルフレアすぐ傍にある、喜びと興奮で少し震えているパンネロの唇に、触れるだけのキスをした。
「だが、お前が言ったように、俺も言葉が欲しい。飾らなくていい。お前の言葉だ。」
恥ずかしさと興奮でそわそわと落ち着かなかったパンネロだが、バルフレアの言葉に大きく息を吸い込んで目を閉じた。一生懸命返事を考えているようだ。
「私、ずっと思ってたの。いつか大好きなバルフレアのお嫁さんになって。」
そうして、閉じられていた瞳をゆっくりと開いた。はにかんで、上気した頬のまま微笑む。
「バルフレア、大好き。ありがとう。私ね、とてもうれしい。えっと……私を、バルフレアの奥さんにしてください……」
「喜んで。」
バルフレアは「よく言えました。」とばかりにパンネロにキスを与える。
「でも、いいの?バルフレア…」
「なにがだ?」
「空賊、やめちゃうの。バルフレア、シュトラールから見た星空が好きっていつも言ってたのに。」
「お前と一緒なら、夜でも眩しいこの街でも、俺は夜空に満天の星を描くことができる。お前と一緒なら。」
パンネロはバルフレアにぎゅっとしがみつく。
「バルフレア、私、いい奥さんになる。」
「今のままで十分だ。」
「お掃除も、お洗濯も。あと、お料理も!」
料理、と聞いてバルフレアは身体を固くしたのだが、幸せいっぱいのパンネロがそれに気付くことはなく、
「朝ごはんも、お昼も夜も!がんばって作るからね!」
と、うれしそうに宣言し、バルフレアを大いに慄かせたのだった。
おわり。
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フォロワーさんが30歳のバルフレアの絵を描かれたときから、彼はそれくらいの年齢になったら空賊から足を洗って機工士として帝都に工房とかもったりして、という妄想と、プロポーズ妄想と、たまたま聴いた、恋人からさよならを告げられた女の子の歌と足して作ったお話です。書いてて照れました。ポルノ書くより照れました。

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