あのひとは誰?(FF12)

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パンネロがそのハンカチのことを思い出したのは、オンドール侯という人のお屋敷に連れて行かれたあとのことだった。
(あの怖い執政官の弟さん、なんだ……)
自分を保護してくれた高貴で賢そうな少年と話し、ヴァンが無事だと教えてもらい、ようやく安心することができた。
理由もわからず誘拐されたり、思いがけず高貴な人と知り合いになってしまったり、孤児である自分の周りがこんなに騒がしくなったことに、未だに戸惑ってはいる。が、立派な客室を与えられ、シャワーを浴び、家族を失う前の、いや、その時よりも大きなベッドに横たわり、ヴァンが連れて行かれてしまった時のことを思い出す余裕がやっとできた。
その時、不意に何故自分が誘拐されたのかを理解した。
パンネロはベッドから跳ね起き、飛び降りると裸足のままクロゼットに駆け寄って、扉を両手で勢い良く開いた。そこにかけてある自分の服のポケットに入っていたハンカチを取り出した。
“ヴァンさんは、バルフレアと呼ばれる空賊とその相棒のヴィエラ、そして…何故か死んだはずの、バッシュ・フォン・ローゼンバーグ将軍と一緒でした。”
ラーサーの言葉を思い出し、パンネロは自分にハンカチを渡した人物の名前を、初めて知ったのだった。あの時は、ヴァンが行ってしまう、一人になってしまう、その恐怖と悲しみでいっぱいで、どうしてそのバルフレアという空賊が自分にハンカチを渡したのかわからなかった。と、いうより、あまり思い出していなかったのだが。
だが、ヴァンの無事を知って、心に少しだが余裕が生まれてきた。そして、ハンカチの主を思い出したことで、自分が彼と知り合いだと、しかも女たらしとバッガモナン達が言っていたことを思い出し、彼と関係がある風に勘違いされ、それが原因でさらわれたのだと理解したのだ。
「私が……あの人と……?」
パンネロは、どうしてだか笑ってしまった。自分みたいな子どもを相手にされるはずがないと、少し考えればわかるだろうに。
(あんな大人の人と?)
実は、あまり顔は思い出せないでいた。でも、とても高そうな服を着ていたのを覚えている。
(水路を通ってきたから、汚れてたけど。)
パンネロはそのハンカチを胸に抱いて、つま先だって、足を交差させるようなステップを踏み、最後にはバスローブの裾をふわりと広げてくるりと回ると、ベッドの上にぱふん、と座った。このハンカチが原因で誘拐されてしまったのに、恋人と勘違いされたのがくすぐったくて、クスクスと笑う。
「これで“涙を拭いて、待っててください”ってことかな?」
しばらく会えない恋人同士のお別れみたいだ。大人の恋人たちは、こんな風に別れを惜しむのだろうか?“どうしてあなたを愛してしまったの、私を悲しませないで、さよならなんて言わないで”そんな歌を口ずさむ。
「ふふ。素敵!」
パンネロはハンカチを広げ、もう一度胸に大切に抱くと、そのまま仰向けになった。自分とヴァンも大人になったら、そんな風にしばしの別れを惜しんだりするんだろうか。
「無理無理!私と……ヴァンは……」
小さい頃からずっと一緒だし、そんな気取ったことをヴァンがするはずもないし、されたとしても、逆にパンネロも恥ずかしいし。
(まだ、恋人じゃ……ないし……)
切ない気持ちをごまかすために、疑問をわざと声に出して言ってみる。
「でも、どうしてあの人……バルフレアさん?は、私にハンカチをくれたのかな。」
ヴァンを連れて帰ると言っていた。それまで心配しないようにと言いたかったのだろうか?いつの間にヴァンはあんな人と知り合いになったのだろう?そこまで考えた至ったところで、パンネロは再び跳ね起きた。
(違う……!)
あの時、ヴァンに駆け寄ろうとした自分の前に帝国兵が立ちはだかり、その兵士は剣に手をかけていたのではなかったか。思い出した途端、血の気が引いた。もし、あそこでバルフレアが間に入ってくれてなかったら、自分は間違いなくあそこで切り捨てられていたのだ。
「命の……恩人だったんだ……」
パンネロは再びベッドから飛び降りると、バスルームに駆け込んだ。洗面台に湯をはり、良い香りがする石鹸を溶かし、そのハンカチをその中に丁寧に浸した。女性が持つものと比べ、大きいのだが、手触りの良さから素材の良さがうかがえた。それを傷めないように丁寧に洗い、タオルで挟んで丁寧に水気をとって、シワを伸ばしてバスルームのハンガーにかけて干した。
「……会ったら、お礼を言わなくっちゃ。」
少しホッとして、洗ったハンカチを眺める。でも、同時に、がっかりしている自分がいた。
「……あんな渡され方されると……勘違いしちゃうよね……」
きっと、女の人にはみんな、あんな風に気取って優しくするのだろうな、とパンネロは思って、頭を慌てて横に振った。勢い良くお下げが跳ねた。
「……私が、勝手にそう思っただけ、だよね。」
そう言い聞かせると、バスルームの灯りを消して扉を閉める。ラーサーさまはすぐに会えると仰ってたけど、ヴァンと無事に会えるのはいつだろう。死んだはずのローゼンバーグ将軍も一緒だと言っていた。レックスのことを思い出して悲しんでいないだろうか。そのときパンネロが考えるのは、ヴァンのことばかりだった。
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つづくかも。