クラウドの風邪(FF7/R18)

この記事を読むのに必要な時間は約 11 分です。

いつもの時間に一度目が覚めたけど、起き上がると頭も身体も重く感じて、おまけに起き上がった途端に嫌な咳が出て。
クラウドは諦めて体をもう一度横たえた。
静かにドアが開いて、ティファがそっと部屋の中に入って来た。
「ティファ?」
「起きてたの?」
ティファはベッドの傍らに膝をつくと、クラウドの背中を優しく撫でた。
「今日は休む?」
クラウドが素直に頷いたのでティファはホッと胸を撫で下ろした。
咳がおさまると、首に巻いてあったタオルを外し、中の薬草を新しい物に取り替えてくれる。
「何か食べられそう?」
クラウドは黙って頭を横に振る。
ティファはその額にそっと手を載せると、
「果物ならどう?何かお腹に入れないと。」
自分を気遣う表情、静かな優しい声。すぐ近くにティファの体温を感じる。
「食べないとダメか?」
「そうね。」
クラウドが渋々頷く。
そんな様子がティファにはなんだか子供っぽく思えて、微笑ましい気持ちになる。
どうやら風邪という病はクラウドの様な頑強な男ですら子供にしてしまうらしい。
ティファは優しくクラウドの胸元をぽんぽん、と叩く。昨夜から何度も繰り返された動作だ。
「そのあと、お薬もね。」
そう言って立ち上がると、クラウドが熱で潤んだ目でティファを見上げている。
(もう、なんて可愛いのかしら。)
クラウドの看病は初めてではないが、あの時は事態はもっと深刻で、クラウドが元に戻る保証なんてどこにもなかった。
その時と比べると、風邪を甘く見るつもりはないのだが、それでも子供のようなクラウドを看病するのはなんだかくすぐったくて。
ティファは思わずクラウドの傍にもう一度屈むと、頬に手を添え、その顔を覗き込む。
「すぐに戻るから。」
すぐに子ども扱いしてクラウドが気を悪くしたのではないかと焦ったが、当のクラウドも素直に頷いて。
ティファはさっきの感動をもう一度しみじみと味わい、こんな時にと思いつつ、気持ちが浮き立つのを抑えられないでいた。
***********
昼前に医者が往診に来て、
「突いても刺しても死なない男だから大丈夫だろ。」
と、二人にとっては笑えない冗談を言って、注射を一本打って帰って行った。
注射のお陰か、咳はまだしつこく残っていたが、クラウドの熱はだいぶ下がり、傍目にも良くなっているのが分かった。
なのに、ティファは何故かせっせとクラウドの世話を焼き、クラウドも大人しくそれに従っている、というよりむしろティファに甘えているようでもある。
子供たちはその様子を滑稽に感じつつ、それでもマリンは何かを察したようで、
「二人とも、普段から素直じゃないからああなるの。」
と、分かった風なことを言って、デンゼルをますます混乱させていた。
夕飯も、自分の分も食べ終わらない内に「食欲が出た。」と言い出したクラウドのために中断して、いそいそとスープを運ぶ。
「一緒に食べればいいのに。」
と、不満げなデンゼル。
珍しく家に居るクラウドと話したいのに、ティファが独り占めしているように思えるのだ。
マリンは涼しい顔をして自分の分を食べてしまうと、
「今日は邪魔しちゃダメよ。」
と、デンゼルに早く食べてしまうように促す。
見透かされたようで腑に落ちないデンゼルだが、渋々スプーンを口に運んだ。
「大丈夫、クラウドは明日もきっとお休みするから。」
マリンは自分の食べた分の食器をキッチンに運びながら、さらりと言ってのける。
「え?」
驚くデンゼルを尻目に、マリンは電話を手に取ると、次々と顧客達に電話をし、キャンセルの旨を伝えていく。
デンゼルは目を丸くしてそれを見ていたが、理由がさっぱり分からない。何故なのかを聞きたいけど、マリンが分かることが自分には分からないのが悔しくて、デンゼルは食事の残りを一人で黙々と食べ続けた。
***********
ベッドの上でスープを口に運ぶクラウドを、ティファは椅子に座って眺める。
クラウドも、もう傍に居る必要はないと言わない。
言葉は少ないが、二人の間の空気が穏やかに満ち足りていて、クラウドは昨日の帰りに熱と悪寒でで何度も倒れそうになったことすらも忘れてしまいそうになる。
「ごちそうさま、旨かった。」
食べ終わった皿を受け取り、ティファがうれしそうに微笑む。
「本当?」
「ああ。昨日は味が分からなかった。」
「熱が下がったんだね。」
この調子なら明日は仕事に行けそうだが、クラウドもティファも今はその話には触れたくなくて。
「お薬、飲まなくちゃね。」
ティファは水差しからコップに水を注ぐと、クラウドに手渡す。
薬は丁寧に包装紙から出してから渡した。
クラウドは受け取った薬を見て、小さくため息を吐きた。
どうやら薬は本当に苦手らしく、口に放り込むと、コップの水を飲み干した。
(そう言えば、注射の時も嫌そうにしてたっけ…)
そんなティファに気付いて、クラウドが少し気まずそうに笑う。
ティファも微笑む。
些細な事だが気持ちが通じるのがうれしい。
「汗かいたから、着替えなくちゃね。」
着替えを取りに立ち上がったティファに、クラウドは意を決して伝える。
「明日は、仕事に行けそうだ。」
クラウドの言葉にティファはほんの一瞬目を伏せ、そしてすぐに笑顔になり、
「うん、そうだね。」
とだけ答えて部屋を出た。
(やだな、私ったら…)
クラウドと一緒に居られる時間があまりにも幸せ過ぎて、
(もうちょっと休んでもいいのに…なんて思っちゃった…)
そして、次に休みの日はいつかと考え、今日のキャンセル分をフォローする為に忙しくなるだろうから当分休みはとられそうにない事に気付き、
(仕方…ないよね。)
クラウドが仕事となると、明日の朝食の準備と、子供たちを風呂に入れて寝かせて、それから更に店の仕込みもしないといけない。
今日という蜜月が終わってしうのを少し寂しく思いながら、ティファはなんとか気持ちを切り替えると、クラウドを着替えさせ、子供たちを寝かせ、残りは明日の料理の仕込みだけ…という所に来て、クラウドの部屋から咳が聞こえてきた。
ティファは手に持っていた野菜を放り投げるようにして置くと、急いで階段を上る。
分かっているのだ。クラウドの風邪はもう治りかけているのだ。
(でも、今夜だけ…)
と、自分に言い聞かせて、クラウドの部屋のドアをノックする。
「ティファ?」
中から返事があったのでドアを開ける。
ティファはベッドに駆け寄ると、クラウドの顔を覗き込んだ。
「咳はなかなか治らないね。」
そう言って、背中をさすってやろうと手を伸ばした所でその手を掴まれた。
かと思うと、いつの間にか半身を起こしていたクラウドに身体ごと引き寄せられ、気がつけば彼の腕の中に居た。
「…クラウド?」
驚いたティファが何かを言いかけた途端に唇が塞がれた。
ティファは何が起こったのか分からず、目を閉じるのも忘れて間近にあるクラウドの顔をまじまじと見つめた。
話を少し戻して。
着替えを持って来てから、ティファがあまり部屋に来なくなった。
きっと明日の準備や子供たちの世話で忙しいのだろう。
だが、今日一日ティファに甘やかされた身には堪える。
バカな考えを追いやる為に眠ろうとするのだが、昼間、熱と薬でうとうとしてしまい、それもできない。
明日の仕事の事を考えてうんざりしてしまい、次の休みはいつだと指折り数える。もう少しだけティファに甘えていたいなんて言ったら、子供みたいだとティファは笑うだろうか。
(いや…)
笑われてもいいから、今夜はずっと傍にいて欲しい。
思いがそこに行き着いた所で、おさまっていた咳が出た。
ティファは来てくれるだろうかと扉の方をを見ていたら、すぐに階段を上って来る足音が聞こえた。
咳をする度に背中を撫でてくれたが、もうしてくれなかったらどうしようか、なんて不安に思っていたらティファはちゃんと手を伸ばしてくれた。
ティファの優しさに胸がしめつけられた様で、クラウドはもう何も考えられず、ティファを抱きしめてその唇を奪った。
最初は驚いて硬直していたティファだが、すぐに拒むように首を振り、身体を離そうとする。クラウドは片方の腕でティファをしっかりと抱きしめ、空いた手を頬に添えて逃げられないように押さえ、もう一度キスをした。
ティファを驚かせないように啄ばむ様に優しく、何度も。
徐々にティファの身体から力が抜けていくのが分かる。クラウドのパジャマをきゅっと握り締めているのがかわいい。
クラウドはティファをそっと横たえる。意気込みとは裏腹な行動が自分でももどかしい。
「クラウド、風邪は…」
「もう治った。」
あまりにもきっぱりと言い切ったので、ティファは思わず吹き出してしまう。
笑われてもいい、という意気込みがここであっさり挫けそうになったが、ティファが優しく背中に腕を回してくれて、
「でも、良かった。」
「ティファ…」
「私…今日一日、クラウドとずっと一緒に過ごせてうれしかったの。ごめんね、クラウドは風邪で辛いのに。」
クラウドは慌てて首を振る。
「俺も…」
「ん?」
「ティファと同じだ…風邪が…治らなければいいと思ってた…ティファは忙しいのに、ずっと傍に居て、看病してくれたら…そう思っていた。」
クラウドはうれしそうにティファに囁く。ティファが自分と同じ様に思っていてくれた事が余程うれしかったのか、子犬がじゃれるみたいに何度もティファの耳たぶを噛む。
ティファはくすぐったくて、くすくすと笑う。
クラウドはティファの服のファスナーを下ろした。ティファはそれを助けるように身体を浮かせ、袖から腕を抜く。
クラウドの体温はまだ高くて、逞しい胸に包まれるとティファはとても安らいだ気持ちになる。
顔中に降って来るクラウドの唇が乾いているので、唇と唇が触れ合った瞬間にティファは舌でぺろりと舐めると、クラウドは驚いて顔を離し、そして目を細めて愛おしそうにティファを見、唇を深く合わせた。

1 2 3