クラウドの風邪(FF7/R18)

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目の前にある朝食は湯気を立て、とても旨そうだ。
少し肌寒い朝。
それに合わせたのか具沢山の温かいスープは、今日は遠出をするクラウドの身を気遣っている事が伺える。
だが、どうしてだか手が動かない。
スプーンを手にしたままぼんやりとスープを眺める。
よく焼かれたベーコンエッグとトーストを持って来たティファはクラウドの様子がおかしいのにすぐに気が付いた。
「どうしたの?」
声を掛けられて、クラウドはぼんやりとティファを見上げる。
「いや……」
なんでもない、と言いかけて、クラウドは漸く体調がいつもと違う事に気が付いた。
「食欲が、ない。」
言われてみると、朝から調子が悪かった。身体が重くて、着替えすら億劫で。
ティファは驚いて、手に持った料理をテーブルに置くと、クラウドの額に手を当てた。
「熱があるわ。」
「大丈夫だ。大した事は無い。」
そうは言っても、性質の悪い風が流行っていると聴く。
まずは食欲が落ちて、高熱が出る。
当たり前の事だが、大事を取って、早く休めば大した事は無い。
クラウドは何か言いた気なティファに笑いかけると、
「荷物を運んだらすぐに戻る。」
それでも、ティファの眉がハの字になっていくので、クラウドは慌てて一旦置いたスプーンをもう一度手に取ると、スープを掬って口元に運ぶ。
微かに香辛料の刺激が舌の上に残るが、味がしない。
ティファは救急箱をひっくり返し、何やら箱を取り出しては裏面の説明書を読んでいる。
「薬は…眠くなっちゃうと危ないよね?」
「心配し過ぎだ。」
なんとかスープだけを流し込むと、クラウドは席を立った。
「具合が悪くなればすぐに連絡する。」
「本当に?」
手袋をしながら扉を開け、店の外に出たクラウドの後をティファは子供の様に追いかける。
いつも笑顔で見送ってくれるティファが、上手く言葉が見つけられないのか、黙ってクラウドを見つめている。
クラウドはもう一度ティファに笑いかける。
「俺よりも、ティファの方が気がかりだな。」
そう言われてティファは無理に笑顔を見せる。
「そうね。熱がある人に心配させちゃダメね。」
クラウドはゴーグルをすると、
「でも、心配されるのは良いな。」
「うん。」
ティファが頷く。
クラウドがエンジンをかけると、やはり不安がこみ上げてくるのだろう、
「本当に、無茶しないでね?」
クラウドはティファに軽く手を振ると、轟音を響かせ、何処かへ走り去って行った。
**************
午前中はなんとかやり過ごした。
午後は、気が付くと時計と電話を交互に眺めていた。
夜になると忙しくてそんな暇はなくなったけど、いつクラウドが戻るだろうと常に耳をすませていた。
なのに、閉店時間が迫っているのにクラウドが帰って来ない。
ティファがもう我慢の限界だと電話を手に取った所で、やっと外から聞き慣れたエンジンの音が聞こえてきた。
「クラウド!」
ティファが外に飛び出すと、クラウドがエンジンを停め、フェンリルから下りる所だった。
無事に帰って来た事にホッとして、ティファが駆け寄るろうとすると、クラウドの身体が急にぐらり、と傾いで倒れそうになる。
「クラウド!大丈夫?」
ティファの声に、クラウドは慌ててハンドルを掴んで持ち直す。
見ると、クラウドは肩で息をしている。
「歩ける?」
「…なんとかな。」
「すぐにベッドに行って。着替えと薬を持って行くわ。」
「フェンリルが…」
「私がガレージに入れておくから。」
「子供達は…」
「もう寝てるわ。心配しないで。」
こういう場面になるとティファはやはり強い。
フラつきながらもクラウドが店の中に入るのを見届けると、フェンリルを押して店の裏手にある車庫の中に停め直した。
店に戻ると、電話の横にある配達伝票の束を繰り、明日の配達をキャンセルを伝える。
幸い顔見知りばかりなので、逆にクラウドを気遣ってくれたのがありがたかった。
ティファは肩と顎で受話器を器用に挟み、客と話しながら手際良く薬を用意し、ブランデー入りのホットミルクを用意する。
最後の客に電話し終えた所で薬と湯気のたったマグカップを持って階段を上る。
クラウドの部屋からは咳をするのが聞こえて来たのに眉を顰めた。
「クラウド、大丈夫?」
テーブルに薬とミルクの載ったトレイを置く。
クラウドは服のままベッドに横になっていたが、ティファが来たので気怠そうに身体を起こした。
「薬の前にこれだけは飲んでね。飲めそう?」
クラウドは手袋を外すと、ティファからカップを受け取って口を付ける。
「ブランデーだ。」
「身体があったまるの。その後で薬ね。」
「…苦いのか?」
「カプセルよ。」
クラウドが笑ったので、ティファは思ったよりもひどくないのかと少しだけ安心する。が、途端にクラウドが激しく咳き込んだので驚いてカップを取り、背中をさすってやる。
「大丈夫だ。慌てて飲んだからむせただけだ。」
「クラウド、無理しないで。」
ティファは着替えを手伝ってやり、薬を手渡す。
(もう、“薬が苦いか”なんて、普段言わないような事、言って…)
さっき笑ったのも、ティファに心配かけまいとしたのだろう。
モンスターにやられたダメージと病気とは違う。回復にはアイテムや魔法ではなく、休息と薬が必要だ。
「明日の仕事、キャンセルしてもらったからゆっくり休んで。」
クラウドは何か言いたげだったが、ティファはそれ以上言わせまいと、部屋の灯りを消して出て行ってしまった。
暗くなった部屋でクラウドは大きなため息を吐いた。
(情けないな…)
キャンセルの電話も、放っておくと無理してでも仕事に出ようとする自分の事をよく知っているからこそなのだろう。情けないと思いつつも、熱で頭がぼうっとするし、喉が腫れて唾を飲み込むのすら痛い。
何よりもこの咳だ。
再び激しく咳き込むと、すぐに扉が開いてティファがぶ厚い毛布を抱えて部屋に入って来た。
「温かくしてね。明日、お医者様に来てもらうから。」
「大げさだな、明日には治っている。」
「はいはい。」
「仕事にも行ける。」
ティファは答えず、クラウドの首に柔らかいタオルを巻いた。スーっと清涼感のある匂いがする。
「咳に効くハーブが入ってるの。この前、デンゼルが風邪を引いた時に採って来ておいたのが残っていて良かったわ。」
ティファは優しくクラウドの胸元をぽんぽん、と叩き、クラウドの顔を覗き込んだ。
この体勢は、なんだか病気の子供に言い聞かせる母親のようで、なんだか恥ずかしい。
「もし熱が下がらなかったら却ってご迷惑でしょ?」
クラウドは不満げにティファを見上げる。
ティファの言う事は尤もなのだが、このポジションだと、我が儘も甘えも許される様な気がして。
「もし明日仕事に行けそうなら、お客さまの所に直接行けば良いでしょ?無理して大事な荷物に傷でもつけたら大変よ。」
ティファの顔が近い。今の自分の顔はきっと赤くなっているのだと思うとクラウドは慌てたが、そして部屋が暗いから分かりっこないと少し安心して、
「…分かった。」
薄暗がりの中でもティファが笑ったのが分かった。
「何か欲しいものある?お水は?」
「いや、何もいらない。」
ティファはそう?と立ち上がり、クラウドにゆっくり休む様に言い、背を向けた。
その途端、クラウドは思わずティファの服の裾を掴んでいた。
ティファが驚いて振り返る。
「なぁに?やっぱりお水?」
違う、と言いかけて、クラウドは自分が何故こんな事をしたのか分からず、口籠る。
「…あぁ。」
「すぐに持ってくるね。」
「すまない。」
ティファなすぐに水差しに水を入れて持って来てくれた。クラウドが身体を起こすのを手伝い、コップに水を入れて手渡す。
クラウドは理不尽な我が儘でティファを困らせている様な気がしていたたまれない。それをごまかすように、水を飲み干した。
部屋からティファが出て行こうとすると、突然心細くなってしまったのだ。クラウドは軽く頭を振って、そんな考えを頭の中から追い出すと、
「もう大丈夫だ。ティファも休んでくれ。」
「クラウド、気を遣わなくていいのよ。風邪の時くらい甘えてくれない?」
かと言って、“ずっと傍に居てくれて”などとクラウドに言えるわけもなく。
身体を横にすると、ティファが胸元まで毛布を掛けてくれた。さっきと同じ様に胸元をぽんぽん、と叩く。
「いつも甘えてる。」
「そんなことないよ。」
ティファがくすくすと笑う。
しかし、自分が傍に居てはクラウドが却って休めないだろうと立ち上がり、
「明日は思い切り寝坊してね。」
そう言ってドアを閉めた。
残されたクラウドは奇妙な寂しさを持て余してごろりと寝返り打ち、その内に熱と疲れで目蓋がすぐに重くなり、うとうとし始めた。
すると、喉に何かが引っかかる様な、あの嫌な感じがして、激しく咳き込んだ。
(咳なんかしていたら、きっとティファが飛んで来るに決まってる。)
と枕に顔を押し付けて咳をする。
案の定、ティファはすぐにやって来てくれて、背中を優しくさすってくれた。
ティファが来てくれたのがうれしいのと申し訳ないので、クラウドは顔を上げる事が出来ない。
「ティファ、俺は子供じゃないから…」
「シャワーを浴びようと思ってたまたま前を通りかかっただけよ。それに、ね、風邪の時って背中をさすって貰うとホッとしない?」
確かに、ティファの温かな手が背中に気持ち良い。
「ティファのお陰で、本当に明日には治っていそうだ。」
「だと良いんだけど。」
咳が治まると、クラウドはすぐにまどろんだ。
咳き込んで目が覚める度に、すぐに優しい手が背中を撫でてくれた。体調はひどいが、なんだかとても満たされて気分だった。

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