バルフレアのやきもち。その2(FF12)

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その間にパンネロは窓際にとって返し、衣装を抱えて再びバルフレアの前に立った。寝起きの悪さ故の物憂げな様子にお構いなしにパンネロは興奮を隠しきれず、矢継ぎ早にバルフレアに質問をぶつけていく。

「これ!できてるの!!とっても素敵!!」

眼の前にパンネロが立っているのに声が聞こえてこない。いや、聞こえているのだが、聴覚と意識を繋ぐ線が混線している感じだ。バルフレアは首を左に傾け、右に傾け、軽く回す。と、やっと頭の働きがまともになってきたのを感じた。

「……パンネロ。」

はしゃぐパンネロを一旦制すると、隣に座るように促す。
バルフレアの寝起きの悪さをやっと思い出したパンネロ、大人しく隣に座る。

「……すまん…それで、なんだって?」
「大きな声を出してごめんなさい。」

しゅんとしてパンネロがうなだれる。

「いいんだ。いや、悪い、俺もいつの間にか寝ちまってたんだな。」

バルフレアの答えにパンネロは少し笑う。起きたばかりのバルフレアの、ちょっとろれつが回らないような喋り方はパンネロのお気に入りだ。そんなバルフレアの様子を見てパンネロも落ち着きを取り戻した。まだ半分夢の中にいるバルフレアに伝わるようにとゆっくりと話す。

「ね、バルフレア、私が起きたら衣装が出来上がってたの。しかもこんなに素敵に!」

パンネロは衣装を広げ、自分の体に合わせて見せる。そして、やはり喜びを隠しきれず、衣装をギュッと抱きしめる。

「そんなに強く抱きしめるなら、衣装じゃなくて俺にしてもらいたいもんだ。」
「ね、バルフレアでしょう?すごいのね!初めてでしょ?お裁縫もできるの?」
「俺が?まさか。」

足を組み、そこに肘をつき、バルフレアはパンネロに笑い返す。

「針なんざ生まれてこの方、持ったこともないな。」
「嘘。じゃあ誰が?」
「さぁな。俺たちが寝たる間に小人でも来たんだろうさ、砂漠の国の、健気な踊り子のためにな。」

なかなか本当のことを言わないバルフレアにパンネロはなんだかうずうずしている。なんとか白状させたいけれど、バルフレア風に言うとそれは「野暮」になるのだろうか?
バルフレアは手を伸ばし、パンネロの頬に手のひらを当てると、

「あんまりきつく持つと、花が潰れちまうぞ。」
「やっぱり。お花の飾りのこと知ってる。」
「違うって言ってるだろ?」
「もう!」

パンネロが頬を膨らませると、当てられてた大きな手で軽く頬をつままれた。手の動きがいつもより緩慢だ。まだ眠そうなのにパンネロが投げかけてくる言葉をのらりくらりと躱すのがにくらしい。

(でも……)

まるで奇跡のようだ。あんなにも自分を悩ませていた難題が、目が覚めたら解決しているなんて。

「ねぇ、バルフレア。私、お手伝いをしてくれた小人さん達にお礼をしたいの。どうしたらいいかな?」
「手紙を書くといい。パンネロみたいにかわいい女の子からの手紙だったら喜ぶ。」
「書いて、どうするの?どうやって渡すの?」
「俺が届けておく。」

バルフレアは話を切り上げるように立ち上がると、

「朝飯を食いに行こう。昨日の夕飯は食べそこねただろう?」

これ以上パンネロに追求されないようにしているのだろうか、顔を見られないようにわざとらしく伸びをする。
その様子にパンネロも小人の正体を明らかにするのをあきらめることにする。プライドの高いバルフレアのことだ、針を持って縫い物をしていたことを悟られたくないのだろう。

「その前に、シャワーでしょ?バルフレアの着替え、フランから預かってるの。」
「そいつはありがたいな。」

バルフレアはパンネロの額にキスをすると、着替えを受け取ってシャワールームに消えて行った。
やがて水音が聞こえてくると、パンネロは改めて衣装を手にとった。機工士というのはよっぽど手先が器用なのだろうか、きれいに揃った縫い目、凝った技巧の手法を難なくこなし、しかもパンネロの計算では完成まであと3日はかかると思っていた工程をたった一晩とは。

「バルフレア、空賊や機工士よりもクラフターとか、裁縫士の方が向いてるんじゃないかしら。」

ちょっと自信をなくしてしまうパンネロだったが、あの人が特別なのだと自分に言い聞かせると、バルフレアのためのタオルや整髪料を持ってシャワールームに向かったのだった。


シャワーを浴びてさっぱりすると、バルフレアはバルフレアで「やっちまった」と頭を抱えた。つい興が乗って縫い物なぞに手を出してしまったがあとの祭りだ。あまりにも自分らしからぬことをしてしまい、朝になって正気に戻ったといったところだ。咄嗟に「小人の仕業」などと軽口でごまかし、機微を察したのか、パンネロもそれ以上追求することはなかったのがありがたい。
それに、気恥ずかしさだけではない。

(パンネロが…自信をなくさなきゃいいが。)

明らかに自分の方が手も早く、しかもきれいに仕上げていたと思う。そのことがパンネロを傷つけていないだろうかと気になったのだ。
パンネロが外から呼ぶ声に我に返ると、気恥ずかしさから咄嗟に出た「小人説」だったが、これはこれで良かったのだとバルフレアは自分に言い聞かせた。

しかし、バルフレアの心配はシャワールームを出た瞬間から吹っ飛んでしまった。身支度を手伝うかゆいところに手が届くアテンドぶりは、縫い物なんてパンネロの女性らしさのほんの一部でしかないのだとつくづく思う。
着替えを済ませ、街に出る。
衣装制作のプレッシャーから解放されたパンネロは、いつもの朗らかさを取り戻し、朝食を食べる店を探して街を歩く間もよく喋り、コロコロとよく笑った。

「バ……(コホン)、小人さんのお陰で踊りの練習に集中できそう!お礼のお手紙、なんて書こうかな。」
「いい踊りを見せればいい。それで十分だ。きっと観に来てくれるさ。」
「そう!そうなの!ね、バルフレア、バルフレアは観に来てくれるの?」

笑顔で尋ねられ、一瞬どう返事しようか言葉に詰まったのだが、

「ああ、もちろんだ。」

大切な恋人が衆人の前で踊ることに、もはや何の杞憂もなかった。なぜなら、パンネロが着る衣装は自分の手も入ったものだからだ。そのことでパンネロの衣装は世の男どもの視線を全てはじき返す防具となったのだ。
それだけではない。観るならば会場のこの辺りで柱の陰に絶対に隠れないように、などとバルフレアに指示を出し、

「そこなら舞台からもよく見えるの。私、バルフレアを見つけるから!踊りの途中で私が耳を触ったら、それはバルフレアにだけの合図なの。見つけたよ!って。」

と、ヒロイン自ら特別扱いをしてくれるのだ。

「ねぇ、バルフレア、でも、このお話ってヘンよね。」
「んん?」

パンネロが唐突に言い出したのに、思わずバルフレアは体を屈め、パンネロの口元に耳を寄せた。

「バルフレアも知ってるって言ってたでしょ?あの踊りのお話。女の人から服を盗むとか、肌を見られたら結婚しなくちゃいけないとか、そんなのおかしいって思わない?」

その言葉を聞いたときのバルフレアの心境は、たとえばシュトラールから見た虹とか、たとえば雲の間からさした光とか。頬を優しく撫でる風がすーっと通り抜ける感覚。

「ああ、最高だ。」
「えぇ?あのお話が?」
「そうじゃない、そうじゃないんだ。」

なぜだか笑い始め、その理由を教えてくれないバルフレアに、パンネロは首を傾げるばかりだった。

おわり。

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