恋人の呼び方(FFRK/FF7/DdFF)

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(ライト、どうしたかな……)
ダンジョンから戻ってきたフリオニールとクラウドを出迎え、別れたあと、先に立って歩くクラウドの背を追いながらティファはさっきのライトニングの様子を思い出す。
(明日、“ダァ”って呼んだかどうか聞いたら怒るかな?)
しどろもどろになりながら伝えようとするライトニングと、首を傾げているフリオニールが頭に浮かんで、こっそりと笑う。
「楽しそうだな、ティファ。」
先に立って歩いていたクラウドが立ち止まって振り返る。ティファは小走りにクラウドに追いつくと、
「うん、ちょっと……ね。」
「聞きたいな。」
肩が触れ合うか合わないかの微妙なスペースを保ちながら、隣に並んで歩く。
「大したことじゃないの、クラウドを待っている間にライトと少しお喋りしていて……」
「うん。」
手の甲と甲が触れた。それをきっかけに、クラウドがためらいがちにそっと指を繋いでくる。ティファもうれしくて、手をそっと握り返した。クラウドのスキンシップは関してはスロースターターだ。手を差し出したり肩を抱いたりすることは、クラウドには多少の勇気を要するらしい。一方、ティファもクラウドのことは言えない。積極的に自分から腕を絡ませて、なんて未だにできないのだ。そんなことを考えていたら、話の続きを待って、じっと自分の顔を見ているクラウドと目が合った。
「あ、ごめん……」
目と目が合うと、やはり照れくさいのか、クラウドが咄嗟にティファの手から自分の手を離そうとするのを、ティファは慌てて繋ぎ直した。
「その時に、ね、ライトがフリオニールの話をしていて……それがなんだかかわいかったの。」
「かわいい……?」
クラウドにとって、ライトニングの第一印象というのは、強く、頼りがいのありそうな戦士ではあるが、キツそうな女性、といったところだ。女性の戦士ということで、話すのが少し苦手なのだが、ティファはいつの間にか仲良くなっていて。
(そういうところは、昔のままだ……)
ライトニングのことを考えていたはずが、いつの間にかティファのことを考えていて、クラウドはまいったな、と小さく頭を振った。
「正直、俺にとってライトがかわいい、というのは意外だ。」
「う〜ん……男の人にはわかりにくいかもね。」
クラウドの言い分もわかるが、ここは友人として、ライトニングが恋人を思いやる優しいところもあることをアピールしたい。
「厳しくって、頼りがいがあるばかりじゃないんだよ。フリオのこと、一生懸命……あっ…!」
ついうっかり「フリオ」と呼んでしまったのは、さっきのライトニングとの会話のせいだろうか?
「どうしたんだ?」
「ううん、さっきライトとそんな話をしてたの。フリオニールは名前が長いから、ライトはきっと2人きりのときなんかは“フリオ”って呼んでるんじゃないかなって。ライトは照れて白状しなかったけど、きっとそうよ。」
「ティーダが“フリオ”と呼んでいたのを何度か聞いたことがある。」
「そうなの?」
「ああ。」
何がおかしいのか、ティファは1人でクスクスと笑い、
「なんだ、そうなのね。そういうのっていいなって思ったの。ほら、名前を短くして呼び合うのって。私たちの名前ってそんな愛称ってつけにくいでしょ?」
「そんなことはない。」
「え?」
言ってから、クラウドはしまった、と口を噤んでしまう。
「クラウド……」
「いや…………。」
「あの…、ひょっとして、そういう呼び方……」
クラウドは目をそらせたり、あらぬ方を向いたり、ソワソワと落ち着かない。ティファは確信した。
「でも、今まで聞いたことないよ?」
「口に出すのは……照れくさいから……」
「じゃあ、声に出さずに……?」
クラウドはきまりが悪そうに苦笑いをしている。
「たとえば……ティファが“いってらっしゃい、気をつけてね”て言って見送ってくれるだろ……あとで1人になって、そのときの…ティファの笑ってる顔とか、声とか思い出して……そんな時に、頭の中で……。」
ティファは呆気にとられてクラウドを見つめている。クラウドは、ティファが大きな瞳を丸くして、自分の顔を凝視しているのに驚いた。
「ごめん…ティファが嫌なら……」
「ううん、嫌じゃないの。ただ……本当にびっくりしたの。だって、クラウド、今までそんな素振りすら見せたことないんだもの。」
驚きのあまり言葉を失ったティファだが、落ち着くと今度は気になってくる。クラウドが自分のことを、心の中で、彼だけしか知らない呼び方で呼んでいるのがうれしい。
「ねぇ、なんて呼んでるの?」
「笑わないか?」
「笑ったりしないよ、私、うれしいのに。」
クラウドが小さな小さな声で何かを呟いた。それはあまりにも短い言葉で、あっという間に空に溶けてしまい、ティファの耳には届かなかった。
「え?」
「……………“ティ”。」
クラウドが言っていることが耳には入ってはきたのだが、ティファは未だにその意味がわからず混乱していた。ライトニングに「私達の名前は短いから略しようがない。」と話したように、そんな思い込みがあったから余計にだ。
「“ティ”……………?」
「うん。………ティファの“ティ”。」
説明するまでもないか、とクラウドは小さく呟いた。言い訳じみた風に響いたのは、ティファがまじまじと自分の顔を見つめているからだ。ティファはもっと違う呼び方を期待していたのだろうか、ひょっとして何か失礼だったろうかとクラウドが不安に思うほどだ。
「ふぅん……そっか……」
ティファはクラウドにくるり、と背を向け、またすぐに振り返った。
「びっくりした。」
目がキラキラしている。唇をキュッと上げて微笑み、頬はうっすらと赤い。よかった、ティファは怒っていない、とクラウドはホッと息を吐いた。
「もっといい呼び方が良かったかな……」
ティファはううん、と首を横に振る。
「普段も、そんな風に呼んだ方がいいのかな…」
ティファはさっきより大きく首を横に振った。長い髪がサラサラと揺れる。
「そういうのはね、2人きりのときだけの方がいいんだよ。」
ティファの笑顔につられて、クラウドも表情が緩む。
「確かに、他のみんなの前じゃ無理だな。」
ティファはまた首を横に振る。今度は静かに。
「そうじゃなくて…ね、私が、私だけが知っていたいの。他の誰かにはヒミツにしておきたいの。」
正直なところ、クラウドにはティファが言っていることの意味がよくわからなかった。自分が人前でティファのことを愛称で呼ぶのは恥ずかしいから、ティファもそうなのだろうかと思う。だが、ティファが照れているだけではなく、うれしそうな顔をしているので、それだけが理由でないようだ。今はそれで充分だと思う。なぜなら、その理由を考えるよりもティファにキスをしたくて仕方がないからだ。
クラウドはゆっくりとティファの肩に手を置き、体を少し前に屈めた。ティファは驚いたようにぱっちりと目を開いてクラウドを見たが、すぐに目を閉じてくれた。柔らかな唇に少し荒れた自分の唇を合わせる。幸福感が全身に満ちると同時にほっとする感じがして自然と体から力が抜けた。キスをしてみて、クラウドはようやくティファが言わんとすることを理解する。試しに耳元で小さく自分だけがする愛おしい恋人の呼び方で呼ぶ。目をすぅっと細めてはにかんで笑うティファを見て、クラウドは自分が導いた答えが正しいと確信した。
「うん、2人だけのとき、だな。」
ティファは満足そうに頷いた。ティファにとって自分が「ティ」と呼ぶことはキスと同じでむやみやたらと人前でするものではなく、2人のときだけの大切な儀式のようなものなのだ。わかってくれたのだと、ティファはうれしくなる。言葉に出さずに気持ちが伝わったのだ。だが、これだけはちゃんと言葉にしないと、とティファはクラウドの吸い込まれそうな青い瞳をまっすぐに見つめ返した。
「ありがとう、クラウド。」
「どういたしまして。“俺のティ。”」
と、いつも心の中で呼びかけているフレーズを実際にティファに言ってみた。とてもじゃないけど本人に言えそうにないと思っていたけど、さっきのキスでリラックスできたのか、すんなりと口に出た。ティファは真っ赤になった顔を見られたくないのか、クラウドの胸に顔を押し付けてしまい、なかなか顔を上げようとしない。クラウドはティファがそう望むのならばと、ティファの気が済むまで、そのまま優しく抱きしめてやったのだった。
おわり。


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