恋人の呼び方(FFRK/FF7/DdFF)

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さっきクリアしたダンジョンでのことを話すフリオニールに相槌を打ちながら、ライトニングはティファとの話を思い出していた。そのせいでフリオニールの話を聴き逃してしまいそうになる。ライトニングは慌ててザックスとクラウドの連携技のお陰で後半は助かったと目を輝かして語るフリオニールの顔を見て、ぎこちない笑顔を見せる。
「……どうしたんだ、ライト?」
フリオニールは不思議そうにライトニングを見つめている。
「あ、いや……すまない、なんでもないんだ。」
フリオニールは話をするときはいつもライトニングの顔を真っ直ぐに見つめている。そのせいか、ちょっとした変化にすぐに気づくのだ。
「何か困ったことでもあるのか?浮かない顔だ……」
フリオニールの気配りはありがたい時もあるし、困る時もある。異国的な風貌で端正な顔立ちにじっと見つめられ、照れてしまった時も「どうしてだ?」と心配されて。今だって、フリオニールに「さり気なく」「くだけた雰囲気で」「今風の恋人同士の呼び方をする」というライトニングにはとてつもなく高いハードルのことをフリオニールに悟られまいとしていたのに。
「深刻な問題じゃないんだ、気にしないでくれ。」
「そうなのか?」
ならいいが、と言いながらフリオニールはライトニングの表情から視線を外さない。
(あんまり……見るな……)
それを口にすると、また「どうしてだ?」と返ってくるに決まっている。ライトニングは何を言えばいいのか、自分がどう振る舞えば良いのかわからず、ただドキンドキンとやかましい心臓の音が響くのを落ち着かない気持ちで聴くしかできない。フリオニールはライトニングが頬を染め、困ったように目を伏せているのが気になって、さっきの話を続けて良いのかわからない。困り果ててライトニングを見つめるばかりだ。
「……だから……」
沈黙の果に口火を切ったのはライトニングだった。そのつもりはなくても、フリオニールの目線と沈黙はライトニングに耐えきれないプレッシャーになる。息が詰まる感じが耐えきれない。いっそ白状してしまえ、そうすればもう追求してくることもあるまいと思って、ティファとの話の内容をフリオニールに説明した。
「だから!例えばティファだったら“私のクラウドが”と言うときに“うちのダァが〜”という風に言ったりするらしい。」
「へぇ……」
大したことのない世間話を、なぜか逆ギレ気味にまくし立てるライトニングに困惑しながらも、フリオニールは頷く。
「それで、ライトも、そう言おうと思ったのか?その、“ダァ”って?」
「ば……っ!」
バカにするな、と言いかけてライトニングは慌てて口を噤んだ。大きく息を吐いてなんとか気持ちを落ち着かせ、
「いや、そんな風に言うつもりは……それに、私がそんな言い方をしたって……」
「“ダァ”?」
不意をつかれ、ライトニングは頭が真っ白になる。フリオニールは呆気にとられているライトニングの顔を覗きこみ、もう一度、
「“ダァ”?」
ライトニングは目を大きく見開き、何かを言おうと口を開くのだが言葉が出てこない。そんな軽々しく言うな、とか、そもそも自分はそんな軽薄な呼び合い方をしようと言いたいのではない、とか、もちろん私は言うつもりはなかったが、かと言ってなぜお前が、とか、そもそも使い方を間違っている、とか、色んな言葉がものすごいスピードでぐるぐると頭をかき回す。なのに、なぜだか、本当にほんの少しなのだが、うれしいと思ってしまう自分に気付いて、オロオロとうろたえてしまって。
「そっ……」
喉がきゅうっと縮んだかのようだ。考えがまとまらず、何を言おうとしているのか自分でもわからず、次に出た言葉が、
「その使い方は…間違っている……」
「そうなのか?」
「だから、私やお前が互いに使うのではなく、第三者にのろける時に使う。」
「のろける時か……」
「だから、使うな。」
「わかった。」
フリオニールが素直に従ったので、ライトニングはホッとする。
「でも、面白いな。」
フリオニールは物珍しいのか、わくわくしているようだ。フリオニールに「ダァ」などと呼ばれて、ものすごく気恥ずかしい思いをしたが、恋人を楽しませるというライトニングのプランはなんとか達成できたようだ。
「なぁ、ライト、“ダァ”ってなんだろう。」
「さぁな、“ダーリン”の略じゃないか?」
その言葉の意味を知らないらしいフリオニールにライトニングは説明してやる。あなた、とか、おまえ、という風に呼びかけるときに使ったり、
「そうだな…特別な人とか、そんな意味だ。」
「のろける時に使うのか。」
「そうだな、たとえば……」
フリオニールにわかりやすい例はないかとライトニングは考える。
「たとえば、リノアが誰かと喋っている。そのときにスコールのことを話したい。それで…ちょっとのろけたい時に使う。“昨日、私のダーリンがプレゼントをくれた”とかだ。」
「うん。」
「リノアがスコールに“ダーリン”と呼びかけたら、“大切なあなた”みたいな感じになる。」
「なるほど。」
フリオニールは感心して何度も頷いている。
「それは女の人だけが使うのか?」
まるで武器の使い方をレクチャーしているようだが、それなりに会話が弾んでいるのでライトニングはすっかり油断しきっていた。
「いいや、男も使う。」
「じゃあ、俺がライトに“ダーリン”って言っていいんだな!」
「なんだと?」
うれしそうなフリオニールの顔を、ライトニングは穴が開くほど見つける。
「違うのか?」
「違わないが、私は……私にそんな風に……」
「“ダーリン”。」
「言うな!!」
ライトニングは耳まで顔を赤くし、フリオニールに背を向け、何故か顔の前で手を振ったりと、よくわからない仕草を繰り返している。
「ライト、どうして照れているんだ?」
ライトニングはもう言い返すこともできなくなっていた。恥ずかしいのは、こんな甘ったるい呼び方は自分には不似合いだと思っているからで、腹が立つのはそれを理解せずにフリオニールがふざけているからだ。
(子どもか、私は……!)
理不尽なことは百も承知だが、ライトニングの苛立は目の前に居るフリオニールに向けられた。だいたいこっちは2人で居る時間をせめて楽しくと思って考えてのことなのに、フリオニールは真面目に聞かないで冷やかすようなことを言って……
(見てろ……)
ライトニングはフリオニールに気取られないように大きく息を吸い込んで、吐いた。くるりと振り返り、不思議そうに自分を見つめているフリオニールに歩み寄ると、腕を伸ばして首にからめ、顔を上げてフリオニールの瞳をじっと見つめ、
「“ダーリン”。」
少しかすれた声でそう呼んだ途端、フリオニールの顔が真っ赤になった。まるで顔中の血液が沸騰してその音がライトニングに聞こえたのではないかと思えるほど見事に顔を上気させている。
「ら、ライト……」
うれしいけど、恥ずかしくてフリオニールはソワソワと横を向いたり、慌てて顔を元の位置に戻してライトニングの顔を見てはまた逸らす。
「どうしたんだ?“ダーリン”。」
茶化すような言い方に、フリオニールはこれは負けず嫌いな恋人の仕返しだと気づく。
「ライトこそ、どうしたんだ?“ダーリン”。」
負けてなるものかとフリオニールが同じ手で返す。ライトニングは一瞬怯んだものの、
「お前こそ、どうしたんだ?“フリオ”。」
同じ言葉が返ってくると思ったら、2人きりのときだけ、しかもベッドの中でしか使われない呼び方をされて、フリオニールが鼻白む。
「なんでもないさ、“エクレール”。」
とうとうライトニングが吹き出して、笑い出した。つられてフリオニールも笑う。おとな気ない言い合いがだんだんおかしく思えてきて、何がそんなにおかしいのか自分たちでもよくわからないが笑いが止まらない。とりわけライトニングは珍しく声を上げて笑っている。フリオニールはライトニングが何をしたかったのかよくわからなかったのだが、屈託なくふざけて笑うライトニングが見ることができてうれしいし、ライトニングはライトニングで、こんなに笑ったのはいつ以来だろうかと思い、そんな時間を過ごせることに素直に感謝の気持ちがあふれてくる。
ライトニングはフリオニールの首にぶら下がるようにしてゆらゆらと身体を揺らしていたのだが、動きを止めてフリオニールをじっと見つめ、目を閉じた。いつもなら察しの悪いフリオニールだが、ライトニングの優しいまなざしと閉じられた瞳にちゃんとその意図を察し、優しく唇を重ねたのだった。

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