初めてのキス。(DDFF)

この記事を読むのに必要な時間は約 17 分です。

次の夜。
その夜はフリオニールが見張りを命じられていた。湖に張り出した岬の先端に立ち、周りを警戒する。その岬は急な勾配になっていて平地より高くなっており、周りを良く見渡すことが出来た。
しとしとと雨が降っていたが、恋に落ちたばかりのフリオニールには雨ごときは取るに足らない。辺りを注意深く見渡しながら、ライトニングに何をしてあげられるのだろうかとずっと考えている。
考えに考え、昨日ライトニングと交わした言葉をふと思い出した。
「家族や…親しい友人というのは私が私だと知ってくれている人たちだ。そういった人たちが周りに居て、私は初めて私だと分かる…」
(家族や…親しい人…か…)
その時、誰かがこちらに向かって歩いて来るのが目に入った。鮮やかな薄紅色の髪のせいでそれがすぐにライトニングだと分かった。
(ライト…?こんな雨の中を…)
この状況だと自分に会いに来てくれたのは間違いないだろう。それはうれしいが、雨に濡れては風邪をひいてしまう。すぐ傍に駆け寄りたいが、持ち場を離れるわけにはいかないし、そもそもライトニングは何故こんな雨の中を自分に会いに来たのかとヤキモキもして。ライトニングがフリオニールの傍に来るまでのほんの数分がひどく長く感じた。
「ライト…どうしたんだ?」
漸く声の届きそうな所までライトニングがやって来たのでフリオニールはそう声をかけた。
「眠れなくて…な。」
「だからってこんな雨の中…」
フリオニールは慌てて自分のマントを脱ぐと、ライトニングの頭から被せる。
「一緒の奴らの寝相が良すぎるんだ。」
ライトニングのテントと言えば、ティファとユウナだ。
「あの二人が寝相が悪いなんて信じられないな。」
「二人して私にしがみついてくるんだ。お陰で眠れない。」
フリオニールは思わず吹き出してしまう。そんな風に寄り添い合って眠る女性陣が微笑ましく思えて。
「お前は何か夢見がちな想像をしているようだが、こっちの身になってみろ。」
そうぼやきながら、ライトニングはフリオニールの隣に立った。そうして湖に雨が降り注ぐのを黙って眺める。
ライトニングは何故自分がこんな雨の中をフリオニールに会いに来たのか考えていた。やはり”のばら”の花のあの約束のせいなのだろうか?それは戦いの中で育まれるの絆とはまた違った未来への約束だ。
口を噤んでしまったライトニングに、フリオニールも言葉をかけずに黙って哨戒を続ける。時折自分のマントを頭からすっぽりと被ったライトニングをそっと見やる。自分が着ている物を彼女が身に着けてくれるのがうれしい。
「なあ、ライト…」
「なんだ?」
「さっき、リーダーと何か言い合っていただろ?」
「ああ、あれか。」
「俺達の中で、ああもはっきり彼に意見出来る奴はなかなか居ない。」
ライトニングは表情も変えず、
「あいつはいつも正しいからな。」
「ああ、その通りだ。」
「だが、他の連中の事ももう少し考えろと思うと、黙っていられないだけだ。」
「ライトはいつも真っ先に皆のことを考えるな。」
ライトニングがフリオニールの方を見たのが分かったが、フリオニールはライトニングを見るわけには行かない。
「いつもそうやって、仲間のことを考える。仲間を失う痛みを知ってるから…じゃないかな。」
「だからって、あの眩しい奴が仲間の心配をしていないわけではないぞ。」
対立していても、ウォーリア・オブ・ライトの事もちゃんと分かってるんだな、とフリオニールは感心してしまう。そうして、ライトニングのそういう所を素直に尊敬してしまうのだ。
「うん。それも分かる。ただ…ライトは…リーダーよりも心配の度合いが大きいんじゃないかな。だから、それで時々意見がぶつるかると思うんだ。」
たまに起こる自分とウォーリア・オブ・ライトとの対立をフリオニールはそんな風に思っていたのかとライトニングは意外に思う。そうしてフリオニールの考察が的を得ているのにも驚く。
誰かに分かってもらおうと思ったことはなかった。でも、フリオニールの様に理解をしてくれる人間が傍に居てくれたことはあまりなかった様な気がする。共感してもらえる事が思いのほかうれしい。同時に、常に最悪の事態を恐れている自分の臆病さを覗き見られたようでもあって。常に強くありたいと思うライトニングにとって、それは決して誰にも見せたくない部分なのだ。
だが、それに気付いたフリオニールに不思議と苛立ちや羞恥心は感じなかった。傲慢な所がなく、思慮深い割に突然あどけない事を言ったりと、フリオニールのそんな所を憎からず思っているからだろうか。
(そう言えば…私が花を拾ったときのあの照れようは…)
セシルに呼ばれた時のフリオニールのテンパリ具合や、その後も何度も自分に話しかけようとしていたフリオニールを思い出し、ライトニングはこっそりと思い出し笑いをする。
(図体の大きな男に可愛いもないのだが…)
こんな風にライトニングの心を和ませてくれるから、こうやって話をしたり、あまり指摘して欲しくないことを言われても腹が立たないのだろう。
ライトニングがそんな事を考えているとも知らず、フリオニールはライトニングの表情が穏やかなのを見てホッとする。こんな風に気兼ねなく話が出来る今が、ライトニングへの感謝の気持ちを打ち明けるチャンスだと決心する。
「なあ、ライト…。」
声が上ずっていないだろうか。
「君が俺の花を拾ってくれて、記憶の断片を共有出来た…そのことが俺を…とても勇気づけてくれたんだ。この世界のどんな物でも愛せそうなくらいだ。いくらでも前に進めるような、そんな気分だ。」
ライトニングは言葉を挟まず、じっとフリオニールを見つめている。その視線と、今から話そうとしている事を思い返し、フリオニールは赤くなった。だが、ちゃんと彼女に伝えなければ、と大きく深呼吸をして言葉を続ける。
「だから、俺は君に…なにか返したい、俺が君にできることははないか…考えたんだ。」
「お前が…?私に…?」
そうだ、とフリオニールが頷く。フリオニールの言葉がライトニングは意外だったのだろう、少し首を傾げ、不思議そうにフリオニールを眺めている。
「俺が…この世界に居る間…ずっとライトのことを…見守る。それで…ライトのことを一番に心配して、この世界でライトが自分のことをちゃんと”ライトニングだ”って言える…そんな風になりたい…い、いや、そうする。だから…」
どう言葉を続けていいのか分からず、フリオニールは口ごもる。沈黙が辛い。自分は随分と間抜けな事を言ってしまったのではないかといたたまれない気持ちになってくる。
「お前は…」
どんな叱責の言葉が続くのだろうと、フリオニールは思わずぎゅっと目を閉じた。
「私の父親にでもなるつもりか?」
予想外のライトニングの言葉にフリオニールは慌てる。
「いやっ!そうじゃなくて…!あれ…?」
フリオニールは自分が何を言っているのか分からなくなって混乱する。ライトニングはフリオニールが何を言おうとしているのか分からず、首を傾げる。
「いくらなんでも、父親はないな。」
「そ、そうだろ?」
「言ってみれば弟か…お前は図体のデカイ、弟みたいなものだな。」
弟、という言葉にフリオニールは激しく落ち込んでしまう。
「…家族みたいな…そんな感じだけど、とにかく、ライトの特別に…」
ライトニングはフリオニールが自分に一生懸命心遣いを示そうとしているのを微笑ましく感じていた。確かにフリオニールを好ましくは思っていたが、まさかこの男まさりな自分に思いを寄せる男が居るなどと考えてみたこともなかったからだ。
「俺が言いたいのは…そういうことじゃなくて…」
このままでは愛の告白になってしまうではないか、とフリオニールはますます動揺する。それに、”ライトニングの特別”になりたいなど、自分から言い出すなんておこがましい事ではないかと思えてきた。自分の気持ちを押し付けては彼女の負担になるだろうから、そこの辺りは隠しておくつもりだったのに。
だが、”弟”という言葉がショックで頭の中をグルグルと回る。例えがライトニングとヴァンだ。自由でマイペースなヴァンをライトニングはしょっちゅうそれを窘め、その様は正しく姉弟喧嘩だ。あれと同列だと思うと、”それは違う”と強く否定したくなる。
(このままだと…誤解されたままだ…)
フリオニールは慌てると、発作的にライトニングの肩を強くつかみ、柔らかそうな形の良い口唇に自分のを押し付けた。
ライトニングはは目をパチパチと瞬かせ、驚いてフリオニールを見る。フリオニールは勢いに任せとんでもないことをしてしまったと、激しい自己嫌悪に陥って、ぎゅっと目を閉じた。途端に脛の辺りを力任せに蹴られ、よろめいてライトニングから身体を離した。
「だ、大丈夫か!?」
フリオニールが思わず脛を庇ってしゃがみこんでしまったので、ライトニングは慌てて駆け寄る。
「大丈夫だ…」
「すまん…突然で…驚いて…」
「いや…俺が……」
心配そうにフリオニールの顔を覗き込むライトニングの顔がまともに見れない。そのくせ、さっき触れた口唇が目に飛び込んできて、フリオニールは思わず喉を鳴らして息を飲み込む。が、跪いたライトニングの膝に泥が付いたのを見て、慌てて立ち上がり、ライトニングの手を取って立たせ、自分はその足元に跪いてその泥を払ってやる。
「…ごめん。」
跪いたまま、顔も上げずに絞りだすような声でフリオニールはやっと一言だけ言う。
驚いて思わず足が出てしまったが、しゅん、として謝るフリオニールにライトニングは怒る気持ちにはなれない。それよりも、自分は怒っていない、咎める気など毛頭ないことを伝えたくて、フリオニールの肩にそっと手を起き、身体を屈めた。
「…顔を上げろ、フリオニール。」
言われるままにフリオニールが顔を上げると、目の前にライトニングの顔があった。
「ごめん…こんなこと、言うつもりはなかった…」
「謝るらなくていい。」
「でも…その、”弟”と言われたら…なんだかひどく…なんだろうな、違うって言いたくて…」
フリオニールはライトニングを立たせるた。彼女に迷惑をかけてしまったと、まともに顔が見られない。
「フリオニール。」
名前を呼ばれておずおずと顔を上げる。ライトニングは怒るでもなく、いつも通りの、いや、いつもより優しい表情をフリオニールに見せる。
「お前の気持ちはうれしい。だが…」
そう言って、ライトニングも顔を伏せてしまう。ライトニングを困らせてしまったのだと、フリオニールは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「突然で…その、混乱している。…だから…」
ライトニングはフリオニールの顔を真っ直ぐに見つめる。
「少し…時間をくれ。」
「ライト、俺は…もう充分だ。もともと君に俺の気持ちを告げるつもりはなかった。これ以上は…」
「言っただろう?」
ライトニングはフリオニールの言葉を遮る。
「お前の気持ちはうれしいとな。だから、私もちゃんと考え、それに応えたい。」
「ライト…」
ライトニングはフリオニールにマントを返すと、つと背伸びをし、フリオニールの額をちょん、と突いた。驚くフリオニールの顔にくすっと笑い、
「あまり深刻に考えるな。私は怒ってはいない。」
そう言ってフリオニールに背を向けて自分のコテージの方に向かって歩き出した。が、突然振り返ると、
「さっきは”弟”なんて言って悪かったな。」
フリオニールは返事も出来ず、去って行くライトニングの後ろ姿を見つめていた。が、この期に至って漸く自分の任務を思い出し、慌てて見張りに戻る。改めて見渡した風景は相変わらず寂しく、不安な気持ちを駆り立てるものだったが、ライトニングが居るというだけでフリオニールの目にはどんな世界より色鮮やかに映る。
たとえライトニングの返事がどうであれ、自分の気持ちをうれしいと言ってくれた。それがこの世界でライトニングの存在を確かにする物の一つになれば良いな、と願うばかりだ。
ライトニングはふと足を止め、フリオニールが居る方を見やる。ちゃんと見張りの役目を果たしているのを見てとると、また歩き出した。歩きながらフリオニールの言葉を思い出す。
「ライトのことを一番に心配して、この世界でライトが自分のことをちゃんと”ライトニングだ”って言える…そんな風になりたい…」
冷たい雨の中を歩いているのに、胸の中にぽっと火が灯ったようだ。
(…暖かい…)
ライトニングは右手で胸の、ちょうど心臓の真上の辺りを覆う。胸がどきどきしている。ライトニングは自分でもこの胸の高鳴りがなんなのか分からず再び足を止め振り返った。
ライトニングが振り返ったとき、フリオニールも振り返っていた。フリオニールが小さく手を振った。ライトニングもおなじように手を振ろうとして、手を上げて気がついた。
「もう…とっくに…」
自分と話したいと言っていたフリオニールの言葉がうれしかった。だから本名を教えた。
(だから会いに来た…)
気がついたら早くフリオニールを抱きしめたくて駈け出していた。
生い立ちも素性も分からない自分を愛し、見守ると言ってくれると言うフリオニールは、もうとっくにライトニングが生きて、確かに存在しているという証になっていた。それを早く伝えたくて走る。
フリオニールは突然自分の方に走ってきたライトニングに驚いて目を丸くしている。ライトニングが自分の胸に飛び込んできて、慌てふためいてしまう。
「…ライト?」
ライトニングがどうして突然自分に抱きついて来たのか分からずにオロオロするばかりだ。
「どうしたんだ、突然…?」
フリオニールが驚いて少し身体が引いているが分かり、早く自分の想いを伝えなくてはと言葉を探す。雨に濡れたフリオニールの甲冑が頬に当たって冷たい。だが、それに構わずライトニングはぎゅっとフリオニールにしがみついた。
「お前が居れば…」
「…え?」
よく聞き取れなくてフリオニールは思わず聞き返す。
「…なんでもない。」
「なんでもないって、ライト…」
途方に暮れるフリオニールには申し訳ないが、うろたえる様がどうしてだか愛おしい。
「あとで言う。」
「あとでって…」
「しばらくこうしていろ。」
そう言えばフリオニールはちゃんと自分のわがままを聞いてじっとしてくれるだろう。
フリオニールは戸惑うばかりだが、どうやら自分の気持ちが通じたということは理解出来たようで、 恐るおそるライトニングに背中に腕を回してみる。ライトニングからの拒絶はなくてホッとする。恋い慕い、憧れていた女性が自分の腕の中に居るのが俄に信じられないが、とりあえずはライトニングが出来るだけ雨に濡れないようにとしっかりと抱きしめる。
「さっき…なんて言ったんだ?」
気になって仕方がなくて思い切って聞いてみる。すると、ライトニングは顔を上げてフリオニールを見上げる。
「お前が居れば…何も怖くない、そう思ったんだ。」
「俺は怖い。」
真剣な目のフリオニールにライトニングは眉を顰める。
「これが夢だったらどうしようかって。」
フリオニールの言葉にライトニングは吹き出すが、
「笑わないでくれ。俺は真剣なんだ。」
「だったら試してみればいい。」
ライトニングはフリオニールの首に腕を回す。そっと目を閉じ、つん、と口唇を尖らせるライトニングにフリオニールの顔はどんどん赤くなり、視線は左右に泳ぐ。が、目の前の誘惑に勝てるはずもなく、意を決して目を閉じ、そっと口唇を近づける。口唇と口唇の間が目を閉じたフリオニールにはとてつもなく遠く感じた。とうとう口唇のほんの先端に弾力を感じた時に、ライトニングの方から軽く押し付けて来た。フリオニールが慣れてきたのを見計らって、ライトニングは角度を変えて、何度も何度も口付けた。
口唇が離れると、ライトニングが上目遣いでじっとフリオニールを見つめる。フリオニールも見つめ返す。キスをするために、ライトニングが踵を浮かして背伸びをしているのが良い。
「まだ夢だと思うか?」
フリオニールはぶんぶんと勢い良く頭を左右に振って否定する。幸福感がお互いの身体中を駆け巡る。
二人は額と額を合わせ、ごく近い距離で見つめ合った。そして、冷たい雨に構わず、何度も何度も口唇を重ねたのだった。
おわり。

1 2