恋に落ちるにはそれで充分。(FF6)

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朝ごはんはふわふわのパンケーキだ。
生地には卵をたっぷり使った。
それを前の晩から一晩置いてしっかりと寝かせておいた。
そうすると、焼き上がりがよりいっそうふわふわになるのだ。
リルムがこんなにも張り切っていたのはアイテムを調達してきてくれた金髪の王様がメイプルシロップを手に入れてきたからだ。
「リルム、好物だって聞いたよ。」
チャーミングな笑顔でそれを渡された時になんと返事してそれを受け取ったか覚えていない。
うれしいような、くすぐったいような、それがなんだか悔しいような。
彼がまたパーティの女性陣にも花や果物を贈っているのを見てよりいっそう腹が立って。
キッチンにはバニラエッセンスの甘い香りがただよって、フライパンの中のパンケーキは焦げることなく綺麗なきつね色になった。
リルムは大満足でそれを皿に移す。
空っぽになったフライパンをちょっと冷まして新たに生地を流し込む。
パンケーキをどんどん焼いて、それらは一枚の皿の上にどんどんと重ねられていく。
10枚目を積み上げたところで生地がなくなった。
リルムはそれをテーブルに運ぶと、予め用意してあったホイップクリームをたっぷりとのせ、その上から皿にいちごを煮込んで作った甘い甘いソースもかける。
ミルクと砂糖をふんだんに入れたお茶も用意した。
「完璧!」
リルムはナイフとフォークを持つと、パンケーキの山に挑みかかる。
まずは10枚まとめて一気に半分にカットする。
手に少しクリームがついてしまったけど、気にしないで更にそれを半分に切る。
四等分されたパンケーキの一片にえいや!とフォークを突き刺し、刺さった分だけ口元に運ぶ。
そのとき、キッチンの扉が開いた。
「おはよう、リルム。」
よく通る甘い声。
みめよい長髪のエドガーと、筋骨隆々なマッシュの兄弟が入って来た。
リルムはエドガーの挨拶に応えずにパンケーキにかぶりつく。
「お!うまそうだな!」
マッシュがリルムの皿を目ざとく見つける。
「やらないよ、キンニク男。」
リルムの口の悪さはいつものことなので、マッシュは気にせず豪快に笑う。
「なんだよ、一口くらいいいだろ?」
リルムはパンケーキでいっぱいの口をもごもごさせながらマッシュにしかめ面をしてみせる。
それを微笑ましく見ていたエドガーは、おや?と首を傾げる。
「リルム、メイプルシロップは使わないのかい?」
エドガーの言葉に、リルムはパンケーキを噛みつぶしながらそっぽを向いてしまう。
がっかりした様子にリルムは内心ほくそ笑む。
この台詞を言わせたいがために頑張ってパンケーキを焼いたのだ。
「こら、リルム!いっぺんに口に入れすぎだろ?」
マッシュがあきれてリルムの大きな帽子の上に大きな手を乗せる。と、帽子がぱふん、と音を立ててへこんだのがおかしくてエドガーは思わず吹き出してしまう。
「なにがおかしいんだよ!」
口の中のパンケーキは全てその小さな胃袋におさまってしまったのに、未だぷう、と頬をふくらませているのが愛らしい。
「これは失礼。ただ、マッシュの言うとおり、一度に口の中のいっぱいにパンケーキを頬張るのはお行儀が悪いな。」
エドガーはリルムに歩み寄ると、その顔を覗き込み、
「ほら、ほっぺにクリームがついてるよ。」
と、リルムの頬に唇を寄せ、クリームをついばんだ。
「なななな、何すんだよ!」
リルムは驚いて跳ねるようにして立ち上がり、椅子が派手な音を立ててひっくり返った。
「別に。おいしそうなパンケーキがあったから、一口いただいただけさ。」
目をすっと細め、口角を品よく上げた完璧な微笑みでもって言われ、リルムは咄嗟に言い返すことが出来ず、ナイフとフォークを握りしめ、エドガーをキッと睨みつけた。
リルム本人は睨みつけてるつもりなのだが、顔を真赤に染め、いきなりキスされた動揺のためかほんの少し涙ぐんで、さらにその身長差でリルムは自然とエドガーを見上げることになり、結果的に「瞳をうるうるさせた上目遣い」になっていることに本人は気付いていない。
「なんだぁ?リルム、おまえがパンケーキみたいにパンパンになってるぞ?」
耳どころか肩まで真っ赤になっているリルムの帽子を、またぱふぱふと叩いてマッシュがからかう。
「うううう、うるさぁい、クマ男!」
リルムはパンケーキの皿を抱えるようにして”クマ男”に大ウケしてがっはっはと笑っているマッシュの横をすり抜け、キッチンから出て行ってしまった。もちろん、ドアは乱暴にばたん!と閉めてた。
「しまった、怒らせちまったかな?」
呆気にとられてその後姿を見送ったマッシュだったが、テーブルの上にフォークとナイフが転がっているのを見つけ、
「リルムのやつ、手で食べるつもりか?」
「私が持って行くさ。」
「いいのか?兄貴からうまく謝っといてくれよ。」
「ああ、二人でちょっとからかい過ぎたかな。」
エドガーは新しいナイフとフォークを持って、リルムの部屋に向かう。
まったく、なんて可愛らしいんだろう、とエドガーは一人笑みを浮かべる。
リルムの反応はエドガーにとって上々だった。
メイプルシロップがうれしかったアピールを、ちょっとばかりひねくれた方法で表現する意地っぱりな少女がエドガーにはとても好ましい。
彼女のそんな振る舞いが見られるのなら、
(次はどんな贈り物をしようかな、リルム。)
彼女が大人になるまで、何度でも贈り物をしよう。
そうして、時間をかけて自分以外は見えなくさせてしまおう。
そんな野望を抱いて、自信たっぷりにリルムの部屋の扉をノックするエドガーだったが、ドアが開いた途端にパンケーキが宙を飛んできて、端正なその顔に見事にヒットするなどとは思いもしなかったのだった。
おわり。