エッジ前哨戦(FF7)

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ティファが振り返ると、入口の所に紅い髪と紅い瞳の女が立っていた。
気が付かなかったのは気配を消していたからか。
アーチェリーのような、不思議な武器を持っている。
女は艶然(えんぜん)と微笑んでいるが、
瞳はぞっとするほど冷たく、 その身から放つ殺気で、
ティファの肌が粟立つほどだ。 電話は壊されてしまったが、
カードを入れる前で良かった。
ティファはカードをポケッとにしまうと、ファイティングポーズを取る。
「泥棒猫が入り込んだって聞いて来てみたけど…」
女はティファを値踏みするかの様に見つめ、ふん、と鼻で笑う。
「あなた、強いの?」
「あなたよりはね。」
ティファの答えに女は甲高い声で笑うと、手にした武器をティファに向けた。
「ロッソと呼んで。ディープ・グラウンドでは”朱のロッソ”と呼ばれてるわ。」
ティファはそれ以上答えず、ゆっくりと息を吸い込む 。
と、床をスライディングして足払いをかける。
ロッソは目にも止まらぬスピードで部屋の反対側に移動する。
それを追って、ティファは壁を蹴って、ジャンプし、
頭を狙って回し蹴りをする。
ロッソはそれを屈んで躱し、弓形の剣をティファに振りかざす。
紙一重で避け、避けたつもりが、すぐにまた斬りつけられた。
ティファは壁に手をつき、宙返りしてそれを避けた。
「へぇ…やるじゃない…」
ロッソは眉をぴんと跳ね上げ、楽しそうに言う。
「楽しめそうだわ。」
何度か組み合うが、連続した攻撃と、
長い得物のお陰で ある程度の距離を保たなければこちらがやらられる。
おまけに、地面を走る真空波は机や柱の影に隠れても
それを貫いてティファに襲いかかる。
接近戦を得意とするティファには戦い辛い相手だ。
相手もそれを心得ているのか、
ティファには決して近付こうとしない。
「もっとゆっくり遊びたいけど…エッジに向かう様に言われてるの。
私達が追っている獲物が来るらしくて。」
(獲物…?)
クラウドが、ヴィンセントがこちらに向かっていると言っていた。
「それって、まさか…!」
問い詰めようとした時、ずん…と地響きがした。
地下だというのに、建物が大きく揺れ、
天井からパラパラとホコリが落ちて来た。
地響きと揺れは断続的に続き、ますます激しくなる。
床が揺れて立っていられない程だ。
「な…なんなの?」
ロッソも不思議そうに、天井を見上げる。
不思議な事に、地響きの音はどんどん大きくなり、
それがだんだんと近付いて来るのが分かる。
しかも、それはティファの立っている背後の壁の方から聞こえて来る。
そして、ティファは地響きの間に、
微かに聞き覚えのあるエンジン音を確かに聞いたのだ。
(クラウドなの!?)
振り返ったティファが見た物は、壁に入った×字型の切り込み、
大音響と共に崩れて行く壁、
その瓦礫の中から黒いエナメルの様に光るフェンリルと、
見慣れた大きな剣、その間から見える金色の髪。
「クラウド!」
クラウドは剣を右手から左手に持ち代えると、
ティファに差し伸べた。 ティファも手を差し出す。
が、その手が空しく空を切った。
クラウドは確かに自分を見つけたはずだ。
なのに何故?
不思議に思ったその瞬間、伸びたクラウドの手が腰に回って、
引き寄せられた。
(え…?)
気が付くと、クラウドの顔がすぐ真上にあった。
ティファは咄嗟にクラウドにしがみついた。
獲物を横取りされたロッソが雄叫びをあげ、真空波を放つ。
クラウドはそれを左手の剣で難なく弾き返すと、
軽く剣を放り上げ、 右手に持ち替え、左手をハンドルに置いた。
そして、片手で楽々と前輪を持ち上げ、元来た方に方向転換し、
アクセルを全開にして走り出した。
その時になって、ティファは漸く自分の身に何が起こったか、
クラウドがどうやって地下まで降りて来たのかを知ったのだった。
(あの地響き…やはりあなただったの…)
呆気に取られて、ティファはクラウドを見上げる。
最短距離を進むため、壁と言う壁を破壊し、
狭い通路を剣で切り崩しながら来たようだ。
そして自分はと言うと、フェンリルのタンクの上に座らされ、
クラウドの胸の中に居る。
このままだと窮屈だし、クラウドも運転しにくいはずだ。
自分を後部座席に移すようにと口を開きかけた時、
目の前を大剣が塞ぎ、同時に弾丸が弾き飛ばされた。
あちこちから機銃を浴びせられるが、全てクラウドの剣が跳ね返す。
(そっか…)
どうやら弾丸を避ける事は出来ても、
弾き返す事が出来ないティファを守っているらしい。
(ピンチの時に…来てくれたんだ。)
ティファはうっとりとクラウドを見上げ、
地上までこの窮屈さを受け入れることにした。
エッジとミッドガルを見下ろせる丘まで来ると、
クラウドは漸くバイクを停めた。
ゴーグルを外すと、やにわにティファの両肩を掴んだ。
「ティファっ!」
やはり…と言おうか、ティファの予想以上にクラウドは怒っていた。
こんなに怒った彼を見るのは初めてではないか。
あまりもの剣幕に、ティファはびくんと肩を竦め、
おそるおそるクラウドを見上げる。
「ごめんなさい…心配をかけて…」
クラウドは眉を顰め、ティファの肩から手を離すと、
フェンリルから降りてしまう。
無事だと分かったのに、何故こうもイライラするのだろう。
ティファは慌ててクラウドの後を追う。
しかし、クラウドはティファを振り向きもしない。
イライラと足下の石を蹴飛ばしたりしている。
「でも…私がこうする理由を一番良く知っているのは
クラウド、あなたでしょう?」
ティファの言葉に漸くクラウドが振り返る。
「分かって欲しいの…もし、また何かが起こったら、 私は同じ事をするわ。
だって…そうしなきゃならないんだもの…分かるでしょ?」
クラウドは頭を振って、顔を伏せる。
ティファの言いたい事は分かる。
分かり過ぎる程だ。
だが、大きな怪我すらないものの、身体中、火傷や擦り傷、
あざだらけの彼女を見ると、自分で自分を抑える事が出来ない。
改めてティファの顔を見ると、真っすぐにクラウドを見つめている。
その瞳はクラウドがどんなに言葉を尽くしても、
その意志を覆す事は出来ないと語っている。
「…強いな、ティファは。」
クラウドに言えるのは、それだけだった。
「…行こう。 マリンとデンゼルが心配だ。」
声が沈んでいた。
納得したというよりは、 打ちひしがれているようだ。
もし、またエアリスの様にティファまで失ってしまったら…
ここに来て、漸くクラウドは気が付いた。
ミッドガルに向かっていた時の焦燥感、あれは、
(また、同じ事が起こるんじゃないかって…俺は怖かったんだ…)
不器用なこの男は、自分の想いにも気付くのにも時間がかかるのだ。
しかしティファに戦うなと言うのは、
彼女の生きていく為の理由を否定する事になる。
誰よりも大切で守っていたいのに、
それを止める資格すら自分にはないのだ。
(…やりきれないな。)
クラウドはフェンリルに跨がると、エンジンをかけた。
一方ティファにもクラウドの気持ちが痛い程分かった。
毎日彼の身を案じて帰りを待っている時の不安… で
も、行かないでとは言ってはいけない。
(それに…私だって、自分だけ安全な所には居られない。)
自分の犯した罪と、死んでしまった大切な友の為に。
お互いを一番大切に思っているのに、
どうすることも出来ないのだ、私たちは。
でも、それだけに捕われてはいけない。
今の彼を放っておいてはいけない。
きっとあの戦いで一番辛かった事を思い出しているはずだ。
「クラウド。」
ティファに呼ばれ、沈み込んでいたクラウドが顔を上げる。
「私…頑張ったんだよ。何度も危ない目にあったけど。」
ティファが何を言おうとしているのか分からず、
クラウドはぼんやり彼女を見つめる。
「その度にね…クラウドって、心の中で呼んでたの。だって…」
“約束したよね”そう言いかけて、ティファも口を噤んでしまった。
こんな事を言えば、ますます彼に負担をかけるだけだ。
「ごめん…何言ってるんだろ、私…」
ティファは気まずさを照れ笑いでごまかし、慌てて後部座席に座ろうとする。
その手を、思わずクラウドの手が掴んだ。
「こっちだ。」
そして、またあの窮屈な燃料タンクの上に座らされてしまった。
「クラウド?」
「…どこから弾が飛んで来るか分からないからな。」
ゴーグルを着けながらそう言うと、 後はティファの顔を見ようもしない。
だが、ティファはよく知っている。
素っ気ない態度の時は照れているだけだ。
あの混乱の最中でも、回された腕はとても優しかった。
「ピンチの時に、来てくれてありがとう、クラウド。」
クラウドは聞こえないふりをして、フェンリルを走らせた。

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