パンネロの料理。(FF12/R18)

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Thanks 50,000Hits !企画にいただいたパンネロ大好きさんからのリクエストです。お題はパンネロの料理ネタでした。


手に持ったジャガイモの皮をパンネロはするすると器用に剥く。
横で見ていたバルフレアは意外だ、とばかりにその様を横で眺めていた。だがその視線に気付いたパンネロがにっこり笑ってナイフをその笑顔の横でギラリと光らせて、
「私、刃物は得意なの。」
と言った時には背中に冷たい汗が流れたりもしたのだが。
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バルフレアのために料理を作りたい!と言い出したパンネロのためにバルフレアが探して来たのは帝都アルケイディスにあるコンドミニアム型の部屋だ。ベランダとベランダに面した壁一面が大きな窓になっていて帝都が一望出来るリビングにカウンター式のフルキッチンとベッドルームが一つ。部屋ごとの敷居はほとんどなく、広々と開放感のある造りだ。
意外に思われるがパンネロは料理は下手だ。壊滅的と言っても、それでも控えめなほどだ。
パンネロなりに頑張ったらしく、それなりに食べられるようにはなったのだが、お坊ちゃん育ちのバルフレアにはそれでも辛い。
だからパンネロに「バルフレアのためにお料理したいの。」と言われた時、バルフレアはそれを表情に出さないために大変な自制心を必要とした。パンネロのお願いを無碍にはしたくない。だがあの料理だけは勘弁して欲しいと、2つの矛盾した想いが堂々巡りになって。
「…そりゃ、いいな。でもどうしてだ?」
尋ねてみると、愛らしいのに料理は破魔石級の破壊力を隠し持っている恋人はそれはそれはうれしそうに、
「だって、バルフレアはいつも私にたくさんプレゼントをくれるでしょ?ドレスに靴に宝石も。素敵なレストランに連れて行ってくれたり。だけど、私、何もお返し出来ないもん。」
そこでフランに尋ねたところ「手作りの何かが喜ぶんじゃない?」と言われたそうだ。
「…俺はパンネロさえ居てくえたら、他に何もいらないんだがな。」
これは嘘偽りのない心からの本当の気持ちなのだが、もちろんパンネロの料理を避けたいための牽制も入っている。ついでに心のなかで相棒にも「覚えてろよ。」とぼやいておく。
「私だってそうだよ。何も要らないの。バルフレアが一緒に居てくれて…こうやって抱っこしてくれていたら、それだけでいいの。」
”抱っこ”ねぇ…とバルフレアは苦笑いをする。小さくて華奢で身体の柔らかいパンネロは抱き心地が良いと言うのか、収まりが良いとでも言うのか、バルフレアはついついいつも膝に乗せてしまう。”抱っこ”という幼い言い方と、そうやってつい小さな子供のような愛で方をしてしまう自分が幼い女の子が好きな性癖の持ち主のようでちょっとばかり居心地が悪くなる。
「パンネロは”抱っこ”だけでいいのかな?」
バルフレアがパンネロのぷくっとしたあごを捕らえ涼しげなその瞳を覗きこむと、パンネロはすぐにバルフレアの意図を察してポッと赤くなる。
「抱っこだけ…じゃ…ないけど…」
今までだと赤くなったら小さな拳でバルフレアをポカポカと叩いていたのが、パンネロは今”大人の恋人”を目指して邁進中のため、最近はそのような幼い振る舞いは鳴りを潜めている。それでも顔を赤らめて口ごもるその様は何度見ても愛くるしくて、すぐさまベッドに連れて行って抱きしめたくなる。
「ねぇ、バルフレア?…私のお料理、食べたくない…かな…」
なんとかそっちの方へ流れを持って行って話をごまかそうとしていたバルフレアだが、おそるおそる上目遣いに見上げてくるパンネロに言葉が詰まる。見透かされたかと焦り、どうやってこの場を切り抜けるか必死で答えを探す。が、その場しのぎが解決策にならないことにふと気付いた。
パンネロの料理を完食出来るのはヴァンだけである。ヴァンが味音痴なのか、長い付き合いでその味に慣れたのか、それともパンネロが傷付くのを慮ってその形容しがたい味に耐えて平らげているのか。
バルフレア的には一番目は許容出来る。二番目は面白くないが致し方ない。三番目は断固として許しがたい。誰よりもパンネロを大事にしていて、可愛がっていて、愛している自分に出来ないことがヴァンに出来るなどと、プライドの高いこの男には到底受け入れがたいのだ。
かと言って、はっきり言ってパンネロの料理を完食するなど、バルフレアには出来そうにない。
だがいつまでもこの問題を先送りには出来ないことはバルフレアにだって分かっているのだ。そうだ、自分は過去に目の前の問題から一度逃げ出したが、それでも結局は逃げきれず、もう一度向き合うはめになったではないか。あの時父に相対していたらと、何度後悔したことだろう。
バルフレアは決心した。今まで目を背けてきた問題を根本的に解決するため、真面目に、且つ誠実に取り組むことにしたのだ。
「パンネロ。」
パンネロがなあに?と小首を傾げる。
「実を言うと…お前の料理は…その、苦手…なんだ。」
まずは正直に気持ちを打ち明ける。パンネロに嘘は吐かない。それはバルフレアが自分に課したルールの一つだ。が、恐れていた答えにパンネロが顔を曇らせた。
「だからと言って、お前の料理が食べたくないわけじゃない。」
悲しそうな表情が訝しげな物に変わる。
「えっと……バルフレアは私のお料理は食べたいけど私のお料理は苦手…」
口に出して呟いてみるがバルフレアの意図が掴めず、パンネロは困り果ててバルフレアを見上げる。
「お前の気持ちが俺もうれしい。パンネロの料理を、俺も食べたい。だが…カッコ悪い話だが、俺は好き嫌いも多いし、味にもうるさい。」
出来るだけパンネロを傷つけないように言葉を選びに選び、そうして自分が悪い体を装う。案の定パンネロは「そんなことないよ。」などと言って健気に理解していることを必死でアピールしてくれている。
「でも、じゃあどうすればいいのかな?私…もっとお料理を練習すればいいの?」
パンネロからはさっきの沈痛な表情はすっかり消えている。バルフレアの、パンネロの料理「は」食べたい、という言い回しが功を奏したのだろう。良い感じにディスカッションが進行し、パンネロが泣き出したらどうしよう、と心配していたバルフレアはひとまず安心する。
「俺が思うに、パンネロは味音痴じゃあない。レストランで一緒に食事をしていてもウマい物をまずいと言ったり、塩をかけ過ぎたりしない。」
「うん…それが?」
「だが自分が作るとなると違う物が出来てしまうのは…塩をひとさじ入れたらどれくらい塩辛くなるとか分からないで自己流でやってるからじゃないか?」
パンネロは今までの疑問が氷解したのか大きく何度も頷いて、
「そう!きっとそれだわ!あのね、お母さんが作ってるのを横で見ていて、塩をぱぱぱって入れてたのを真似していただけなの!」
パンネロはバルフレアの膝の上で跳ね出さんばかりに興奮気味だ。
「バルフレア、やっぱりすごいね!どうして分かっちゃうんだろう!」
これらは全てフランの意見なのだが、バルフレアは敢えてそれを言わないでおく。
「だとしたら答えは簡単だ。料理の本を買う。それを見て、その通り寸分違わず作ることだ。」
「うん!そうする!」
「それで、俺と一緒に作るってのはどうだ?」
パンネロの表情がぱぁっと輝く。
「素敵!楽しそう!」
「前に良い部屋を見つけた。キッチンがあって、窓が大きくて。」
「そこで一緒に?」
「ああ。どうだ?」
「バルフレア、うれしい!ねぇ、いつ?今度会う時に?」
目を輝かせてはしゃぐパンネロにバルフレアは少しばかり後ろめたい気持ちになる。実はその部屋は前から目をつけてはいたのだが、キッチンがあるのを知って、パンネロがそこで料理を作る!と言い出すのを避けるために敢えて今まで選ばないでいたのだ。
料理の本を買いに行こう!とか、エプロンも可愛いのしてくるね、などと無邪気なパンネロを愛でつつ、「一緒に作ろう」と言ったのも実は鍋の中に一体何を入れられるのか不安で出た言葉で。
イヴァリースには命を落としかねない危険な航空路がいくつもあるが、バルフレアそこに飛び込むのにはなんの躊躇もしない。だが、そんなバルフレアを怯えさせ、追い詰めるパンネロの料理は、それ程までに凄まじく、猛然たるものなのだった。
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当日、予想通りパンネロは宮廷料理やフルコースのような初心者には敷居の高い料理本ばかりを持って来ていて、バルフレアが持って来た初心者用の物を作るように説き伏せるのは大変だった。パンネロを傷つけないようにあれやこれやと言い回しを工夫する内に、「俺が」「食べたい」と言うのが一番有効なことをバルフレアは学び、「パンネロが」「作った」「イヴァリース全土の誰でも知っている」「ごく簡単な家庭料理を」「バルフレアが」「食べたい」と言って、漸く今夜のメニューが決まったのだった。
そうして話は冒頭に戻る。作るのはごく簡単な煮込み料理だが、料理の腕を懸念されているにもかかわらず、パンネロはじゃがいもを器用に剥いて見せたのだ。だが、切ったじゃがいもをいきなり鍋に入れて水を入れようとしたのを見て、バルフレアは慌てて止める。
「どうして?」
バルフレアはふと父から機工師としての技術を教わり始めた時のことを思い出した。
「まずは、道具と材料を全部揃えてからだ。
「どうして?お母さんは切りながらパパって作ってたのに…」
「それは上級者向けだ。作りながらだと慌てちまって手順が狂ったり、間違ったりするだろ?」
パンネロはまた、ああ!と大きく頷いて、
「それでお鍋を焦がしちゃったこと、何度かあるの。」
正確に言うと鍋だけではなく、料理も消し炭になっていたが。
パンネロはバルフレアに言われた通りに神妙な顔をして道具をカウンターに並べ、材料も同じ様にカウンターの上に並べる。
「あ!この本みたいに全部量っておいて分けておくと失敗しないね。」
そうして計量カップでワインを計ったり計量スプーンで計った調味料を小分けにしたり。ひとつのことを教えると、そこから色々と工夫して実行するパンネロがバルフレアは好ましい。これなら付きっきりで教えてやれば上達も早そうだ。
そうして、まだ幼かった自分に様々な技術を教えてくれた父のことを思い出した。良き師だったと思う。今の自分がパンネロののみ込みの早さを見て目を細めているように、あの時の父も同じように自分を見つめていたのだろうか。
物思いに耽っていたバルフレアだが父との思い出にセンチメンタルになっている自分を笑う。パンネロと一緒に居るときはパンネロのことだけを考えればいい。
「じゃあ俺は皮むきでもするか。」
一緒に作ろうと言った手前、パンネロに任せっぱなしというわけにもいかないだろうとバルフレアはシャツの袖を捲った。すると、パンネロが手に持っていた野菜をカウンターに置いて、バルフレアにきゅっとしがみついて来た。
「おいおい、どうした?」
その仕草がかわいくて、バルフレアはパンネロの頭の上にポンポン、と優しく手を置く。
「あのね、バルフレアがシャツの袖を捲るのを見るのが好きなの。」
「これが?」
そう言われて、バルフレアはもう片方の袖を捲って見せる。
「うん。どうしてかな。シュトラールの整備をする時とかにするでしょ?今からお仕事する!って感じがするからかな?」
細かい所まで良く見ているな、と感心する一方で悪い気はしない。
「そりゃ光栄の至り、だな。だが、俺だってパンネロの可愛いところが言えるんだが。」
「今はダメ。お料理が先でしょ?」
「じゃあメシの後でベッドの中でたっぷりと、だな。」
「もう!バルフレアったらすぐにそっちの方に話を持っていっちゃうんだから。」
そうやってバルフレアを窘めたかと思うと、またぽう、と頬を染め、
「それに…あんまり言っちゃダメ…私が恥ずかしくなっちゃうんだもん。」
その恥ずかしがってる仕草がバルフレアには可愛くて仕方がないのだが。食欲より煩悩の方が勝りそうになるのだが、バルフレアはしがみついたまま上目遣いのパンネロの額にキスをして、
「じゃあ、料理が上手くできたらそれはナシだ。」
「本当?じゃあ頑張らないと!」
頑張らなくっちゃ!と呟いてガッツポーズをとると、パンネロは残りの野菜を切り始めた。バルフレアもじゃがいもやにんじんの皮を剥いてパンネロに渡す。
パンネロのためにしているのであって、料理なんて面倒だと思っていたバルフレアだが意外と楽しい。パンネロが鼻歌を歌いながら野菜を器用に刻んでいるところや、分量を真剣に計るあまりぎゅっと眉と目が寄っている表情を見守っていると穏やかな満足感とでも言うのだろうか、安らいだ気持ちにもなって。
肝心な料理の方もパンネロが自分の料理の失敗の根本を理解したためか、煮込んだ時に熱心に灰汁を取り過ぎてスープがなくなりかけたぐらいで、特に大きな問題もなく順調に仕上がった。
メインの煮込み料理にパンは買って来たもの、サラダは野菜を切っただけで、せめてドレッシングくらいはとパンネロが宮廷料理の本を参考にしてこれもきっちりと軽量して作り、あとはワインを空け、最後にバルフレアがリビングボードの上に置いてあった花を持って来て置くと、テーブルの上の体裁がそれなりに整った。
バルフレアにしてみたら初めてにしたら上出来、まあこんなもんだろ、なのだがパンネロは大はしゃぎだ。ダイニングテーブルの椅子に座り、お行儀よくナプキンを膝に乗せる。バルフレアもその隣に座り、フォークを手に取り、よく煮込まれた肉に突き刺し、口に運んだ。
「…どう?」
細心の注意を払って本に忠実に作っただけで特別なことは何もしていない。パンネロが余計な物を鍋に放り込まないかとか、材料を量っているところもしっかりと監視した。なのにどうしてこんなに、
「…うまい…。」
高価な食材を使ったわけでもない。ごくごくありふれた家庭料理だ。
「本当!?」
「ああ。喰ってみろ。」
パンネロもナイフでじゃがいもを切り分け、フォークで刺して口に運んだ。
よく煮込まれたとろとろになった野菜が身体に染み入るようだ。肉を噛みしめると、スープがじわりと口の中に溢れてくる。
「…おいしい。」
パンネロは驚いて目を見開いてバルフレアを見る。バルフレアはフォークを置くと、パンネロの頬にそっとキスをした。
「あんまり目を開き過ぎると、顔から目がこぼれて落ちるぞ。」
パンネロは笑おうとしてそれがうまく出来ないようで、眉がみるみるうちにハの字になる。今にも泣き出しそうなパンネロにバルフレアは慌ててしまう。慌ててナプキンで目尻に浮かんだ涙をそっと押さえてやる。

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