彼ニット。(FF12/R18)

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どこをどうやって帰ったのか。

家の扉を開くとうまそうな香りが漂ってきて、夕食時なのだと思い出す。きっとそこにパンネロが居るのだろうと、バルフレアはフラフラとキッチンに向かう。キッチンのカウンターやコンロの上にはきっちりと夕飯の下ごしらえがしてあったがそこにパンネロはいなかった。

料理は全てバルフレアの好物で、素材が高価だったり、手間がかかるものが多かった。丁寧に作ったのだろう、失敗した様子はない。だが、どこかぼんやりとした頭にはなんの感慨もわかない。パンネロはどこだろうと周りを見渡す。鍋からはまだ湯気が立っているのを見ると、ついさっきまでここに居たようだ。ここに居ないのならどこへ、とバルフレアは家の中を探して回る。

あちこち扉を開けたり閉めたりして、ようやくクロゼットルームでバルフレアの服を大量に引っ張り出して、並べているパンネロを見つけた。

「おかえりなさい!」

パンネロは、ぱぁっと花が開いたような明るい笑顔でバルフレアを出迎えた。持っていたガーメントバッグを放り投げるようにして置くと、パタパタと駆け寄って、バルフレアにキュッとしがみついた。柔らかく、華奢な体を抱きしめた。いつもより心なしか体温が高いような気がする。バルフレアを見上げる表情はうれしそうに輝き、頬は手をかざすとその熱が伝わってくるのではないかと思えるほど紅潮していた。

パンネロはいつだってこんな風ににこやかに自分を出迎えてくれる。いつもよりうれしそうなのは、ここ何日かの蜜月のせいだろうか。だが、長らく留守をすることに動揺し、パンネロ1人に留守番をさせることをどう伝えようかと悩んでいるバルフレアにこの笑顔は眩しすぎた。

「ねぇ、バルフレア、お腹は空いてる?今日はね、バルフレアが好きなものばかり作ったの。」

いつもより時間をかけて煮込み、「バルフレアが苦手な野菜は少なめにしたの。」とうれしそうに言葉をかけてくる。

「今日はね、失敗しないように、ずっとお鍋を見張ってたの。だから味は大丈夫だよ。」

ひたむきに自分を慕うその想いが今のバルフレアにはつらい。バルフレアがためらっている間に、パンネロは次々と話しかけてくる。が、すぐにどこか沈痛な表情のバルフレアに気が付いた。

「バルフレア、どうしたの?」

心配そうにじっと瞳を見つめるパンネロに、バルフレアは話を切り出すならこのタイミングしかない、と覚悟を決める。バルフレアがベンチチェストに腰掛けると、パンネロはすぐその隣に座った。

「実はな……」

なにか大切な話を切り出すのだろうと、パンネロは心持ち緊張し、じっとバルフレアを見つめている。だが、バルフレアはパンネロの顔が悲しさと寂しさにゆがむところを見たくなくて、正面の、自分の膝の間から見える床を見つめていた。

「その…また、仕事で…遠くへ行く。少し……いや、長くなりそうな、仕事だ。」

やっとの思いで告げることができたのは、それだけだった。たったこれだけの言葉を、それこそ絞り出すようにしてなんとか吐き出した。だが、バルフレアがつらさに耐えて伝えたのに対し、パンネロの返事は予想を悪い意味で裏切るものだった。

「うん、知ってるよ。」

バルフレアはぎょっとして、パンネロの顔を見た。きっと気丈にも涙をこらえ、それでも瞳には涙をいっぱいためているだろう、そう思っていたのに。

「あのね、お昼前に飛空艇財団からお遣いが来たの。バルフレア、きっと断らないってすぐにわかったから。」

バルフレアは拍子抜けし、そうか、と小さく呟いてうなずいた。

「とても大切なお仕事!バルフレアの手をお借りしたいって!すごいなぁって。」

パンネロはうれしそうにニコニコしていた。確かにやりがいがあるが、何ヶ月かかるかわからないということをパンネロは理解しているのだろうか。

「だからね、ごちそう作って待ってたの。それにね、とっても長くかかるお仕事でしょ?だから持っていくお洋服整理してたの。」

さっき手に持っていたガーメントバッグは「飛空艇財団の人たちにごあいさつするとき用のスーツ」を入れるために出してきたのだそうだ。

バルフレアは混乱した。しっかり者のパンネロは、放っておくと生活が自堕落になりがちなバルフレアを諌め、決してわがままを言わない。長期出張に文句を言わず、こうやって支度を整え、快く送り出そうとしてくれる。だが、あまりにも物わかりが良すぎる。

今朝出かけるときはシャツの袖をキュッとつかんで「早く帰って来てね?」なんてかわいらしいことを言っていたのに。

(早く帰ってきて欲しくて、遠くに出かけるのは平気なのか…?)

たった3日家を空けただけで、バルフレアのセーターまで引っ張り出すほど寂しがっていたのに。酔っ払って、「ひとりだと上手にできないの。」なんて、あんなにカワイイことを言ってたのに。

バルフレアには信じられなかった。あの日からより愛情が深まったと感じ、夢中で過ごしてきた時間、それらがまるでなかったかのように、大喜びでバルフレアを送り出そうとしているのだ。

留守番をするのはパンネロで、自分は遠くに行く。なのに、取り残されるのは自分のような気がする。

怒りがこみ上げてくる。だが、それを抑えようとする自分がいた。いつもこんな風に先走り、いらだちのままパンネロを押し倒しては攻め立てた。それをいつも受け入れてくれる幼い少女に甘えていたではないか。

バルフレアは落ち着け、と自分に言い聞かせる。パンネロが仕事に理解を示し、少しでも役に立とうとしてくれているのに、感情をぶつけるべきではない。

「バルフレア?」

パンネロが心配そうに自分を呼ぶのに、バルフレアは我に返った。不安そうに眉を寄せているのを見て、何か言わなければと考えた。だが、何も思いつかないので代わりにやわらかな唇を指先でそっと撫でた。そのやわらかさがバルフレアの心を落ち着かせてくれた。

だが、決して平常心を取り戻したわけではなかった。パンネロが笑顔で送り出してくれたとしても、ひとりで寂しい思いをさせなければならないのだ。それを思うと胸がかきむしられるようだった。寂しくて家中の灯りをつけたこと、自分の服を着て眠ろうとしていたこと、そして────

気がつくと、ずっとパンネロの唇を指でなぞっていた。不安そうだったパンネロも今は瞳を閉じ、バルフレアのしたいようにさせている。やはり感情にまかせて力ずくで抱くようなマネをしなくてよかったとバルフレアは思った。頬を染め、次に起こるであろうできごとを、大人しく待っていてくれているではないか。閉じた瞳のまぶたが震えているのがかわいらしい。ゆっくりと顔を近づけると、口づけられるとわかったのか、肩が小さく跳ねた。まだ触れてもいないのに、と、バルフレア小さく笑う。

初めてしたときのキスみたいに、パンネロをおびえさせないように、そっと唇を合わせた。

こんな風に優しく唇を合わせると、さっき指先に感じていた柔らかさと共にぬくもりも感じる。ゆっくりと押し付け、細い腰に腕を回して引き寄せた。角度を変えて何度も口づける。唇が合わさるその瞬間に、パンネロの優しさが流れ込んでくるような気がする。

唇だけでは物足りなくて、頬や額にも口づけていると、パンネロがゆっくりと腕を広げてバルフレアの首に回した。頬をすり寄せてくる。誘われるまま、バルフレアはゆっくりと体を倒した。

「……ベッドに行かなくていいのか?」

もう拒んだりしないのを知っているのだが。

「ベッドじゃなきゃイヤ。」

パンネロがわざと困った顔を作ってそんな風に返し、そしてフフッと笑うと、

「バルフレア……やっぱり意地悪……」
「本当のところ、どっちなんだ?」

チュッと耳たぶに音を立てて口づけると、パンネロは小さく「あ。」と声を漏らした。首筋を軽く吸い上げるとそれだけで体をぴくんと跳ねさせ、「もっと」とねだるようにしがみついてくる。その体を腕で包み込むようにして抱きしめた。

「どこでも、いいの。」

パンネロはバルフレアを真似て、耳たぶにチュッと口づけた。それから少し考えて、何か言おうとしては照れるのを何度か繰り返し、やっとのことで小さな小さな声でこう告げたのだった。

「今日はね、私が……いっぱいしてあげたいの。」
「じゃあ、ベッドだな。」
「連れてって。」
「喜んで。」

バルフレアは芝居がかかった返事をすると、たおやかな体を抱き上げた。すぐ隣の寝室に入ると、パンネロはするりとバルフレアの体から下りると、爪先立って背伸びをし、バルフレアの背中に腕を伸ばす。「してあげたい。」と言っていたのは脱がせるところかららしい。ベストの金具を外し、ずっしりと重い革のベストを腕から引き抜いた。

ここで、立ったままだと手が届きにくいと気づいたのか、バルフレアをベッドの縁に座らせると、体を屈めてシャツのボタンを外した。たくましい胸板が顕になると、ポッと頬を染めるのがかわいらしい。

小柄なパンネロがバルフレアほどの身長のある男の服を脱がせるのは大変だ。どうにか全てを脱がせ終わると、体を横たえさせて、おずおずと体を重ねてきた。

体を伸び上がらせ、バルフレアの頬に手を添え、うれしそうに微笑んだその表情のままゆっくりと唇を重ねてきた。唇を合わせては離れ、そうしてバルフレアの顔を見てはまたうれしそうに笑うのを繰り返す。何がうれしいのか、パンネロは何度もその仕草を繰り返した。どことなくはしゃいでいるかのようにも見える。

バルフレアはさっきの違和感を思い出す。しばらく会えないというのに、そのことを気にするでもなく、むしろうれしそうにお喋りをしながらバルフレアの旅支度をしていたことだ。だが、その疑念は徐々に情熱的になっていくパンネロのキスにあっという間に拭いさられてしまった。

熱心に厚みのある唇を啄み、優しく舐めたり、甘く嚙んだり。頬を染め瞳をキュッと閉じ、一心に口づけてくる様に、愛おしさが心の壁を突き破るようだ。バルフレアはこらえきれず舌を差し入れる。パンネロの肩が小さく震え、バルフレアの熱情に応えるように舌を絡めてくる。舌が重なると、パンネロはより熱をこめて舌で舌の表面を撫でる。バルフレアはさらに強く舌を吸い上げて返す。追いかけるように絡み合う生暖かい舌から、ぞくぞくとしびれるような感覚が互いの背筋に走った。

さすがに息苦しくなって、どちらからともなく唇が離れると、パンネロはうっとりとバルフレアの胸に顔を埋めた。

「あぁん……もう……」

すっかり乱れてしまった息の下で甘ったるい声を上げる。

「私がするって言ってるのに……」
「俺は止めた覚えはないぜ?」
「いいコにしててくれなきゃ。おとなしくしてて。」

バルフレアはわかった、という風に両手を上げてみせる。

パンネロは満足げにうなずくと、体を起こした。ちょうどバルフレアの体の上にまたがっている感じだ。バルフレアは腕を伸ばし、パンネロの服の胸元を──── パンネロは肩が顕になったパンツ丈の短いコンビネゾンを着ていたのだが──── 指で、くい、と引き下げた。パンネロはきゃあ!と声を上げて慌てて胸元を隠す。

「もう…!」
「いいコじゃないのはパンネロだろ?」

どうして、と抗議しようとしてパンネロはバルフレアが何を言おうとしているのかをすぐに察した。下げられていまったトップを下ろし、膝立ちになると、下衣のパンツも下ろし、下着だけの姿になる。パンネロの服や下着を脱がせるのが何よりも好きなバルフレアだが、

(自分で脱ぐのを見るのもいいもんだ。)

などと不埒なことを考えながら、パンネロが自分の体の上で、できるだけ恥ずかしい部分を見られないようにと片腕で体を隠し、もう片方で下着を下ろすのを眺める。

全てを脱いだパンネロは、「これでいいの?」とでも言いたげに唇を尖らせた。胸と下腹部を腕と手で隠す姿を、バルフレアはじっくりと愛でる。日が暮れかけた薄暗い寝室でも、その裸体はバルフレアには眩しすぎるほどだった。

どこもかしこもやわらかそうに見える白い肌が、実はみずみずしく、しっかりとした弾力を持っていいるのはバルフレアだけが知る秘密だ。かわいらしく窪んだ臍の辺りに顔をうずめると、その底にしなやかに張り詰めた筋肉の層を感じるのも。

恥ずかしがりのパンネロのヌードを明るい場所でしっかりと見られる機会は、そう多くない。こんな風にふとしたときにパンネロの裸体を見ると、バルフレアはいつもたまらない気持ちになった。まるで初恋みたいに胸が高鳴り、同時に獣のような独占欲が湧いてくる。夏の太陽に焼かれるような苦しい気持ちと、暖かな春の日差しでまどろむような穏やかな気持ち、相反する感情が一度に湧き上がって、言葉が出てこないのだ。

「ねぇ、あんまり見ないで……」

バルフレアがいくつもの矛盾する感情に翻弄されているなど知る由もないパンネロは、黙ったままのバルフレアに居心地が悪そうに哀願する。

「髪を……」
「え?」

バルフレアの声がくぐもっていてよく聞こえず、パンネロは聞き返した。

「髪を、ほどいてくれ。」

傾いた太陽が放つオレンジ色の光に、肌のうぶ毛がキラキラと光ってて、

「きっと今、髪をほどいたらきれいだ……」

そして、我ながら何を言っているんだと気まずげに目を伏せた。パンネロはバルフレアが感傷的になっているなどとは思いもせず、それでもその願いが水底から浮かび上がる水泡のように自然と湧き出た言葉だと理解し、ゆっくりと頷いた。髪飾りを外し、編まれた髪に指を通し、最後に軽く頭を左右に振った。金色の髪が流れるように落ちてきて、華奢な肩を打った。サラサラという音まで聴こえてきそうだった。

「これでいい?」

はにかんで、小首をかしげる。バルフレアはようやく我に返り、頷いた。

「何も言わないから、びっくりした。」

パンネロが発した幻想的な雰囲気に浸り、圧倒されていた、などとは言えず、

「見とれていたんだ。」
「本当に?」
「夢でも見てたみたいにきれいだった。」
「どうかなぁ……」

バルフレアの言葉にいつものキレが感じられず、パンネロにはどこか曖昧に響いたようだ。

「夢の中にいたみたいだった。」

パンネロに抱いた穏やかで、甘美で、そのくせ苦しくて切ないあの感情をうまく言い表せず、バルフレアは独り言のようにつぶやいた。

「夢だったら、もう消えちゃった?」

いたずらっぽく尋ねるパンネロの頬に手を伸ばし、触れた。暖かい。

「夢から醒めて、まだ夢の中だって言ったら、信じるか?」

パンネロはうれしそうに笑うと、バルフレアの胸に飛び込んだ。

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