その後の二人。【エピローグ】(DDFF/R18)

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そうして話は冒頭に戻る。全身全霊で愛し合って、指を動かすことすら億劫なほどフリオニールもライトニングも疲れきっていた。だが、再会できたことに現実感が伴わなくて、眠るのが怖い気もして。
不意にライトニングがクスクスと笑い出した。笑い声のせいで肩が少し震えている。それがうれしくてフリオニールはライトニングの肩に顔を埋める。
「何がおかしいんだ?」
「いや……さっきのお前を思い出して……」
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元に戻ったは良いのだが、ライトニングは一糸まとわぬ状態だ。フリオニールのマントを身体に巻き付け、橇にかけていた白い帆布を頭から被った。そこまでは良いのだが、靴がない。平気だと言いはるライトニングを橇に載せて、フリオニールがそれを引く。雪がないのに橇を引き、そのせいで街への下山はなかなかの苦労を要した。それでも日が暮れる頃にはなんとかフリオニールが泊まっていたという宿に辿り着いた。
「……あれから何日経ったんだろう?」
「お前は冬だと言っていたが……」
フリオニールはしばらく考えこんでいたが、
「うん。でも、多分大丈夫だ。」
そう言って宿に入ると、フロントデスクに向かう。フリオニールには男が2人居て、書き物をしていた。
「すまないが……」
声をかけられ、顔を上げた2人はフリオニールを見て一瞬で表情を強ばらせた。
「覚えていてくれたか。すまない、その、荷物を置きっぱなしにしてしまって。」
2人の内、小柄な男がおずおずと応対の為に立ち上がった。この男が支配人らしい。支配人は白い帆布を頭からかぶったライトニングとフリオニールを見比べ、それから何故かフロントデスクから身を乗り出してフリオニールとライトニングの足元に何かを探して視線を巡らせた。だが、彼は目的の物を見つけることが出来なかったようだ。それでも恐る恐る聞いてきくる。
「あのぉ……お連れ様は…?……小柄な……」
フリオニールは即座に答えた。
「博士ならもう用事を終えて、彼女の国に帰った。」
それを聞いたときの支配人の表情の変化は劇的なものだった。本当ですか、本当にあの方はお帰りなられたのですね?そう何度も念を押してくる。
「ああ。本当に帰られたよ。」
支配人と一緒にフロントの中にいたもう1人の受付係がそれを知らせるため大喜びでどこかへ走って行った。宿のあちこちから歓声が上がり、宿の中の陰鬱な雰囲気が一気に開放的なものへと変わった。ライトニングは何が起こったかわからず、一体シャントット博士と呼ばれる人物がこの宿で何をしたのか不思議で仕方がない。
「前に滞在した時からずいぶんと時間が経ったと思う。申し訳ないことをした。俺たちの部屋はそのままなのかな?」
「はい。毎日お掃除をして、その他には手をつけずに置いておりました。」
「博士の部屋はもう片付けても問題ない。」
「お客様は今夜ご滞在で?」
「ああ。頼む……あ、そうだ。」
フリオニールは少し離れた所で眺めていたライトニングを手招き、
「俺の連れなんだが、松林でモンスターに襲われて松脂だらけになったんだ。着るものを手配してもらえないかな?」
「は、お安いご用でございます!」
そのシャントット博士とやらが居ないせいか、支配人は上機嫌で答える。
「それで、お部屋はどうなさいますか?前にお泊りの部屋に?」
思えば、フリオニールのスイッチが入ったのはこの瞬間からだ。
「一番高い部屋を頼む。」
「……は?」
横で2人のやりとりを聞いていたライトニングは驚いて思わず変な声を上げてしまった。
「お前は……!何を考えて…!」
「それでしたらちょうどスイートが空いております。」
「そこを頼む。」
「お洋服はいつお持ちしましょう?」
「急がなくても構わない。明日の朝まで部屋から出ないから。」
ライトニングは絶句した。フリオニールの言い方だと、
(それだと……朝まで……服を着ないで……)
何故それをわざわざ支配人に伝える必要があるのだ。これでは朝まで部屋で情事にふけると宣言してるようなものではないか。
「待て!」
思わずライトニングは声を上げていた。ライトニングの制止に、フリオニールと支配人が同時にこちらを見た。
「……いや、そんな……スイートなんて……」
途端に口ごもるライトニングをフリオニールは引き寄せて肩を抱く。
「気にしないでくれ。照れてるだけだから。」
ライトニングは驚いてフリオニールに抗議しようとしたが、
「お連れ様ははにかみ屋でございますね。」
「そんな所が好きなんだ。」
臆面もなく支配人に惚気けるフリオニールにライトニングは開いた口が塞がらない。確かに再会してから雰囲気が変わったような気がしてはいたのだが。
(こいつ……こんな事を言うヤツだったか……?)
離れている間、フリオニールに一体何が起こったのだろう?と首を傾げている間に支配人は、本当にニコニコと愛想よく鍵を渡し、お代はお預かりしている分だけで足ります、などと言う。フリオニールはありがとうと答えると、ライトニングの手を引いて部屋へと足早に歩き出した。
最初は、手を引いて歩いていたのだが、あまりにも大股に歩くので、ライトニングが遅れがちになる。すると、フリオニールはその肩を抱き、ほぼ小走りな勢いで部屋へと向かう。扉の前につくと、ガチャガチャと音を立て鍵を挿し込もうするが、気持ちが急いているのか鍵はなかなか鍵穴に入らない。部屋は最上階だったお陰でひと目がないのがありがたかった。それでも部屋に入るとフリオニールはきっと自分を強く抱きしめるのだろう、そう思うと胸が高鳴った。
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ライトニングにその時のことを言われ、フリオニールも一緒になって笑う。
「でも、広い部屋で良かっただろ?」
ライトニングが途端に吹き出した。指を折って、フリオニールに見せる。
「バスルームで一回、ソファで一回……ベッドでは……何回だ?」
「ソファからベッドの途中で、が抜けてる。」
ライトニングが今度は声を上げて笑う。くるり、と身体をフリオニールの方に向けると、鼻を摘んだ。
「今日だけだぞ。」
「どうだろう?」
ライトニングが朗らかに笑うのがフリオニールにはうれしかった。一緒に旅をしている間も笑ってくれていたが、これほどまでにリラックスしてはいなかった。
「難しいな。だって、ライトがきれい……」
と、言いかけてフリオニールは、しまった!という顔をした。
「…なんだ?」
思い返してみると、口を開けば「きれいだ。」とばかり言っていたフリオニールがあまりそれを口にしなくなった。確かに何度か言いはしたが、君は怒るかもしれないけど、とか前置きをして言っていたような。
「そう言えばお前、あまり“きれい”と言わなくなったな?」
「そ、そうかな……?」
思い出せば思い出すほど、フリオニールは何度かそれらしいことを言いかけては言葉に詰まって、目を泳がせ、それをキスでごまかしたりしていた。
「いや、確かに減った……」
ぐっと顔を寄せると、フリオニールは慌ててそれを避ける。それを追いかけると今度は反対側を向いてしまう。何度かの攻防の末、フリオニールの動きを読んだライトニングが正面をとらえた。
「なにか理由があるのか?」
「き…君が、きれいじゃなくなったとか、そんな意味じゃなくて……」
「誰もそんなことは言っていない。単なる好奇心だ。怒らないから言ってみろ。」
気まずそうに口唇を尖らせていがフリオニールだが、ようやくライトニングの顔を正面から見つめなおし、
「その……実は、博士に……」
また博士だ、と思ったのだが、それを言うとフリオニールが萎縮してしまうので口にしないでおく。正直に言うと、彼女の名前がフリオニールの口から出ると面白くない気持ちになるのだが。
「何を言われたんだ?」
「女性に…“きれいだ”ばかり言うと、うんざりされるって。」
「ああ。」
なんだ、存外当たり前のことじゃないか、と拍子抜けするも、さっきの宿の連中の反応といい、彼女の人となりに興味が湧いてくる。
「それで、じゃあどう言えばいいんだって聞いたら、その時は雪がたくさん積もってたからだと思うんだが、博士が“肌の白い女性のことを雪の精のようだ”って言うって教えてくれて……」
フリオニールはばつが悪そうにぼそぼそと話している。聞いている方のライトニングは、なぜそんな話で歯切れがこんなにも悪くなるのかさっぱりわからない。
「それで?」
「じゃあ、こんな風に言うのはどうだろう?って博士に聞いてみたらすごく冷たい目で見られて……」
「どんな風に言ったんだ?」
「しばらく話もしてくれなくて……」
いったい、自分は何に喩えられたんだろう?と一抹の不安が過る。が、そうやってなかなか切り出されないでいると、余計に気になるではないか。
「さっさと言わないと、今度は私が冷たい目で見てやる。」
「そ、それは嫌だ。」
ライトニングがふざけているのだとは分かっているが、こんな風に言いかけて止める、というぐずぐずとした態度はよくないと思い直し、
「……ごめん。無礼なら謝るけど、君の名前の由来が雷って聞いたのを思い出して……俺は、自分ではいい考えだと思ったんだが……」
稲妻のように光ってきれい、とでも言ったのだろうか?確かに光ってきれいではあるが、同時に大きな音がして子供などは怖がる。そもそも強くなるために自分で自分につけた名前だ。女性を褒める言葉としては使わないと思う。
(考えれば考えるほどイヤな予感しかしない……)
フリオニールは普段、私のことを怖いと思っていたのだろうか?好奇心で尋ねたが、だんだんと心配になってくる。
「ライトは……雷の精みたいだっていうのはどうだろう?って……」
恋人に失礼ではないかとビクビクしていたフリオニール、おそるおそるライトニングの様子を伺う。ライトニングはきょとん、とフリオニールを見つめていた。フリオニールにとってはとても緊張する瞬間だった。
やがてふふっと口唇の隙間から小さな笑い声が漏れた。気を悪くしなかったんだ、とホッとしたところで、ライトニングは弾けるように笑い出した。子供のように口を大きく開けて、けらけらと楽しそうに笑う。何度か笑うのを止めようとしたが、またこらえ切れずに吹き出しては上機嫌で笑う。
フリオニールはひたすら驚いていた。ライトニングがここまで思い切り笑うのを見たことがなかったからだ。そして、博士からは冷ややかに見られ、ライトニングにはここまで笑われるほど、自分の褒め言葉はあり得ないほどかっこ悪いものなのだろうか。それが顔に出たのだろう、ライトニングが慌ててフリオニールの頬を両手で包む。
「すまない……」
謝ってはいるものの、まだ笑いを堪えているようだ。
「うれしかったんだ。お前らしいって。お前にしか言えないって。」
「喜んでもらえて俺もうれしいけど……それは褒めてるのか?」
「からかうつもりはなかった……でも……」
ライトニングは口元に手を当て、まだ肩を震わせ、笑っている。
「その、シャントット博士とやらは、お前の言い方には冷たい反応だったんだな?」
「……そうだけど……?」
ライトニングは真っ直ぐにフリオニールを見つめる。額を合わせる。瞳をのぞきこむ。
「そいつは、わかってない。」
「すごく頭の良い人だが?」
「何も、わかってない。」
ライトニングは言葉を区切ってはっきりと言い切った。
「私はうれしいんだ。こんなにも、だ。」
ライトニングは目を細め、うれしそうにそう言い、誇らしげに笑った。フリオニールへの想いと、愛される喜びが、まるで幼い子供のような無垢で自然な笑顔となって、ライトニングの表情を暖かく彩った。それは、フリオニールの心を甘くとろけさせた。
「ライト……きれいだ……」
ライトニングは口を少しだけ横に広げるようにして笑う。
「本当に……きれいだ……」
微笑む口唇から白い歯がこぼれる。
「ライト、大好きだ。」
ライトニングは、もうこらえきれない、とばかりにフリオニールの首に腕を巻き付け、強く抱きしめた。

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